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化学 高校生

分かりやすく解説してほしいです。

16 第4問 次の問い (問1~4)に答えよ。(配点 20 ) 問1 ハロゲン原子を含む有機化合物に関する記述として誤りを含むものを, 次の ①~④のうちから一つ選べ。 18 ① メタンに十分な量の塩素を混ぜて光(紫外線) をあてると、クロロメタン、 ジクロロメタン、トリクロロメタン (クロロホルム), テトラクロロメタン (四塩化炭素)が順次生成する。 ② ブロモベンゼンの沸点は,ベンゼンの沸点より高い。 クロロプレン CH2=CCI-CH=CH2 の重合体は, 合成ゴムになる。 ④ プロピン1分子に臭素 2分子を付加して得られる生成物は, 1, 1, 3, 3 テト ラブロモプロパン CHBr2CH2CHBr2 である。 問2 フェノールを混酸(濃硝酸と濃硫酸の混合物) と反応させたところ、段階的に ニトロ化が起こり,ニトロフェノールとジニトロフェノールを経由して 2,4,6-トリニトロフェノールのみが得られた。この途中で経由したと考えられ るニトロフェノールの異性体とジニトロフェノールの異性体はそれぞれ何種類 か。最も適当な数を,次の①~⑥のうちから一つずつ選べ。ただし、同じもの を繰り返し選んでもよい。 ニトロフェノールの異性体 ジニトロフェノールの異性体 19 |種類 20 |種類 ①1 ② 2 ③ 3 ④ 4 ⑤ 5 ⑥ 6

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政治・経済 高校生

1.3.4.5の答えと解説教えてください😭

第1問 次の文章は、アメリカの政治哲学者ジョン・ロールズ (1921-2002) の著作 『正義論』 の一部を解説したものである。 この文章を踏まえたうえで、 ABCの会話を読み、 各問に答えなさい。 〈文章 > ロールズは、「無知のヴェール」という新しい概念装置によって、 社会契約思想を修正する。 「社会契約なんて虚構だ」 という批判がすでにあることを、ロールズは意識している。 そして、 社会契約思想家 たちの言うような、 「原始的な自然状態」 を想定して 「そこで全員がいっせいに社会契約を結ぶ」という論法には さすがに無理がある、 とロールズは認める。 そこを修正してロールズは、 自然状態の代わりに 「無知のヴェール」 という新しい概念を、 思考過程の装置とし て置く。そしてこう問う。 「あなたがオギャーと生まれる直前の赤ちゃんだとして、 どんな境遇に生まれるかを知 ることのできないヴェールをかけられていたら、 どんな社会を望みますか」と。 その自分が生まれる社会は、 大富豪と極貧者に分かれる社会かもしれない。 ほどほどの富者と何とかはできそう な貧者が混在する社会かもしれない。 そして自分が生まれる境遇は、 金持ちの家かもしれないし、貧しい家かもし れない。そこが 「無知のヴェール」 をかけられて見えない、と想定するのである。 これが、 社会契約思想の 「原始 「的な自然状態」に代わるロールズ流の想定である。 そしてロールズはこう推論する。 「こう問われた人の多くは、 自分が最悪の境遇、 その社会ではもっとも貧しい 家に生まれる場合を考えて、最も不利な立場の人でも何とかはできそうな社会がよい、と答えるだろう」と。 大富 豪と極貧者に分かれる社会よりも、 富者もほどほどで貧者もほどほどという社会のほうがマシで、 自分が生まれる 家を前もって知ることができないなら、 後者の社会に生まれたいと思うはずだ、と言うのである。 出典:徳永哲也「正義とケアの現代哲学: プラグマティズムから正義論、 ケア倫理へ』 (晃洋書房、2021年) (出題に あたって一部改変した) <会話文 》 A「私はロールズの意見に賛成だね。 自分がもしとても貧しい家に生まれてしまって、 病院にも行けないリスクを考 えたら、少しくらいは平等な社会に生まれたいから」 B 「そうかな。 ロールズの意見は、おかしいと思うよ。 ロールズが言っているのは、 1000万円を X %の確率で もらえる権利と、 y 万円を確実にもらえる権利とがあったら、 後者のほうがいいってことだよね」 A「それのどこがおかしいの?」 B 「1000万円を X %の確率でもらえる権利の期待値は、 Z 万円、 y 万円を確実にもらえる権利の 期待値は、40万円でしょ。 前者の期待値は後者の2倍。 同じように、 極貧に生まれる心配をするよりも、 大富豪 に生まれる可能性に賭けたほうがいいかどうか、 計算すればいいんだ」 A「そうかなあ、Cさんは、 どう思う?」 C 「私はロールズに賛成はしないけど、Bさんが言っていることもおかしいと思う」 A 「つまり?」 C 「人生は一度きりだから、 何回も試すことはできないよね。 Bさんは、飲んだら10億円がもらえる代わりに、 50% の確率で死ぬ薬と、飲んでもなにももらえないけど、 毒性がまったくない薬を渡されたとき、 死ぬ可能性のある薬 を飲むの?」 1/4

