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理科 中学生

12の問題なのですが、⑴から無角と無角が顕性形質なら有角が生まれない、図にも黒が多いと考え、有角が顕性だと思ったのですがどうしてそうなりますか?また、顕性形質だと多めということはないのですか? (2)、(3)も教えて頂きたいのです。

すべて白色の花をつける株である。 12 ウシには,角のある「有角」と角のない「無角」がある。下の図は,ある牧場でのウシの交雑の記録 家系図にならって示したもので,■は「有角」のオス,●は「有角」のメス, □は「無角」のオス, ○ は「無角」のメスを表している。 交雑に使った2頭の間は二重線(=)で結ばれており,この二重線か ら下方へおろした線につながっている個体は,その2頭の間に生まれた子を表している。角の有無 は,エンドウの種子の形 (丸としわ)と同じようなしくみで1組の遺伝子によって決まるものとして, 次の問いに答えなさい。 (1) 図のアとの交雑でわかるように, 「無角」の両親との 間に 「有角」の子が生まれている。このことから考えると, 「有角」 と 「無角」のうちどちらが顕性の形質といえるか。 (2)図のアイオカの個体の遺伝子型をそれぞれ答え なさい。 ただし, 「有角」にする遺伝子, 「無角」にする遺 伝子のうち, 顕性の方をA, 潜性の方をa とすること。 (3) どんな個体と交雑しても、できた子が角の有無に関し て必ず自分と同じ形質になる可能性のある個体は図のア ~夕のどれか。 1つ選び、記号で答えなさい。 Aa a ウ ①

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理科 中学生

(1)なのですが、オではない理由はなんでですか? ちなみに、答えはウです。この課題自体問題の答えしかわからず解説を作成するレポートなのでノートを見直してもわからないので教えて頂きたいです。

情によりない生殖方法を一般に 生殖という。 ゾウリムシの生 殖速度について調べるため, 液体培地を入れたフラスコに少数のゾウ リムシを加え,培養した。 一定時間ごとに一定量の培養液をとり出し, そのなかに含まれるゾウリムシの数を測定した。 図2はそのときの結 果を示している。ただし、分裂途中のものは1匹と数えた。 ア (1)次の図は,カエルの胚発生を発生の順序にしたがって並べたもので あるが, カエルの胚発生の図として誤っ ているものが1つ入っている。 それはど れか。 次のア~カの中から1つ選び, 記 号で答えなさい。 (2)文中の( )に適当な語句を入れなさい。 図2 60 40 図個体数(相対値) 88220 ①① H 1 2 4 6 8 10 12 時間(日) オ カ (3)図1のゾウリムシの①②の構造の名称を答えなさい。 ① (1) (2) ② (4) 図2について,一定量の培養液あたり, 分裂途中のゾウリムシが最も多く観察されるのはどの時点である と考えられるか。 最も適当なものを次のア~カから1つ選び, 記号で答えなさい。 ア 0~ 2日 イ 2~4日 ウ4~6日 エ 6~8日 オ 8~10日 カ 10~12日

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国語 中学生

答えがイとオなのですが、ア・ウ・エが違う理由を教えて欲しいです。

めいそう じょう こ 上学的になる。 次の文章を読んで、あとの問いに答えなさい。(2点) 乗り物のうちで、歩くことにもっとも近いのは、著者の経験では カナディアン・カヌーに思われる。もちろん、 ホワイトウォータ ーに挑むスポーツとしてのカヤッキングではない。河と湖をカナデ かつ ィアンカヌーで進み、森のなかではそれを担いで踏破する移動だ。 てつがく カヌーは深い思索に誘われる。哲学するためにこの乗り物を作っ たのではないかと思えるほどだ。しかしそれは歩いているときや ※トレッキングしているときとは、思考の働き方がかなり異なる。 カヌーを漕いでいるときの方が、より深く、より多角的に、その場 所に包まれる。自分は環境の一部分となり、その一部分全体が移動 する。自分は水となり、その水が海に向かう。 歩いているときには、 自分の身体は環境に包まれつつも、それから身を引き剥がし、足を 宙に浮かしている。カヌーでの思考は、歩行のときよりも形而 ヨットと乗馬は、圧倒的に素晴らしい経験であるが、歩くことと は似ていない。 乗馬には、馬という相棒がいる。相棒と自然につい て対話しながら進んでいく。だが、この相棒と私とは志向性がかな り異なり、ときに初心者には難解な言葉を容赦なく浴びせてくる。 ようしゃ 馬の歩行のリズムは、人間の歩行のリズムと異なるが、非常に快適 。 ※ であり、快楽をもたらす。 “ケンタウロスは、ひとつの人間の身体 的理想なのかもしれない。 こうい ヨットは、散歩よりもはるかに危険な行為であり、個体の生命を つねに自覚させられる。セイリングでは、カヌーと同じく、自然 に完全に包まれ、風と波、海の一部と化す。しかしカヌーが身体と ひかく の一体感が強いのに比較すると、ボートは依然として乗り物であり、 クルーもいる。風と波に従いながら、それらを最善に利用するには、 知恵とチームワークが必要である。セイリングでは、多忙な労働と 瞑想が交互にやってくる。それは風と波のリズムの反映である。 こうして、カヌーやヨット、乗馬では、自然のもつ意味が、そ れぞれに散歩やトレッキングとは大きく異なっている。

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