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地理 高校生

白地図の穴埋めのところを教えて欲しいです! もしお時間あればお願いします!

5 4. 次の山脈 高原 ・ 平原・川・海・ 運河 半島の名前を①~⑩6のに記入し、 川を青でた どろう。 ヒマラヤ山脈 カラコルム山脈, ヒンドゥークシ山脈, 西ガーツ山脈, デカン高原, パミー ル高原, ヒンドスタン平原,ガンジス川, インダス川, ティグリス川, ユーフラテス川、ペ ルシア湾, 紅海, スエズ運河, シナイ半島, アラビア半島 5. 地図帳の気候の資料を見て、7月の季節風の矢じるしを青で記入しよう。 6.南アジアの稲作地を黄で着色し、 綿花を青の○でかこもう。 高原 問題 1.稲作地はおもに何という平原に広がって ・ ⑤5 南アジア 西アジア ~自然と国々~ 【新洋高等地図 p.31~32-35~36. 標準高等地図 p.25~281 ワーク 10° ○アンカラ A カスピ海 B 5 運河 キプロス シア レバノン - シリア ベイルート ダマスカス・ 川 ヨルダン D 3 6 半島 コーク I 海 オ 250 500km ① バーレーン、 カタール E 湾 ⑧ ⑨⑨ 山脈 G カブール H F マスカット 北回帰線 11 アラブ首長国連邦 ⑦ 半島 オマーン イエメン ○ サヌア インド洋 60 1.国名をA~Kのに記入しよう。 次の都市名をアークの に記入し、首都は都市記号を赤で着色しよう。 デリー、コルカタ, ムンバイ, テヘラン, リヤド, メッカ, バグダッド,エルサレム 砂漠を茶で着色しょう。 10 ●イスラマバード 山脈 H 12 We いるか。 そこはどのような気候帯か。 平原) ( さいはい ( 2. 綿花は、おもにどの地域で栽培されて いるか。 高原) 15 ブータン 山脈 ネパール ティンプ 9 カトマンズ 平原 (13 ① 川 カ 16 70° 山脈 高 川 原 ク スリジャヤワルダナプラコッテ TO J ダッカ -20° ベンガル湾 砂漠 稲作地 綿花 -10°- K 組番名前 90°

未解決 回答数: 1
地理 高校生

サシについてなのですが、なぜシがアラブ首長国連邦なのですか? 解説を読んだのですが、FとGの説明は合ったのですが、サシの説明が個人的に蛍光ペンを引いたところだけのように感じ、サシをどのように解けば正解に辿り着けるのかが知りたいです。 どなたかすみませんがよろしくお願いします... 続きを読む

地理総合, 地理探究 問4 ジロウさんとハナコさんは,アラブ首長国連邦が第3次産業の振興に力を入れ ていることを知り, 国境を越えてサービスのやり取りを行うサービス貿易につい て調べて次の表を作成した。 表1は, 世界の保険・年金サービス, 旅行サービ ス収入のいずれかにおける上位国を示したものであり,FとGは,保険・年金 サービス, 旅行サービスのいずれか,サとシは,アラブ首長国連邦とアメリカ合 衆国のいずれかである。 旅行サービスとアラブ首長国連邦との組合せとして最も 適当なものを,後の①~④のうちから一つ選べ。 4 表1 保険・年金, 旅行サービスの収入上位国 F (7 G旅行 1位 イギリス サアラブ 2位 サ スペイン 3位 シアメリカ イギリス 4位 アイルランド シ 5位 ドイツ フランス 6位 フランス イタリア 7位 スイス トルコ 統計年次は2022年。 UNCTAD の資料により作成。 ① ② ③ (4 ・旅行サービス F FL G G アラブ首長国連邦 サ シ サ シ

解決済み 回答数: 1
現代文 高校生

問2が答えと解説を読んでも なんでそうなるのかも解説が言ってる意味も よく分かりません 問2の答えは「中央の出先機関の立場」だそうです

3 基礎編 1 →解答解説は本冊ムページ 評論①『まちづくりの実践』田村明 課題対比の箇所に注目し、その箇所に傍線を引いて読んでみよう。 次の文章を読んで、後の問いに答えなさい。 にぎ 戦国時代の権力者は、軍事要塞として城を築き、その近くに商人や職人たちを集めて町をつ くった。織田信長の楽市楽座はその典型で、都市を充実した賑わいの場にすることに成功した。 権力者が町をつくり住民を住まわせる城下町が日本の都市の主流になる。明治になってからも、 都市は「お上」がつくり、また「企業」がその城下町をつくってきた。 2 西欧では中世から、商工業者を中心にした市民が、権力者である領主から自立して、自治都 市あるいは自由都市という立場を勝ち取って町をつくることが多かったが、日本にはその例は ほとんどない。だから受動的な「住民」はいても、主体的に都市をつくろうという「市民」は 不在である。つい最近まで、都市や町をつくるのは行政権力や企業権力であり、住民はそこで 暮らすだけで、 自ら「まち」をつくるという意識は希薄なままであった。 一九一九年に制定された都市計画法では、計画は「内閣に諮って主務大臣が決定する」と規 定され、都市は国家という「お上」がつくることになっている。自治体は国家の決めたこと を実施する代官にすぎない。この状態が、戦前ばかりか戦後のごく最近まで続く。自治体は住 民代表の立場ではないから、住民から要望や提案が出ても取り上げられない。だから、できる だけ住民の意見を聞かないで、せいぜい説明だけですませたいという気持ちが強かった。 4 これではおかしい。日本は第二次大戦の敗戦によって民主主義国家に生まれ変わったはずだ。55 「地方分権」を言うまでもなく、自治体の自立性は現行憲法でうたわれている。それなのに固有 の風土と歴史のある地域が、全国画一的に各省庁バラバラな施策で振り回されていては、「よ 「い」「まち」はできない。住民から直接公選された首長たちには、法令はなくても自らの判断で 地域と市民のための施策を行う動きが出てきた。 ⑤ 一九六〇年代初頭から、先進自治体では、独自の方法で乱開発による崖崩れの防止、学校用 20 地の確保、排水の整備、あるいは工場の公害にたいする予防措置などを行い始める。また、民 主主義の実践の場としての市民参加のさまざまな試みを始めた。地域の個性や文化を求める地 域ごとの工夫も始まる。都市という複雑で総合的で個性的な計画をするには、国家という画一 的な「お上」では無理である。ようやく、自治体は国の出先機関ではなく、市民の側に立っ て、独自の立場で個性的な地域づくりを自覚するようになった。 9 一般的な自治体は、事態の変動に鈍感で、相変わらず中央の出先機関の立場に甘んじている ものが多かった。直接に生活を脅かされる住民の方が敏感に反応し、さまざまな反対運動がお きる。そのうちいくつかは、自発的な「まちづくり」運動へと発展していった。 7 一九六〇年代になると市民参加をはっきり打ち出す自治体も現れた。 議会や中央官庁から . 25 5 「企業」がその城下町を くって大企業とその 請けの中小企業が、 自 の主要な産業の中心と てかたまって存在する 比喩的に表現した 画一的個性や特徴 ないこと。 類語に「一様 「均一」がある。 一九六〇年代―一九五 年から一九七三年にかけて 「高度経済成長期」に会 まれる。

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