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英語 高校生

英文熟考下36の解説2がよく分かりません。「助動詞+動詞」と「動詞」を比較するってどういうことですか?

80 ◆比較 36 比較対象の前置に注意 (If she had not spent that year (in Rome)), she would be 接 S' ByJ' M₁ V' O' M'2 S By V even less competent (than she is now) (in explaining the c 接 S' M' 36186 current political situation (in Italy)〉, much less 〈in convincing others to accept her views). 日本語訳例 ※1 M2 M3 もし彼女がローマでその1年を過ごしていなかったら,イタリアの現在の政治状況 を説明する能力も、ましてや自分の意見を受け入れるように他人を説得する能力も、 今よりさらに劣っていただろう。 ※2 ※3 ※4 ※1 ※2 《 even + 比較級》 は 「さらに~」 という訳をしてください。 that year は 「その年」ではなく「その1年」 とした方が明確です。 blito dose no doym ださい。 ※3 「~においてさらに無能になっていただろう」 「~においてさらに有能ではないだろう」 など は不自然な日本語です。 「~するのがさらに難しくなっていただろう」 は可です。 ※4 much lessの前で訳を区切り、「~であろうし、まして・・・はなおさらである」とするのは不適 切です。 英文分析 28 (c) 「比較対象の前置」 は出てくると非常に難しく感じます。 しっかり理解してください。 1. 比較対象の前置 例 We must make as much effort as we can to preserve nature. 「私達は自然を守るようにできるだけ努力をしなければならない」 この文がどうなってできたかを考えてみましょう。 次の文が元の文です。本 We must make as much effort to preserve nature as we can make much effort to preserve nature. [自然を守るのにやるべき努力の量] ≧ [自然を守るのにできる努力の量] 「自然を守るためにできるだけの努力をすべきだ」 1番目のas のあとに much effort がありますが, 2番目の as の後ろの重複している 同じ部分を取り去ります。 次に共通要素の make と to preserve nature を省略すると次 のような文になります。 We must make as much effort to preserve nature as we can. この英文でも全く問題がないのですが,アメリカ人 イギリス人などの英語ネイティ - ブはQS as が離れるのを嫌がる場合があり, as we can をもっと前に置くことがあり ます。 それによって to preserve nature を強調することになります。 → We must make as much effort as we can to preserve nature. この場合に, to preserve nature と effort との関係が見えにくくなるので注意が必要 です。このように as we can などの比較対象が前に出ることを「比較対象の前置」と言 います。 本間では, she would be even less competent in (V)ing, much less in (V2)ing than she is competent in (Ving, much less in (Ving now から than she is now を competent の直後に移動しています。 2. 現実と仮想の比較? 現実と仮想の比較をする場合には 「助動詞+動詞」と「動詞」を比較します。 例 If everyone in the world spoke the same language, it would be much easier to promote world peace than it is now. 「世界のみんなが同じ言語を話すならば,現在よりも世界平和を促進しやすくなる であろう」 本問では, she would be even less competent (仮想) と than she is now (現実)が まだい 比較されています。 3. 条件節が仮定法過去完了で,主節が仮定法過去 条件節 (if節)の内容が過去のこと (仮定法過去完了)で、主節の内容が現在のこと ( 仮定法過去) の場合があります。 「昔~だったら, 今頃は・・・なのに」という意味です。 例 If I had been born in the U.S., I could speak more fluent English now. 「もしアメリカで生まれていたら、今頃はもっと流ちょうに英語が話せるのに」 本間もこの形になっていることに注意してください。 Esc 2 T 81

