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文章問題の答えが分かりません、どなたか教えてください!! (4)の、末永はグーパーじゃんけんの結果を不満におもっていますが、それはどの描写から読み取れますか。本文中から六文字でそのまま抜き出して書きなさい。 という問題が分かりません 答えはうなだれた顔で合っているのでし... 続きを読む

中学一年生の パーを出し合うグーパーじゃんけんを 次の文章は、ある日の昼休みの場面です。 この文章を読 すえなが 「おい、末永。早く来いよ」 「太二、パーな」 「あっ」 ぐうぜん むとう ぼくがみんなの輪にはいりかけたときに武藤がどなって、ふりかえると末永が昇降口から出 てきたところだった。長髪を、トレードマークのヘアーバンドでまとめた末永が、長い手足を ふって一気に迫ってくる。 武藤は小声で言うと、そっぽをむいた。いままで一度もなかったことだが、みんながなにを しようとしているのかはわかった。やめたほうがいいよ、ということばが口から出かかったと きに末永が到着した。 「悪い悪い。給食のあと、腹が痛くなってさ」とおくれた言いわけをする末永を尻目に、「グー パー、じゃん」とみんなが声をだした。 自分だけがグーだとわかり、末永がしゃがみこんだ。うなだれた顔にかかった髪のすきまか ら、とがらせた口が見えた。 「すげえ偶然だな。おい、末永。手伝ってやりたいのは山々だけど、よけいなことをしたら先 輩たちに怒られるからよ」 〇〇 武藤は早口で言うと、さあ行こうぜというように右腕をふった。ぼくは残って末永と一緒にブラ シをかけようかとおもったが、久保に肩をたたかれて、みんなにまざって小走りで校舎にもどった。 たまたま末永がおくれたのにかこつけて、武藤がワナをしかけたのだ。もしも末永と同時に到 着していたら、ぼくもグーをだしていたかもしれない。ぎりぎりセーフと安堵するのと同時に、末永 なかた こもん あさい うった あんど がキャプテンの中田さんか顧問の浅井先生にこのことを訴えたらたいへんだと A がよぎった。 中田さんはふだんはおだやかだが、一度怒ると簡単には相手を許さなかった。夏休みの練習 で、数人の二年生が日かげでサボっていたときには、自分も一緒にやるからと二年生全員でニ 百回素振りをした。あらかじめ注意されていたのに、末永ひとりをハメたことがばれたら、ど んな罰を与えられるかわからない。 こんなことなら武藤の言いなりになるんじゃなかったと、ぼくは後悔していた。でも、聞こ えなかったふりをしてグーをだしていたとしても、自分だけいい子になりやがってと、みんな の Bを買っていただろう。「 久保が武藤についたのも、ぼくには C つくほどまじめなやつだ。そのぶんかけひきがへたで、肝心なところで相手に裏をつかれる。 だった。久保は小学一年生からの友だちで、超が グーパーじゃんけんでもよく負けて、三回に二回はコート整備をしていた。だから、というわ けでもないが、ぼくは久保ならこういうときは絶対にとめるだろうとおもっていた。 武藤と末永はプレースタイルがよく似ていた。二人とも百七十五センチをこえる長身で、威 力のあるサーブ&ボレーを武器にしている。ツボにはまると手がつけられないが、ベースライ ンでの打ちあいをやや苦手にしていて、自分のイージーミスから崩れることが多いところまで そっくりだった。 ただし、武藤が練習熱心なのに対して、末永はすぐに手をぬこうとする。筋トレのときに、 末永がまじめにやらなかったせいで、スクワットや腕立て伏せの回数を増やされたことも一度 や二度ではなかった。だから、武藤が中心になってハメたのはたしかに行きすぎだが、末永に いっしょ

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理科 中学生

分からないので教えてください

■64. 生態系のバランス 64分 次の文章を読み、以下の問いに答えよ。 海岸の岩場には、固着生物を中心とする特有の生 物が生活している。右の図はその一例である。この 中のフジツボ、イガイ,カメノテ,イソギンチャク および紅藻は固着生物であるが、イボニシ,ヒザラ ヒザラガイ カサガイ ガイ,カサガイおよびヒトデは岩場を動き回って生 活している。矢印は食物連鎖におけるエネルギーの 流れを表し、ヒトデと各生物を結ぶ線の上の数字は、 ヒトデの食物全体の中で各生物が占める割合(個体 数比)を百分率で示したものである。 問1 この生態系において、ヒトデ,紅藻、カサガイがそれぞれ属する栄養段階はどれか。最も適当 なものを、次の0~0のうちからそれぞれ一つずつ選べ。 0生産者 問2 この生態系の中に適当な広さの実験区を設定し、ヒトデを完全に除去したところ,その後約1 年の間に、生物の構成が大きく変化した。まずイガイとフジッボが著しく数を増した。カメノテと イボニシは常に散在していたが、イソギンチャクと紅藻は、増えたイガイやフジッボに生活空間を 奪われて、ほとんど姿を消した。その後,食物を失ったヒサザラガイやカサガイもいなくなった。 この野外実験からの推論として、適当でないものはどれか。次の0~Oのうちから二つ選べ。 0 ヒザラガイとカサガイが消滅したのは,天敵がいなくなり増殖したフジッボやイガイに捕食さ ヒトデ イボニシ フジツボ イガイ カメノテ 小魚 紅築 *プランクトン O一次消費者 0ニ三次消費者 0分解者 れたためである。 @ イガイとフジッボが増えたのは、両種に集中していたヒトデの捕食がなくなったためである。 0 フジッボとヒザラガイの間には被食者- 捕食者の関係はないが、どちらかの数が急激に増える と、もう一方に影響響を与える場合がある。 0上位捕食者の除去は、被食者でない生物にも問接的に影響を及ぼしうる。 O 上位捕食者の存在は、生態系の単純化をもたらしている。 【センター試)

