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地理 高校生

最後の問題こたえあってますか

. 図1 図2をみて、 次の問いに答えよ。 (2つの図の図法 縮尺は同一ではない。) 問1 図1のXで示した緯線と同緯度のものを、 図2のア~ウ から1つ選び、記号で答えよ。 問2 図1中の は,ある月の月降水量100mm以上の地域 を示している。また点線 (----) は, その月の月平均気温20℃の 等温線である。 この月とYの海域を流れている海流の組合せ として正しいものを次のア~エから1つ選び、 記号で答えよ。 ア. 1月暖流 X イ. 1 月寒流 熱帯収束帯が × ウ.7月・暖流 エ.7月・寒流 問3 図1中の東経20度の線に沿って北から南に進んだ場合, 気候はどのように変化するか。 次の( )に適当なケッペン の記号をそれぞれ答えよ。 ただし, 同一番号には同一記号が 図 1 入る。 地中海 -> BW → →(1 ) → (2 ) -> Af →(2 ) → Cw → (1 ) → BW → (1 ) 東経20度 → →(3 ) アフリカ南端のアガラス岬沖合 問4 図2中に位置するアマゾン川流域に広く分布する成帯 土壌名を答えよ。 また、 その土壌の特色として適当なものを, 次のア~エから1つ選び、 記号で答えよ。 ア.酸性のやせた土壌で灰白色を呈する。 ポトゾル イ. 落葉広葉樹林に分布する褐色~黄褐色の土壌。褐色森林土 ウ.半乾燥地域に分布し,腐植に富む黒色土。チェルノゼム、プレーは玉 パンパウ エ. 鉄やアルミニウムを多く含む赤色土。 ア イ 問5 図2中に で示した@b の地域には類似した植 生がみられる。 この植生として適当なものを、次のア~エ から1つ選び, 記号で答えよ。 また, ⓑの地域の植生 に対する現地での呼称を答えよ。 図2 ア. 常緑樹からなる熱帯雨林 イ. 短草草原 ウ. 針葉樹林 エ. 疎林と長草草原 問6 図2中の で示した 地域が広がる。その理由を ①の地域には,共通して乾燥 それぞれについて説明せよ。 1 問 問 問 1 2 13 BS 問 4 ラトソル 5 ? = 1 5 B5 Aw "Cz 沿岸を流れる寒流の影響で大気が安定し、上昇気流が起きにくいため。 リャノ b カンポ 6 D 偏西風が山脈を通りすぎて乾燥しているから。

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地理 高校生

エルニーニョ現象についてです。 インドネシア付近の干ばつは暖水が東へ普段よりも流れてしまい、上昇気流が起こりにくくなり、干ばつになるというふうに理解していて、南米太平洋側の大雨も海水温が上昇し、大雨が降るのは分かるのですが、アマゾン川流域の森林火災が起こる理由がわかりません。

ツボ 1 エルニーニョ現象のメカニズムとその影響 ① エルニーニョ現象のメカニズム・・・通常の状態を理解することが重要! 通常の 状態 南東貿易風 表層の海水が南東貿易風 で流されるため,補おう と深層から冷水が湧昇 |エルニーニョ現象 ゆうしょう 暖水が流れ込む 南東貿易風が弱まる 暖水 暖水 海水温が低下 冷水 インドネシア近海 南アメリカ ② エルニーニョ現象による影響 -海水温が上昇 ・深層から冷水 が湧昇しない 冷水 インドネシア近海 南アメリカ 中国南部 日本の多雨, 梅雨明けの遅れ, 暖冬 暖水が流れでしょう から、普段より水温が 低下して上昇気流〔 (冷夏) 「東南アジア・ニューギニア・オーストラリア北部の 高温乾燥・干ばつ・森林火災 ブラジルのアマゾン川流域の なぜ 高温乾燥 森林火災 南米太平洋側の おつりにくくなる ・大雨、洪水, アンチョビの漁獲量減少 雨

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化学 高校生

この問題の答えは⑦〜⑨の順でセリン、メチオニン、グリシンなのですが問題にmRNAに対応した遺伝暗号表とかかれているからmRNAから読み取って答えが出るのですか?tRNAから読み取って答えがでるのではないのですか?

ぞれ何というか。 (3) 図中の(A)は②の始まりを指定する塩基配列である。この塩基配列を何というか。 知識 40 遺伝情報の発現 図はタンパク質合成の過程を示した DNA ものである。 アミノ酸が図の左から右 OCTA 101 につながっていくとき,①~⑥に当て mRNACUA はまる塩基の記号, およびアミノ酸 ⑦ ~⑨の名称を答えよ。 なお, アミノ酸 の名称は,以下のmRNAに対応した遺 伝暗号表を参考にして答えよ。 DDI G QUA A tRNA ② |c| アミノ酸⑦ アミノ酸⑧ アミノ酸⑨ [19 倉敷芸術科学大 改] UUU フェニルアラニン UCU UAU UUC UCC チロシン UGU UUA UUG}ロイシン ・セリン UCA UAC UAA UGC システィン UCG UAG終止コドン UGA 終止コドン UGG トリプトファン CUU CCU CAU ヒスチジン CGU CUC CCC CAC ロイシン プロリン CGC CUA CCA アルギニン CAA CUG CCG CAG }グルタミン CGA CGG AUU ACU AAU AGU アスパラギン セリン AUCイソロイシン ACC AAC AGC トレオニン AUA ACA AAA AUG メチオニン (開始コドン) ACG AAG }リシン AGA アルギニン AGG GUU GCU GAU GGU アスパラギン酸 GUC GCC GAC GGC グリシン バリン >アラニン GUA GCA GAA GUGJ GCG J GAG } グルタミン酸 GGA GGG J 49

