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歴史 中学生

(5)なぜ、答えのようになるのですか?

生まれる。 れる。 <宮城改) 最も適 え、そ 32 たかしさんは,社会科の授業で、日本の歴 略年表 史の流れについて発表することになった。右の略 年表は、中世までの日本の歴史を3つに区分し、 それぞれの区分の主なできごとをまとめたもので ある。 次の問いに答えなさい。 区国づくりが 分 始まる a <和歌山> いわじゅく 打製石器の使用が始まる (1) 略年表中の傍線部について、群馬県の岩宿 遺跡から打製石器が発見されたことによって, 日本での存在が明らかになった時代を何という か,書きなさい。 旧石器時代 主なできごと 天皇や貴族が政治を行う 聖大 徳化 聖徳太子が政治をとる ⑥大化の改新が始まる 大宝律令が制定される ⑥古墳の始まり 稲作が伝わる 院政が始まる 武士のおこり 平安京に都を移す 武士が政治を 始める 源元建室 ●源頼朝が征夷大将軍になる 鬼武町 の幕 政の が成 始立 (2) 略年表中の傍線部⑥について,古墳がさかんにつくられていたころ、朝鮮半島から移り住み、さまざまな 技術を日本にもたらした人々がいた。 これらの人々を何というか,書きなさい。 そのうまこ 渡来人 (3) 略年表中の傍線部は,蘇我馬子とともに、天皇を中心とする政治制度を整えようとした。その中の1つ である冠位十二階の制度では,どのようなねらいで役人を採用しようとしたか、簡単に書きなさい。 家がらにとらわれずに、優秀な役人を取り立てるねらい。 (4) 略年表中の傍線部で行われたことの説明として最も適当なものを,次のア~エから1つ選び、その記号 を書きなさい。 ア 都を藤原京から平城京に移した。 イ唐にならって, 和同開珎を発行した。 ウ 国家が全国の土地と人々を支配する公地公民の方針を出した。 エ天皇の命令に従うべきことなど, 役人の心構えを示した十七条の憲法を定めた。 (5) 略年表中の傍線部は、御家人を守護や地頭に任命した。 この時代の地頭には女性も多く任命された。 そ の理由を「分割相続」 という語句を使って, 簡単に書きなさい。

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歴史 中学生

(3)合っていますか?

区 国づくりが 分 天皇や貴族が政治を行う 始まる (a 32 たかしさんは,社会科の授業で、日本の歴略年表 史の流れについて発表することになった。右の略 年表は、中世までの日本の歴史を3つに区分し、 それぞれの区分の主なできごとをまとめたもので ある。 次の問いに答えなさい。 <和歌山> いわじゅく (1) 略年表中の傍線部について、群馬県の岩宿 遺跡から打製石器が発見されたことによって, 日本での存在が明らかになった時代を何という か,書きなさい。 旧石器時代 古墳の始まり 稲作が伝わる 主なできごと 打製石器の使用が始まる 聖徳太子が政治をとる 大化の改新が始まる 大宝律令が制定される 平安京に都を移す 古聖 武士が政治を 始める 武院源元建室 る夷 院政が始まる ●源頼朝が征夷大将軍になる 武士のおこり 頼寇武町 建武の新政が始まる 室町幕府の成立 (2) 略年表中の傍線部⑥について,古墳がさかんにつくられていたころ, 朝鮮半島から移り住み,さまざまな 技術を日本にもたらした人々がいた。 これらの人々を何というか,書きなさい。 そがのうまこ 渡来人 (3) 略年表中の傍線部は,蘇我馬子とともに,天皇を中心とする政治制度を整えようとした。その中の1つ である冠位十二階の制度では,どのようなねらいで役人を採用しようとしたか, 簡単に書きなさい。 家がらにとらわれずに、優秀な役人を取り立てるねらい。 説明し具適当なものを 次のア~エから1つ選び、その記号

