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日本史 高校生

線eは天武天皇です🙇🏻‍♀️

せっしょうきんだんれい (5)下線部について,次の史料は天武天皇の殺生禁断令(『日本書紀』天武天皇 4年4月庚寅条) である。 その歴史的位置づけは諸説あり、有力な見解の一つに, みことのり 「同詔は殺生禁断の厳格な遵守以前に、多様な生業をもった人々を農業労働に 専念させる意図があった」とするものがある。なぜそう考えることができるのか。 同見解が最も注目したと思われる箇所を,次の書き下し文から20字以内で抜き 出し,その理由も20字程度で説明せよ。 (5) 抜出 理由 ふみはなち、 なか ること,及機槍注2等の類を施くこと莫れ。 亦, 四月朔3より以後, 九月卅日 4 [18上智大 : 改〕 諸国に詔して曰はく、「今より以後,諸の漁獵者を制めて、檻穽1を造 すなどりかりするひと いさ をりししあな 注4 ひま さ きり やな さる . より以前に比満沙伎理 梁注5 を置くこと莫れ。 且, 牛・馬・犬・援・鶏の いさめのかぎり しし 宍を食ふこと莫れ。 以外は禁例に在らず。 若し犯す者有らば罪せむ」とのた 軍大 まふ。 注1 檻穽・・・檻を使った罠・ 落とし穴 注2 機槍…槍を突き出して獣を捕る仕掛け 注3 朔・・・ついたちのこと。 注4 日・・・三十日のこと。 天天 注5 梁・・・川の瀬に木・竹などを並べて魚を誘導・捕獲する仕掛け。 比満沙伎理も類似の仕掛けか。 2

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世界史 高校生

梁啓超は中国の弱体化についてどこに原因があると考えていたのか、という問題を教えてほしいです🙇

梁啓超 「中国積弱の根源について」 (「清議報」 1901年4~7月掲載) 合格 ( 国家と朝廷の区別を知らないこと。 我が中国には奇 異なことが一つある。 それは、数億の人間が数千年に わたって国を建てていながら、今日まで国名がないこ とである。 中国人の脳にある理想は、立派で尊ぶべきものももと(国家と天下の区別を知らないこと 中国人はこれま で自分の国が国であることを知らなかった。 より少なくないが、改むべきものもまたたいへん多い。 西洋や日本では、中国人は愛国心がない、 としばしばい われる。私はもとよりこのことばを愛する者ではない が、要するにわが国民の愛国心が西洋や日本にくらべて 薄弱なのは、まぎれもない事実である。 愛国心の薄弱な ことこそ、わが国の積弱の最大の根源にほかならない。 私はかつて思考の及ぶかぎり、愛国心の薄弱な理由を研 究し、その源は理想の誤りから発しているという結論を えた。その誤りは次の三点である。 国家と国民の関係を知らないこと。 国というものは 民を集めてつくられている。 国家の主人はだれかとい えば、その国の国民にほかならない。 (村田雄二郎責任編集「新編 原典中国近代思想史2」) Q. 梁啓超は中国の弱体化についてどこに原因があると考えていたのだろうか。 血 Key Person 西太后 (1815~1908) 同治と光の時代以上にわたって っていたのは大だった。 光 を始めるといったんは引したが、 中心となった おこし を 反発して して政権のに した。 しかし 団事件で敵すると一 らった 1901~)をした。 西大 ○有為 11856-1927) こうゆうい 康有為 『日本政変考」 「もし中国が維新を実行するならば、これを以て鏡とすることができる。 ……我々は、日本の人の改革の成功したものだけを収穫し、失敗は捨てて ゆく。 日本は困難な道を歩んだのであるが、我々は容易な道を歩むことが できる。日本は創始の仕事を行ったのであるが、我々はそれを模範として ゆけばよい。 足跡に従って描けば図面ができあがるのである。 更に中国の 人口と国土と産物はどれも日本の10倍もあり、これをもってすれば半分の 労力で倍もある効果が得られることにとどまらないであろう。」 (吉田寅「世界史資料 下 東京法令出版より) 3 清末の改革 改革洋運動 15500〜94 同治帝 45-495 ●清末期の動向 の ヒント [1894~95 1895-98 1098 [1900~01 1901-08 [1911~12] 1896~98) 新政 (1901~08) 光帝 西太后世町 変法運動 日清戦争 辛亥革命 光新政 義和団事件 2.3252 推進者 国李鴻章 左京菜 有為、啓 「中体西用」 「変法自強 政治は伝統 内容 を えず工業・軍事は 明治維新をモデルとした 立君主制をめざす戊戌 法(1898) を実施 主をめざす ・科挙の廃止(1905) ・大橋の発表 (1908) 国会話の公的 (1908) 日清戦争(1895) 戊戌の改変(保守派のクー効果が出る前に辛亥革命 限界が デタ)で失敗(1898) が発生(1911) 洋運動 の失敗 主 をめざす 夏法運動 の折 保守派の 再び立憲君 清朝の滅亡 北 主をめざ す