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現代文 高校生

文章の意味が分かりません。 単語とか調べたものの、筆者の伝えたいこと、 各段落の内容が分からないので分かりやすい言葉で教えてほしいです。 問題の解説が掲載されていないため、漢字問題以外、解説お願いできませんか?🥺 シャーペンが私の、間違っていたとこのみピンクで正解を示して... 続きを読む

off ② ひとひととして向き合い、関係を構築すること自体が稀なことだから。 ⑧ 自立した主体の確立こそを理想とする社会の中で育ってきたから。 ④他者との関係性を損なわないためには、互いに適度な距離をとることが必要だから。 ⑥ 関係だけでなく、個人の能力も自分の本質を為すものとして無視できないから。 五日 (解答番号は、第二間で【古文】あるいは【現代文】 のいずれを選択した場合でも1~35 です。) 第一問 次の文章を読んで、設問 (問1~間10)に答えよ。 ひとりの人間と、彼/彼女が最初に出会うことば 〈言語〉との関係は、自明であり必然的であるというよりはるかに、ある種 偶然と事故によって支配されている。ひとりの人間がその誕生時において引きずる言語的ケイプそのものも、すでに複雑で した経路と水をかかえている。そうだとすれば、ことばの獲得とは、生得的な関係による る種の根源的な喪失とのなかから再発見 再獲得されるなにかであることになる。そのときことばは、私たちの生地ではな なものではなく、あ く、移住地であるのかもしれないのだ。 もしそのように考えることが許されるなら、ことばは私たちの存在を根源的に決定づけるなにものかであることをやめる。こ とばと私たちとの関係のなかに、 な属関係・新有関係を前提としない、旅と移住の運動性が生まれはじめる。こ とばはそれ自体として説明されるのではなく、それが言語的な未発の意識とのあいだに保存する記憶や痛みや欲動のほうから 定義され、そのことによってことばは言語的言語外的な認識によってつねに流動の渦のなかに置き直される。 私たちはみな、自分自身の前言語的な存在のかたちを、ことばという場に住みつかせるのだ。言語を とせずに存在する自分自身というものがあって、それをあらためてことばという異土に移り住まわせる。 そのとき、われわれが な手掛かり ことばを使うという行為は、本来的にすでに移住の行為、移民の行為だということになる。私たちはそのようにして日本語の世 さらにいえば、私たちはそのようにして、日本語話者としての「日本人」へと移民した。 ブラジルでは、ればふつう 「グラフィチ」と呼ばれる。 街路の壁々に描かれた、奔放な落書きのような風刺絵。 そもそもイ タリア語で柱や壁に傷をつけて書かれた「掻き文字」を意味する考古学用語が、日常の街路の壁の落書きをさすことはと 定の業界で仲間内だけで使われる僕。 された「グラフィティ」 (Graffiti)を、そのままブラジルのポルトガル語風に発音すれば「グラフィチ」。この国の街で、グラ フィチはあらゆる通りと路地とに満ちている。消されても消されても、人々は色とりどりのスプレーをふたたび持ってきては、 知らぬ間に家々の、シャッターを呟くばかりの想像力の氾濫によって色と線で埋め尽くしてしまう。 落書きが文字だけであれば、それはふつう「ビシャソン」である。 独特の字体に、特のようなことばの断片が踊り、かぶ 文字が歌やのかたちに変容してきだし、壁の平面に陰影の凹凸が生まれ、ことばに色と風合いとかたちが備わりはじ める。俗っぽいことばや政治的なスローガンを書き連ねる(「ビシャール」=壁に落書きを描く)だけのピシャソンにまじって、 時々はっとするほど時的な数行が、うす汚れた壁面に陥っていることもある。 ブラジルのグラフィチやビシャソンの世界の豊能さを、ブラジルを訪ねるはるか以前に私がはじめて知ったのは、デニス・ テッドロックの詩集『夢の暦の日々』のなかの記述からだった。 ニューメキシコのズニ族や、グアテマラのキチェ族の口承文化 や神話の研究で知られる北米の人類学者・民俗学者テッドロックは、ブラジルのカンピーナス市に滞在して特異な詩集のコウソ ウを練っていたとき、町の落書きのひとつに印象的な詩句を発見する。彼はそのポルトガル語の詩句を、こう写し取ってい VAI-SE A PRIMAVERA QUEIXAS DE PASSAROS, LAGRIMAS NOS OLHOS DOS PEIXES テッドロックが住んでいた家からわずかに二ブロックほど離れた路地に書かれていた、このビシャソンの飛び跳ねる奔放 筆跡を想像しながら、私はすぐに(テッドロックもおそらく気づいていない) この詩句の出自を理解した。 