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国語 中学生

問4の答えをおしえてください。

2 4 次の文章を読んで、あとの各問に答えよ。 (*印の付いている言葉 には、本文のあとに 〔注〕 がある。) 日本のインテリアの特徴は、柱、障子、畳、天井に生物材料を使い、 それを白木のテクスチェアで統一しているところにある。人間はもとも と生物だから、からだに接するところに生物をおくのがいちばん素直だ し、心も休まる。 生物材料で囲まれたインテリアは、自然と人工とが組 み合わされた空間だから、日本人にとってヒノキやスギの白木の肌は、 戸外の緑と同じ意味あいを持っていた。(第一段 私は木が好まれたもう一つの理由に、仏教の無常観があったことをあ げてよいと思う。われわれの祖先は自然も社会も常に移り変わるものと 悟っていた。その法則にさからわないで暮らしていくのが、日本人の生 き方であった。ヨーロッパでは神の宮居はアテネの神殿のように、永遠 その形を残すものでなければならなかったが、日本では伊勢神宮のよ うに、やがて朽ちていく木でもよかった。 (第二段) ヨーロッパ的な見方からすれば、二十年ごとに造り換えられる神殿は、 原形ではなくコピーだから、価値の低いものと考えるが、日本では芸術 も文化も心の中にあると考えるから、形が伝われば価値は変わらないと 思う。すべてのものは人間の命と同じように、限りあるはかないものと 知っているから、木のように朽ちて自然に帰っていく素材に、心を惹か れたのである。木は仏教の無常観に通ずる恰好の材料であった。(第三段) 以上のように考えてくると、ヨーロッパの「石の文化」 「金の文化」 に対して、日本の「木の文化」が生まれた理由を納得することができる。 だからこそ建物の材料には木のような生物材料が選ばれたに違いない。 その先に濡れ縁をつくったのである。(第七段) 軒は深いからなるべく軽くつくらねばならない。そこで小丸太や竹を 使って重みを減らした。 つまり家の形は中心部に畳を敷いた座敷があっ て、そのまわりを縁側がとり囲み、さらにその先に庭と接触する濡れ縁 があるというスタイルができあがったのである。中心の座敷は人間がす わる静かな場所で、縁側は通行するところ、屋外は活動の場ということ であるから、家は中心部に向かうほど静、外に向かうほど動というよう 中心から外に向かって、静から動へのぼかし模様がつくられている ことになる。(第八段) 座敷と座敷との間の仕切りは軽いふすまだから、夏になってそれをは ずすと、風は自由に通り抜ける。日本のように夏の蒸し暑い国ではこれ が何よりで、畳の上をすべって吹き込む風は天然冷房の効用がある。 高 窓から入ってくる風ではその効果はない。 伝統の和風住宅では、 ふす まと障子をはずすと、何本もの柱で支えられた屋根だけが残る。 この構 造は通風を考えてできた生活の知恵である。 「住まいは夏を旨とすべし」 という兼好法師の有名な言葉があるが、風通しのよさからいえば、これ 以上都合のよいつくり方はない。京都の町屋では間口が狭く、奥行きが 深く、左右は隣家とくっついているから、風はいやおうなしに家を縦断 する。つまり家全体が風のトンネルになるわけで、それに都合がよいよ うに、部屋と部屋とのつながりには壁がない。このように風の吹き抜け に合わせてつくられた家は、世界的にみてもその例が少ない。(第九段) 伝統的な日本の家は、どの部屋を何の目的に使うというように固定し ていない。 ただ八畳とか六畳とかいった四角な部屋をタテヨコにつない そして同じ木の使い方でも、自然のままの白木の素肌に心の安らぎを覚 えたのであった。 ヒノキやスギに触れて暮らす生活は、そうした長い伝 統によって生まれたのである。 第四段) ヨーロッパでも最近は、コンクリート住宅よりも煉瓦の住宅に人気が 戻っているという。イギリスでは特にその傾向が強いらしい。やはりそ の風土で生まれ、長い伝統でつちかわれたものに帰って行くのが、一番 自然の流れであろう。(第五段) 私たちは木を使っている間に、そうした日本人らしい考え方が身につ いて来たのか、もともと日本人がそういう民族だったために木を好むよ うになったのか、それは私にはわからない。だがいずれにしても互いに 影響し合いながら、独特の「木の文化」をつくりあげてきたことは事実 であろう。(第六段) 「家は気候風土と長い生活の積み重ねのなかから生まれてきた文化の産 物だから、土地と切り離して考えたのでは意味がない。ということは、 ヨーロッパの家がどんなに立派でも、日本という風土のなかにそのまま 移したのでは合わないし、 和風の家がいかに美しくても、ヨーロッパに 建てたのでは、住みにくいということである。日本は雨が多いから、家 は屋根の大きいのが特徴で、すっぽりと笠をかむったような形をしてい る。仏教伝来とともに歴史の始まった日本は、何事も中国の真似をした が、土間で履き物のまま暮らす生活だけは取り入れなかった。地面から 一段高いところに板を張り、そこで生活するようになった。 そしてこの 板の間を四方に延ばして縁にした。縁とは家の「へり」の意味だが、そ こには雨がかかるから、緑先に立てた柱を支えにして軒をかけ、さらに で、そのまわりをぐるりと縁側でとり巻いたものであった。 部屋の中で の立ち居ふるまいは全く自由で、どこにすわろうとねそべろうと勝手次 第である。(第十段) 部屋ごとのプライバシーなどは全くないが、そういう住まい方が出来 たのは、住む人同士の間にあるルールが存在していたからである。それ から日本独特の礼法が生まれ、茶道や華道を芽生えさせる原因になった。 部屋には定員がないが 「ご順にお詰めを願います」という無言のルール で、混乱はおきなかった 融通無碍に対応する柔らかい住まい方が、お のずから身についていたのである(第十一段) ゆうずうむげ 一方西洋の家は、周囲を厚い煉瓦の壁で囲んで、その内側に部屋を並 べ、中心部に動的な廊下やホールをおいた。 内から外に向かって、動か 静へという遠心的な配置になっていて、日本の住宅とは正反対のぼか 7 し模様である。 第十二段) 厚い煉瓦壁の家は何百年でももつから、彼らはこれを「不動産」と呼 んだ。日本の家は木造だから腐るし燃える。全体が消耗品的なつくりで、 耐久性では比較にならないほど短い。だが西洋からの翻訳でこれを同 じように不動産と呼び、 何の疑問も持たなかったところがいかにも日本 的である。(第十三段)里さ 彼らの暮らし方は、椅子、テーブル、ベッド、ソファというように、 さまざまな道具を使う。日本式のノーファニチャとは対照的である。要 所要所に道具をおいて部屋の用途を限定すれば、生活は快適なはずだが、 好きなところへ自分の居場所を移すには、家具を移動させねばならず、 ときにはそれが足手まといになることもある。(第十四段) 模擬トレTK国 トレTK 国語1回 9