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地理 高校生

これ正解は①らしいのですが、会話の内容は自然堤防と後背湿地のことを言っていますよね?しかし、川に沿った土崖の方向を見ると、自然堤防のように盛り上がっているのではなく、むしろ凹んでいるんですが、これは自然堤防と後背湿地の地形ではなく、むしろ河岸段丘のような地形に近いと思うので... 続きを読む

れた, 「平石中央小学校前駅」から「飛山城跡駅」に向かって移動しつつ、車窓か らの観察を行った。 下車後に路線周辺の景色や地形について話し合った会話文 中の下線部力とキの正誤の組合せとして正しいものを,後の①~④のうちから 一つ選べ。 3 11 トモコさんたちは,実際に宇都宮芳賀ライトレール線に乗車し、図3に示さ 学校前駅 11 11 201 1 11 11 11 11 IT トモコ B 11 (1 11 11 11 II 11 28 H C 11 11 11 11 17411 www 地理院地図により作成。 AO 0. IT CISTE 11 11 1'0 ラ b. " カキ "I 11 11 107 心 11 11 106.1 TOL e.i JAPEKE J........ ① 正正 山 鬼怒川橋梁. 飛山城跡駅 11 図 3 具器計者 40 を出発してから鬼怒川橋梁にかかるまでの間 「『平石中央小学校前駅』 JULEN 2 ウメハ 「鬼怒川を渡ったあたりの車窓の左手には, 脚本 ITS は, 車窓の左右に水田が見えたけど, 河川の氾濫で形成された水持 カ (8) ちのよい低地が、 水田に利用されているようだね」 水田の向こうに小高い 台地状の地形が見えたね。 樹林にかくれた台地の上が城跡なのかな」 2 HITT ② 正誤 ③ 誤正 ④誤誤 高齢者の不安 4

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現代文 高校生

答えがエで私はウを選んだのですが、ウではなくなぜエが正解なのか教えて下さい! 確かに1文目に似た様なことは書いてありますが、「作り上げた」の主語には「日本人」も必要な気がするのですが…

あ こんどう 日本人は木とともに文化を作りあげてきた。日本列島の山々は木々に覆われ、緑にあふれた風景が広 がっているが、これらの森林のめぐみを享受することで、木の文化ははぐくまれてきたといっても過言で はない。世界最古の木造建築である法隆寺金堂をはじめ、前近代の建物のほとんどが木で造られてきたこ とはその証しのひとつといえる。また、木とともに歩んだ長い歴史のなかで、 身近な生活道具から美術工 芸品に至るまで、木を扱う深い知識と高い技術を蓄積してきており、世界に誇るべき日本の文化である。 いっぽうで現代の日本、とくに都市部では鉄やコンクリートのビルやマンションが林立し、人びとは屋 外を見るにもガラスの窓越し、室内を見わたしてもプラスチック製品に囲まれ、化学センイの衣服を身に まとっている。日常生活と森や木との距離が離れているため、森林のめぐみを実感しにくいかもしれな い。とはいえ、春にはサクラ、秋にはモミジと、木々の告げる季節の移ろいは私たちの感性に息づいてい る。言葉をみても、ちぐはぐな状態を「 A 」と表現したり、ハレの舞台を「檜舞台」 といったり する。このように木々は今なお生活のなかに溶け込んでおり、単なる物質的な存在意義を超越して、日本 の文化に深く根付いているのである。 日本では木々に限らず、そこに生きる動植物、落葉、 山菜に至るまで、森林のめぐみを享受してきた。 保水・防風・気象緩和機能など、森林は人間に適した環境を構築する一翼を担っており、目 にみえない恩恵は計り知れない。陰に日向に、森や木は生活に密着した存在であり続けているのである。 洋の東西を問わず、 人類が森林のめぐみを享受してきたことは間違いない。 「木の文化」 の東洋に対して、「石の文化」の西洋と対比的に語られることも少なくないが、実は西洋においても木材 は各所で用いられている(ヨアヒム・ラートカウ『木材と文明』)。奇しくも二〇一九年四月の火災によっ て、パリのノートルダム大聖堂の屋根が木造であったことが広く知られるようになったが、 軽くて丈夫 で、さらに加工しやすい木材は建材として重宝されたのである。これは特殊な事例ではなく、北欧、東 欧、スペイン・フランス境のバスク地方など、ヨーロッパ各地に伝統的な木造軸組構法の建築物が現代に も数多く受け継がれている。 なかにはバスク地方の一部の木造教会のように、木を用いながらも石造のよ うにみせた建築も点在している。 そこでは石の目まで精巧に描いて柱を大理石にみせたり、石の継ぎ目を 表現して石造の尖塔アーチのようにみせたりしており、その技法や熱意は驚愕に値する。 木目の美しさや 温もりなどを活かす日本では思いもよらない独特の嗜好性を示しており、興味深い。 また建築に限らず、 酒樽や家具などの生活用具をはじめ、大航海時代に大海原を駆けた帆船も木造で P

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