注
*そうしゅうぜんもん
*し こう
鎌倉の故相州禅門の中に、祇候の女房ありけり。腹あしく、たてだてしかりけるが、ある時、成長の子息の同じくつかまつり
たふ
けるを、いささかのことによりて、腹を立てて、打たんとしけるほどに、物にけつまづきて、いたく倒れて、いよいよ腹をすゑ
かねて、禅門に、「子息それがし、わらはを打ちて侍り」と訴へ申しければ、「不思議のことなり」とて、かの俗を召して、「ま
ことに母を打ちたるにや。母、しかじか申すなり」と問はる、「まことに打ちて侍り」と申す。禅門、「かへすがへす奇怪なり
不当なり」と叱りて、所領を召し、流罪に定めにけり。
こと苦々しくなりける上、腹もやうやくゐて、あさましく思へ ければ、母、また
|に申しけるは、「腹の立ちのままに
『この俗、われを打ちたり』と申し上げて侍りつれども、まことは、さること候はず。おとなげなく、かれを打たんとして
はく
れて侍りつるねたさにこそ、申し候ひつれ。まめやかに御勘当候はんことは、あさましく候ふ。許させ給へ」とて、けしからず
うち泣き申しければ、「さらば召せ」とて、召して子細を尋ねらる。
「まことには、いかで母を打ち候ふべき」と申す。「さては、など始めより、ありのままに申さざりける」と、禅門申されけ
とが
*きよたん
れば、「『母が打ちたり』と申さん上は、わが身こそ過にも沈み候はめ、母を虚誕の者には、いかがなし候ふべき」と申しければ、
「いみじき至孝の志深き者なり」とて、大きに感じて、別の所領を添へて賜はり、ことに不便の者に思はれけり。
末代の人の心には、ありがたくこそ。
(『沙石集』より)
*相州禅門…鎌倉幕府第五代執権である北条時頼のこと。
*祇候…貴人のそば近くにお仕えすること
*召し…取り上げて。
*虚誕…でたらめ。
*不便の者…ひいきの者。