革命の始まりと
さいたく
人権宣言の採択
ほうけん
18世紀フランスでは,身分制など封建社会の諸制
アンシャン=レジーム
度が存続していた (旧体制)。第一身分 (聖職者) と第二
めんぜい
身分(貴族) は免税特権などを持つ一方、 第三身分(平民) の大半は貧しい都
市民衆や農民で,各種の租税や封建制の下での重い負担に苦しんでいた。
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を行おうとしたが,
はたん
国王ルイ16世は, 破綻した国家財政を再建するため, 特権身分への課税
在位 1774~92
特権身分はこれに反対し, 三つの身分の代表による三
かいさい
部会 (身分制議会)の開催を約束させた。三部会が開かれると、身分ごとの
議決方式に反対する第三身分とこれに同調する第一・第二身分の一部の議
議
員が合流し,国民議会(憲法制定国民議会) を結成した (球戯場の誓い)。
きゅうぎ
ちか
だんあつ
しょうちょう
会弾圧のため軍隊が動員されると, パリの民衆は圧政の象徴とされたバス
かんごく
しゅうげき
ほうき
はい
ティーユ監獄を襲撃した。 農民蜂起も広がるなか, 議会は封建的特権を廃
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止し, 人権宣言 (人および市民の権利宣言) を採択した。
史料
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