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作文 中学生

たくさんの人の回答を希望します、 そして急ぎです((ノД`) 写真は、中学1年のとき書いた意見文です。もう中2ですが、コロナの関係で来月にリモート発表することになってしまいました。 先生が修整をいれていますが、2年生らしい文に仕上げたいです。書き直し・書き足ししたほうがいい... 続きを読む

【あたり前と平和 ] ゲーム、服、机にいす…。家、学校、お店…。周りには、たくさんのものがあり、たくさんの建物がある。そ れに、たくさんの人がいる。お母さん、お父さんなどの家族、友だちや先生、そして、自分がいる。家にいれば、 いつだってゲームができる。嫌になるくらい勉強をする。学校なら、勉強もできるし友だちにも会える。疲れる くらい遊ぶこともできる。いつでも遊べていつでも勉強できる。そんなの、いつものことだし、あたり前だろう と、みんなが言うだろう。それが日常だから、あたり前。そう思ってしまう。でも、そうではないときがあった 空空襲について学んだ。学ぶときは、興味があるとは言えなかった。 空襲」と表紙に書かれた、小説みたいな本 のだ 私は一年生の一学期の道徳の時間に、 私が苦手な歴史の勉強に少し似ている気がしたからだ。 先生が、「 を読み始めた。それを聞いていると、私の頭の中には一 七月十五日午前七時三十分。鳴り響くサイレンの音。爆弾が落ちて、わき起こる黒煙。爆弾や銃撃のひどい音。 おそろしい米軍の飛行機が、頭の上を飛ぶ。 被害があった。焼け焦げた家や人。重軽傷者は十四人。四十名の尊い命が奪われた。 当時十五歳だった男子生徒は、一週間ぶりの学校に、わくわくしながら登校している途中だった。「グラマン だ!山に隠れろ!」という声を聞き、四十分間爆撃される | 町を山から見ていたそうだ。 学校の先生の中には、生徒を防空壕やタコツボと呼ばれる穴に避難させている中で、爆弾の破片が背中に刺さ り、命を落とした方もいる。その先生の碑は|_高校の敷地内にある。先生が呼んでくれた本の中には、私と同 じくらいの年齢で、空襲の中、家族の無事を祈り続けていた人や、子どもの無事を願って空襲で焼け焦げた本別一 の町が破壊されていく映像が流れはじめた。 町上空を、四十七機の飛行機が飛んだと言われている。多くの一 空襲に関わる様々な人のエピソードがつまっていた。 の町の中を走り回った人など、 亡くなった人やその人の家族、友人を思うと、胸が痛む。もし、自分ならどうなるだろう。爆弾や銃で、自分 の思い出の場所が一瞬で失われる。家をなくしたら、家族や、友人を亡くしたら。私には全然想像ができない。 でも、もしそうなったらと想像する。悲しみ、寂しさだけではなく、怒り、悔しさなど、自分の中でどんな感」 いつも自分の周りにいる人がいなくなるなんて、信じられない。 情が渦巻くのだろうか。 自分だって、いつ死んでもおかしくないという恐怖まで感じて、とても複雑な気持ちになる。やっぱり、自分| に当てはめても、そんなわけない、なんて思ってしまうけど、もしそうなったとしたら、私の想像なんかを濫か にこえる複雑な感情になるのだろう。 でも、そんな気持ちより何より、その人達が願ったのはきっと、平和。それは私たちが今、あたりまえと感じ ている日常のことだと思う。その理由は、自分の暮らしと戦争のときの暮らしを比べるとすぐにわかる。自分た一 ちにとって、あって当然であたりまえの物が、そのときにはない。あたりまえが、そのときに覆された。 そんな風に考えていると、「そもそも、あたりまえって何だろう」と思えてくる。あたりまえって言うと、それ が普通、それがあって当然と感じる。空襲の時、普通の生活はなくなり、あって当然だったものが消えてしまっ た。あたり前は、身近で、身近じゃない。平和だって同じだ。いつ、あたり前に感じている平和がなくなるかわ」 からない。今この瞬間が、平和で、それをあたりまえのように感じていることは、幸せであり、感謝すべきこと なのだ。学校で友だちに会えること。家に帰れば家族がいること。おいしいご飯をお腹いっぱいに食べられるこ と。勉強ができること。そして、今、自分がいること。すべてに感謝しなければいけない。 悲しい過去が今につながっていることを忘れずに、これからも平和が当たり前であると感じられる日常を大切」 にしていきたい。

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