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政治・経済 高校生

空欄Eについて詳しく教えてほしいです

新課程試作問題: 公共, 政治・経済 9 3 生徒たちは,高齢化の進行と, 少子化による人口減少が進むと,社会保障の面 で問題が生じるのではないかと考えた。このことを中間発表で説明したところ, 「今 後の日本には、どのような社会保障のあり方が望ましいと考えますか。 諸外国の給 付規模などとの比較を踏まえて、 教えてください。」という質問が他の生徒からあっ た。 これに対し、 生徒たちは準備していた次の図3を踏まえ、 回答した。 図3は、 1980年から2015年における5年ごとの日本, ドイツ, イギリス, アメリカの高齢 化率と社会支出の対GDP比が表されており, 生徒たちの回答中の A D は,日本, ドイツ, イギリス, アメリカのいずれかである。 生徒たちの回答中のA ~ D に当てはまる国名及び E に当ては まる文の組合せとして最も適当なものを,後の①~⑧のうちから一つ選べ。 7 図3 高齢化率と社会保障の給付規模の国際比較 (%) 30 25 2015 10 0 社会支出の対GDP比 5 0 2015 2010 2015 -2010 2000 -1980 1990 0 3 6 9 12 15 18 8 高齢化率 --- 日本 ドイツ イギリス アメリカ 21 24 27 (%) (注)横軸の高齢化率は、その国の全人口に占める65歳以上人口の割合を示している。縦軸 の 「社会支出」とは、人々の厚生水準が極端に低下した場合にそれを補うために個人や 世帯に対して財政支援や給付をする公的供給のことを表している。 (出所) 厚生労働省 「令和2年版厚生労働白書」により作成。

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日本史 高校生

教えて欲しいです🙇‍♀️

48 1920年代のヨーロッパ 次のA~Dの文を読んで、下の問いに答えなさい。 48 [A] 総力戦となった第一次世界大戦中から女性に対する政治的平等を求め やくしん ある声が高まり, 1918年第4回 ( 1 ) の結果, 女性参政権が実現した。 また, 1924年の選挙で躍進した(2) 党の内閣が成立するなどリベラルな風潮が 高まった。 アイルランドでは独立闘争が高まり, 1922年に(3)国が成立し 自治領となった。 さらに1931年(4)憲章によって, 自治領が本国と対等の 地位を与えられ, 各自治領はイギリス連邦を構成する主権国家になった。 し かし, その後もアイルランドの独立運動は続いた。 a こう [B]反ドイツ感情が強く, 1923年ドイツの賠償不履行を理由にベルギー とともに工業地帯の(5) 地方を占領した。占領は国際的非難を招き, 左派 連合内閣のブリアン外相の努力により1925年撤兵が行われた。 [C] 1919年共和国の大統領に (6) 党のエーベルトが就任し、民主的 なヴァイマル憲法が制定されたが, 1923年の(5) 占領に起因する破局的 インフレなど経済的混乱は続いた。 しかし, 1924年外相 ( 7 )の努力で 1 選挙法改正 2 労働党 3 イギリス 4 ウェストミンスター 5 ルール (1) 6 社会民主 7 8 9 ドーズ案が成立したことにより賠償履行政策に転じた。 [D]戦勝国でありながら獲得領土が少なく, 国内では左 右両派が対立し た。 このような混乱の中で, (8)は(9) 党を結成して保守層の支持を受 10 かんこう け, 1922年に「(10)」 を敢行したのを機に国王から首相に任命された。 (2) (1) 文中の( )に適する語句を書け。 (2)思考 下線部aのようにアイルランド人の闘争が続いた理由を, 「北アイル ランド」の語句を使って簡単に書け。 (3) (3)下線部b に明記された民主的項目を2つ書け。 (4)思考 下の資料Ⅰは, 下線部cを模式的に示したものである。 これを参考 に, 下線部cのアメリカ合衆国にとっての利点を簡単に書け。 (4) (5) 写真Ⅱは, 上の文中で説明された事柄を示して いる。 [A][D] のどの文中の事柄か, 1つ選び, (5) 記号を書け。 I ドーズ案による賠償金の流れ 資本投下 ドイツ 賠償金 [アメリカ 戦債返還 [イギリス] [フランス] 49 国際協調の進展 右の年表を見て、 次の問いに答えなさい。 紙幣 (1) 年表中の( )に適する語 句を書け。 年 事項 49 1 (2)下線部aで,条約締結に 尽力したフランスの外相は 誰か。 1924 独, ドーズ案の導入 1925 仏, ルール撤兵 2 (1) 独を含む7ヵ国,(1)条約を締結 3 a (3)下線部 b が最初に決めら れた条約を書け。 [ bラインラント非武装化の再確認] 1926 独, 常任理事国として ( 2 )に加盟 (2) (4) 下線部cで条約締結に尽 したアメリカ合衆国の国 1928 日本を含む15ヵ国 (3) 条約を締結 [国際紛争を解決する手段として戦争を 用いないことを確認] (3) (4) 務長官は誰か。 ゼミナール歴史総合 31