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現代文 高校生

解答が無く、正解が分かりません。 問3.4.5の解説と答えが欲しいです(;_:)

RECE E.F 文学とは何か 加藤 文学評論 文は描くものですが、必ずしも目に見えるものを目に見えるように描くものではあり ません。もし目に見えるように描くことが目的であるとすれば、どのような散文も、フロベー 文でさえも、ありふれた映画の一場面に及ばないでしょう。 「感情教育」のポウト がどんなにいきいきとセーヌ河の風景を描いているにしても、その風景は、目に見える ようであって、目に見えるのではありません。ところが映写幕の上には、見えるような風景 5 ではなく、実際に見える風景があらわれる。 映画の魅力はそこにあります。 もし小説の魅力 に⑩ヒッチキすることはできない。客観描 同じ性質のものであるとすれば、小説が映画に は、それが目に見えるものを目に見えるように描くということを意味するかぎり、可能で あるにしても、小説的表現の素材(言葉)にふさわしい方法ではありません。言葉には意味 があります。意味は想像力に訴えます。写真は、目にうつる一切のものを記録します。 記録 1 は感覚に訴えます。 セーヌ河の風景を客観的に再現するという目的は、写真という表現手段 にふさわしく、言葉という表現手段にふさわしくないということができるでしょう。逆に、 セーヌ河の風景をながめる青年フレデリック・モローの感動を再現するという目的は、言葉 にふさわしく、写真にふさわしくない目的です。小説における散文は、まず主人公の感動を その感動のなかに誘いいれながら、その感動を通じて周囲の風景を想像させよ 5 うとするときに、独特の能力を発揮します。 その逆の手順をふむときに、たとえばセーヌ河 の風景の客観的描写からはじめるときに、散文はその無能力を暴露します。これが、小説に 散文を、その描く対象の側から考えてみるときに、当然見いだされる原則です。しか し、もういちど、散文を描くという機能の側から考えてみると、小説における、または文学 における散文の性質とは、どういうものでしょうか。 散文における言葉は、ある対象の符号 20 ですが、具体的な特定対象の符号であるのは、固有名詞だけです 「東京」という町は、世 界中に一つしかない)。しかし普通の言葉は、特定対象の属する群の符号である(「町」は、 東京だけでなく、他にいくらでもあります)。言いかえれば、特定対象を名づけるというこ とは、一般に、その対象を分類することです。 分類のしかたは、たくさんあります。一杯の コーヒーという特定対象をわれわれはコーヒーという言葉でわす「コーヒー」として分 4 類することもできるし、飲物、ヨウエキ、物質等の言葉で表現する(そういうものとし て分類する)こともできます。 どういう分類のしかたを採用するか、すなわちどういう言葉 ぶかは、われわれ自身が、われわれとその対象との関係に応じて、決定する他はないで しょう。言葉による表現とは、われわれと対象との関係を限定することであり、逆に、その ような限定を伴わずに言葉で何ものかを表現することはできません。言葉によって世界を描 くということ、つまり散文をつくるということは、本質的にわれわれと世界との関係を限定 することである。あるいは、われわれにとっての世界を定義することである。日常的会話は、 日常生活の約束と習慣にしたがって世界を定義します。 文学的散文は、日常的定義とは異 なる独特の定義によって世界を成立させるものでなければなりません。 小説文を読むと そのことにほかならないでしょう。フロベールは、そのことを意識せずに、 客観描写という方法論を発明しましたが、 そんなことが完全に実現されることは決してない ので、彼の作品も彼の方法論を裏切っています。 逆説的にいえば、裏切ることそのことによ 文学として成立しています。 それは、そのはずであって、主観をまじえずに、革命の情 景を描写するというようなキョクタンな場合を考えてみれば、明らかにわかることです。 ある人は、パリの人民大が第二帝政を打倒したと書きます。 中を騒がせたと書きます。 「人民大衆」という言葉も「不足の輩」という言葉も、単に客 ます。またある人は不起のが世の 観的な対象を示すのではなく、その人と対象との関係を示すものです。世界を定義せずに、 何事かを言葉で表現するということが、そもそも不可能である。作家の責任ということもそ 白梅図 文化論 →評論・随筆・小説 →詩・和歌・短歌歌 Aではなとうっと 問四 B ( こから出てくるわけで、世界と自分との関係を定義するその定義のしかたの責任を、あらゆ 作家が負っているということになります。 それでも、客観描写ということが成り立つとすれば、それは意味づけのしかたそのものに、 一定の約束があり、個人的主観によってその約束が破られないという場合でしかないでしょ う。たしかに、科学者はそういう約束をもっています。解剖学教科書のジョジュツなどは その意味で客観的であり得ます。しかし小説家にはそういう約束がない。 対象が人生である 場合にそんな約束はあり得ません。「人生襲」というものはない。人それぞれにとって「わ 傍線部~の片仮名を漢字で書け。(5点×5=25点) ) ( 人生観」があるだけです。 「文学とは何か」 角川新書による) 問一 ⑩(目頭 (溶液) ⑥(極端)(敘述 問二 部とあるが、本文中にはこれと同一の内容を端的に表現した言葉がくり返し使 われている。これ以降から抜き出して書け。 (1点) ) 問傍線部とあるが、この内容を説明している部分を本文中より五十二字で抜き出し、 最初と最後の三字を書け。(句読点も一字に含む) (10点) 傍線部 とあるが、 「日常的定義とは異なる独特の定義」とは何か。本文中の筆者の 論旨にしたがって、六十字以内で書け。(句読点も一字に含む) (10点) ・ 問傍線部とあるが、ここでいう「対象」とは、具体的には何を指すか。また、そ の「対象」を描くにあたって、「人民大衆という言葉」を使った場合、「不退の輩と いう言葉」を使った場合、それぞれ書き手と「対象」 とのどのような「関係」がそこに示 されているのか。簡潔に説明せよ。 (1点×3=4点) FO (RACEPT 粉に ) ) )