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公民 中学生

CとDの選択の仕方がわかりません。 教えてください🙇🏻‍♀️⸒⸒

(ウ)次の資料1は,ヨーロッパ州に属するイギリスとクロアチアで, EU (ヨーロッパ連合)への加盟もし くはEUからの離脱を決める国民投票を実施した際の代表的な意見を表したものである。あとの文a~1 のうち, 資料1のP国, Q 国について正しく述べた文を三つ選んだときの組み合わせとして最も適する ものを,1~8の中から一つ選び, その番号を答えなさい。 資料 1 【P国】 私は賛成です。 外国からの旅 行者が増え、国内の観光業が 伸びると思うからです。 私は反対です。 独自の文化が 失われ、 様々な制約により国 家の主権が失われるからです。 【Q国】 私は賛成です。 開発が遅れて いる国への補助金の負担が大 きすぎると思うからです。 私は反対です。 関税が課せら れるようになり、貿易や国内 企業が衰退するからです。 a P国はイギリス, Q 国はクロアチアである。 b P国はクロアチア, Q 国はイギリスである。 c P国の賛成論には,独自の経済政策を実施しやすくなるという意見も多くあった。 d P国の反対論には、優秀な人材が外国に流出してしまうという意見も多くあった。 eQ国の賛成論には、国境の管理を厳しくすることができるという意見も多くあった。 fQ国の反対論には,他国からの労働者が増加してしまうという意見も多くあった。 1. a, c, e 5. b, c, e 2. a, c, f 4. a, d, f 3. a, d, e 6. b, c, f 7. b, d, e 8. b, d, f

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国語 中学生

てみよ の後の、はいらないのですか?答えは、なかったので、、🥲

Marker グライダーは途方にくれるとあるが、その理由を説明した次の めいわく 学校はグライダー人間の訓練所である。飛行機人間はつくらな い。グライダーの練習に、エンジンのついた飛行機などがまじっ ていては迷惑する。危険だ。学校では、ひっぱられるままに、ど こへでもついて行く従順さが尊重される。勝手に飛び上がったり するのは規律違反。たちまちチェックされる。 やがてそれぞれに グライダーらしくなって卒業する。 ほん ゆうじゅう 優等生はグライダーとして優秀なのである。 飛べそうではない Ommmm ひとつ飛んでみろ、などと言われてもコマる。指導するもの があってのグライダーである。 まぎわ グライダーとしては一流である学生が、卒業間際になって論文 を書くことになる。これはこれまでの勉強といささか勝手が違う。 何でも自由に自分の好きなことを書いてみよ、というのが論文で ほう ちが 初め 5 文の ]にあてはまる言葉を、文章中から二十字で抜き出し、初 めと終わりの四字を書きなさい。 (完答100点) と これまで学校に従うことが要求されてきたのに、突然、 言われたから。 初め 終わり 文章中の【 】から、筆者の意見を二文で抜き出し、初めと終 わりの四字を書きなさい。 (完答100点) 終わり

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