終戦に向けた様子をまとめよう。
インフルエンザ
戦死者900万人超
Ⅲ米の参戦以降、戦場でスペインかぜのパンデミックが起こり、 参戦国の被害が拡大した。
f 1918年、同盟国の降伏や、反戦による革命の発生により、 帝政が崩壊した独は。 あらたに
臨時政府を立ち上げて、連合国との休戦協定締結を進めた。
V 1919年、パリ講和会議が開催されて、 参戦国が 【⑦】条約を結んだ。 独はや本国の
一部を損失したほか、巨額の賠償金が課せられた。
g 日本は独から赤道以北の南洋群島の委任統治権と、 山東半島における利権を引き継いだ。
1917年 十四条
✓ 米大統領 【⑧】 が提案した平和原則から、国際【⑨】軍縮・民族 【 ⑩】が戦後の新方針となった
h独や墺が支配していた東ヨーロッパで、独立国が承認されるいっぽうで、アジアやアフリカは
植民地支配が続き、中の二十一ヵ条の要求に対する抗議も退けられた。
スイス
I 1920年、戦後は⑩ため、米の影響力が拡大して、ウィルソン大統領の提案で、ジュネーフ
本部をおく、 国際 【1】 が設立された。
英・仏・伊・日本が常任理事国となったいっぽうで、米は議会の反対で加盟できず、や独も
不参加で、大国の不在や 13ため、機能不全に陥りやすい組織となった。
1 1921年、日本の成長を警戒する米の提案で、 軍縮に向けた 【14】 会議が開催された。
ワシントン海軍軍縮条約
四カ国条約
九カ国条約
主力艦保有量の制限や日英同盟の廃止、中の主権回復のために山東半島の権益返還など、
日本にとって厳しい条約を締結した。
1928年パリ会議
1930年ロンドン海軍軍縮会議
が反発したが政府は不戦条約や 海軍軍縮条約を結び、国際協調路線を継続