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政治・経済 高校生

国際連合の役割が問われている昨今の状況では、国連体制反対と現状維持の二つの意見が分かれることは想像に難くありません。【別紙】に示した文章は、皇學館大学学長の田中卓国史博士の著書「愛国心と戦後五十年」(青々企画、1996)の一節です。田中博士は戦前の史学思想(通称:平泉史学)... 続きを読む

13 国連体制の崩壊 非平等・非正義・非平和の実態 先づ国体制の崩壊です。私は、国連体制といふものは、次第に崩壊しつつあると 思ひます。その実情を述べませう。 国連は前に説きましたやうに、その章に、(1)「大小各国の極」、(2)「正義」とそ の「義務の尊重」、(3)「平和及び安全の維持」を譲ってあるのですが、果してそれは守 られてきたか。 実は、それらが粉であり、むしろその反対であるといふ正体が、既に明 らかとなってきたのであります。 先づ (1) ですが、実際に国は「大小各国の同権」を認めてゐるか。 本当に各国すべ 平等であるのか。さうではない。何故なら、国連機構で最も重要な安全保障理事 会において、特別の国だけが最初から常任理事国となり、拒否権までをもつてゐる。それ らは米・英・仏・ソ連(今はロシア)・中華民国(今は中華人民共和国)の五ヶ国、要するに 第三次世界大戦の戦国でせう。これで、国の大小を間はず皆平等だ、と言へますか。言 へないでせう。ですから、私は指摘するのです、国連は決して平等(同権)の組織では ない、と。明らかに平等”なのです。 次に、国連に(2)「正義」はあるか。歴史の示すところ、遼は「正義」でなく、も しろ非正義といふべきです。それは中華民国の運命をみれば明らかです。 中華民国は、 英と共に当初から連合国に加はり、日本と戦って勝利をえた国です。したがって中華民 国が国の中で大きな地歩を占めるのは当然のことであります。そのために安全保障理 事会の常任理事国にも選ばれた。そして中華民国自身は、終始国連のために誠意をもって 忠実に協力してきた。ところが昭和二十四年に、中華人民共和国が抬頭してきて、大陸を 支配する。しかし国連は、これを最初、レッド・チャイナと呼んで偽政府とみなし、正統 政府は台湾に落ち延びた中華 内だとしてみました。 それは筋が通ってゐます。しかし、 やがて大陸のレッド・チャイナの方が勢力をつけてくる。これに反して台湾の中華民国の 方は、大陸反攻を口にするがチャンスもなく、どうやら台湾で納まってしまひさうな形勢 となりました。 さういふ情勢のなかで、昭和四十六年十月二十五日、国連デーの翌日ですが、この時、 国連は、中華民国をメンバーから追放したのであります。正統は、中華人民共和国の方で あるとして、台湾の中華民国は除名されることになった。これは一体どういふことでせう か 中華民国は国連に対して不都合な、なにか悪いことでもしたんですか。さうではない。 協力こそすれ、何も悪いことはしてゐない。 元々安保理事会の常任理事国でもあり、重要 なメンバーとされてみたものが、どうして追放されたのでありますか。 これが「正義」と か「その義務の尊重」といますか。 要するに、大陸の中華人民共和国の力が強大となり、 その強大な力の前に国連の“正義”が膝を屈したといふことではありませんか。そ こで私は、国連のやり方は“正義”だといふのです。