24一般入試A問題 (2024 AG-B-1) 介護は介護する介護されるという立場が明確であり、その主体は介護される者であるため、介護される者が介護とい 関係を受け容れることを待つことしかできない。 介護する者と介護される者の間にひととひととの個別的関係が築かれるためには、それぞれが主体と客体としての役割 をバランスよく果たしつつ、対話の機会を十分に持つ必要がある。 春がゆく鳥の嘆き 涙が魚の目に (行く春や鳥啼き魚の目は mmm はしょう 「奥の細道」の矢立初めの句としてよく知られたこの芭蕉の詩句が、ブラジルの地方都市の路地の壁に優美に踊っているの 想像して、私は不思議な興奮にとらえられた。芭蕉の句が、地球の対地点にまでたどりつく三百年をこえる時の道程のなか で経験した無数の声と文字による橋の過程に携帯用の筆入れと墨壺である立」からとりだされた筆記用具によって 聖の手帖の表面に走った毛筆の軌跡が、時を超えて、南米の植民都市の街路の壁の、スプレーによる躍動する落書きへと転 写されるという、筆跡の機知に満ちたはるかなる旅程に。 このビシャソンとなった芭蕉の句において、過ぎゆこうとする「春」はもはや日本的な春の惜別の感傷を宿してはいない。 ブ ラジルの春とは、いったい植物的な陰喩として測られるものなのか、それとも生き物や食べ物の推移として感知されるものなの か、それすらもはや判然とはしない。 ここで悲しく啼く熱帯の鳥とは? アマゾン川の獰猛な魚の目に溜まる泪とは? 日本語 の Haikaiへと転生するあいだに、ひとつの文化が感情の構造として宿していた意味と感覚の図の が、ポルトガル語の 一体が破れ、異形の、しかしみずみずしい力にあふれた別種のポエジーが、一気に侵入する。 自宅の近くの壁にお気に入りの落書きを見いだしたテッドロックは、たしかにこの時の古典日本的起源を知ることはな かったかもしれない。 しかし「夢の暦の日々」という詩集が示すように、彼はブラジルにおいて経験する日常的な出来事と、そ の反映としての夢のイメージとを、彼がよく知るマヤ=キチェ族の暦の形式に置き換えられた日録のなかに書き込んでいった。 「の」の日にはじまり 「一三の死」の日で一回転する精緻なマヤ暦のなかで自らの日常と幻想とを反することで、彼は近 代世界を統べる日常の時間から離脱し、先住民の生きてきた別種の暦との連続性の感覚のなかに入ってゆく。人類学という実践 そのものが異なる時間性の境界を越えてつかのま生きる実践であり、自らがフィールドにおいて生きたはずの別種の時の充足 ふたたび近代的な時間の支配するアカデミーのなかへと回収してしまう逆説的な行為であるからこそ、人類学はつねに幻影 既存の粋を解ょうヒスコ 夢のを「詩」として、フィールドノートと民族誌の余白に分泌するほかはない。 そして、テッドロックの想像力のなか に堆積した、そうしたヨジョウとしてのポエジーの氾濫が、ポルトガル語となった芭蕉の詩句による無意識のによってうな がされたものであることは、かえって芭蕉の転生としてのビシャソンの力を示している。ハイカイは、ここでたしかに、異土に 移住して別種の「時」と季節を渡りながら、ことばと文字がたどる一つの真実の旅の道程を見事に示している。 ブラジルにおいて、俳句をブラジル時のゼンエイ的な運動へと架橋し、芭蕉の評伝的なエッセイを書いた詩人がパウロ・レミ ンスキーである。姓からも察せられるように、彼の祖父母はポーランド系の開拓移民で、さらに彼の母親には黒人の血統も流れ こんでいた。ポーランド系ムラート〈黒い混血児〉のブラジル人。 この特別のケイフの混合に、レミンスキーは大いなる誇りと を感じていたという。(中略) クリチバという日系人も多く住むブラジル南部の街に生まれ育ち、 「日本」と早くから出逢い、若いときに日本語を習 得したレミンスキーが芭蕉と出会うのは、かならずしも驚くべき偶然とは言えなかったかもしれない、とわかる。そしてポーラ ンド系ムラートのブラジル人によって書かれた、ポルトガル語による唯一の「芭蕉伝」は、やはり「奥の細道」の冒頭における 俳聖の漂泊の心持ちを伝えることからはじまる。 あのビシャソンにもあった「奥の細道」の矢立初めの旬が、ここでも引用さ れているのだ。 レミンスキーによるこの句のポルトガル語ヴァージョンはつぎのとおりである。 primavera não nos deixe pássaros chorum lágrimas no olho do peixe 実験・野心弟で (2024AG-B-3) (2024AG-B-4)

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