③(その更衣の)お部屋は桐壷という部屋です。(帝が)多くの女御・更衣といった)お方
々(のお部屋)をお通り過ぎになられて、ひっきりなしに(桐壺更衣の部屋にばかり)お出向き
されるのに、その方々がやきもきされるのも、なるほどもっともなことだと思われた。
(また桐壺更衣が帝のもとに)参上なさる場合にも、あまり度重なる折々には、内橋や渡殿のあ
ちこちの通り道に、けしからぬことを幾度となくしては、送り迎えの女房たちの着物の裾が、(台
無しになって)がまんできないくらいに汚されて)不都合なこともあり、またあるときには、
どうしても通らねばいけない馬道の両端の)戸を閉めて (桐壺更衣を中に閉じ込めて、こち
らとあちらとで、示し合わせて、(進むことも退くこともできないようにして)恥をかかせて困ら
せなさるときも多い。
何かにつけて、数え切れないほどのつらいことばかりあるので、(桐壺更衣は)たいそうすらく
悲しい思いをするのを、(帝は)ますます気の毒だとご覧になられて、後涼殿に以前からお仕えな
さっていた(別の) 更衣の部屋を他に移させになられて、(そこを桐壺更衣の)控えの部屋として
お与えになられる。(部屋を奪われた更衣の)その恨みはまして晴らしょうがない