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現代文 高校生

愛知医科大学看護学部の公募推薦の過去問です。 答えがないので、答えを出して欲しいです。お願いします🙇🏻‍♀️🙇🏻‍♀️

国 びまん 令和六年度 看護学部学校推薦型選抜(公募制) 基礎学力試験問題用紙 囲 次の文章は、一九九〇年に出版された山崎正和の『日本文化と個人主義』の一節です。この文 章を読んで、後の問に答えなさい。 文化は、これまで国家や民族という観念と強く結びついてきた。そして、人間の歴史を振返っ てみると、不幸なことに国家や民族の自覚はつねに対立抗争の意識とつながってきた。ひとつ の社会のなかで、個人もまたお互いに争うことがあるが、とりわけ国家や民族は、お互いに争う ことで自分自身をつくりあげてきた。その結果として、文化という特性はただの個人の特性以上 に、とかく他者との比較、対立の観点から考えられがちになる。じっさい、今日の経済マサツ や、つい近年までの世界戦争の現実を振返ってみても、ひとが自国の文化、他国の文化をあげ つらうときには、つねに何らかの意味の優越感や、国家主義的な自己主張の意識が伴っていた。 そして、そういう優越感が、たとえば敗戦といった現実によって崩れたとき、今度は極端な自己 卑下が社会に瀰漫するという事実は、多くの日本人の記憶に新しいことだろう。 こうした事情からして、文化論には、1二つの避けがたい危険な傾向が伴っているといわねば ならない。その第一は、過剰な特殊化の危険である。文化を考える場合には、他民族、他国の文 化と比較して考えがちであるので、どうしても両者の共通性よりは、ひとつの文化の異質性を強 調して考えることになる。 つい昨日まで文化的に じっさい、日本の場合、過去の文化論はしばしば民族主義や国粋主義と手を結びがちであった イクセプショナリズム し、アメリカの場合でも、アメリカ文化の「例外主義」という思想が、長らく見え隠れに受け 継がれてきたようである。ユダヤ人の「選ばれた民」の意識、ドイツ人の民族的な使命感といっ たものは、自国の文化を過度に特殊化し、他国との違いを強調することから生まれてきたが、 ③こうした使命感はいったん裏返ると劣等感に変貌する。 高村光太郎という詩人は、若いころフ ランス留学から帰って、日本の国の貧しさとその精神の狭さを嘆いて、「根つけの国」という自嘲 的な詩を書いたことがあった。しかし、彼が本性において強烈な愛国主義者であり、第二次大戦・ 中には過激な祖国讃美の詩を書いたことは、同時代を生きた日本人なら誰もが知る事実だろう。 とかく異文化との劇的な接触は、精神の単純な人物にとっては、自国の文化について過度な自尊 心を誘い出すか、逆に過剰な劣等感を刺激するものであるようにみえる。 そして、いずれの場合でも、そうした特殊化は、個人が自分の存在や行動について振返るとき、 奇妙に気持ちを安らがせてくれる支えになる。自分とは何か、7自己の実質は何かということは、 もともとたいへん難しい問題であり、簡単には答えが出ないものであるが、ひとは生きるために その答えを欲しがりがちである。そのさい、いちばん安易なやり方は、自分がどういう仲間に属 しているかを実感して、それを語ることで自己の中身を言い表わすことだろう。そして、自分 がどういう仲間に属しているかを振返るとき、その仲間の範囲が狭くて、他の集団と対立してい ればいるほど、自分自身の世界のなかにおける位置は明確になる。ここでもまた、文化論のひず みというものは、人間性の悲しい弱さに深く根ざしているといえそうである。 【

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