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古文 高校生

このプリントの答えがわかる方いませんか?? 教えて欲しいです🙏

年( w - 8 助動詞のまとめ 次の()内の助動詞を、適当な形に活用させよ。 10日ごろは音にも聞き(つ)らむ。 日ごろにも(わが名を きっと聞いているだろう。 風光の人を感動せ (しむこと、まことなるかな。 女のまじかりけるを、 解析古典文法 四訂版 (火) 20 助動詞演習問題 女として)自分のものにできそうもなかった女を、 君はあの松原へふらせたまへ。 (家) 次の線の助動詞について、それぞれ基本形と文法的意味、文中 活用形を答えよ。 あなた様はあの松原 (中) へお入りください。 イ完了 を感動させることは、本当なのだなあ。 自然 (五) ア不可能 エ打消 過去 オ反実仮想 強意 ク ウ 尊敬 力使役 ケ 推定 ゆかしかり(き)と、神へ参るこそ本意なれと、 知りたかったけれども、神へ参することが本来の目的であると思って、 コ 現在推量 おとなしく知りぬ (べし)したる神官を呼びて、 年配で物を心得ていそうな顔をした神官を呼んで、 ⑤大井の民に仰せて水草を作らせ (らる) けり。 大井川沿いに住む土地の住人に命じて水車を作らせなさった。 次の傍線部の助動詞の文法的意味と活用形を答えよ。 やがて面影は推し量らるる心地するを、 (七) すぐにその人のかたちが自然と思い浮かぶ感じがするが、 「聞きしにも過ぎて、尊くこそおはしけれ」 (五二) 次の傍線部の助動詞の文法的意味として、最も適当なものを後から 選んで答えよ。 「噂に聞いたのにもまさって、尊くていらっしゃったことだ」 道知れる人もなくて、まどひ行きけり。 (九) ①咲きぬべきほどの、散りしをれたる庭など、 (1) 今にも咲いてしまいそうな(桜) (花) りいた庭など、 この木なからましかば、と覚えしか。 ( ) 道を知っている人もいなくて、迷いながら行ったそうだ。 わが入らむとする道はいとう細きに、 私が入ろうとする道はひどく暗く細いうえに、 のどかなる事は、もせず、やがてかけぬ心ととぬぬ 人は、一夜の中に、さまでかはるさまもみえめにやあらむ。の重 住する際なくして、死期既に近し。されども、いまだ病急なら 死におもむかざる程は、常にならひて、生の中におほ の事を成して後 しづかに道をせむと思ふほどに、病をうけて 死門にのぞむ時、所一事も成せず。 いふかひなくて、年月を 悔いて、この度もしたちなぼりて命を全くせば、夜を日につぎて、こ 事の事らず成じてひと、ひをおこすめど、やがて重り ぬれば、我にもあらず取り乱してはてぬ。このたぐひのみこそあら この事、まづ人々いそぎ心におくべし。 日本 日本 ex この木がないならば (どんなにかよかったのに、と思われた。 「いかに心もとなく思すらむ」と言ひて、 (十三ノ いまはてに、弓の音すなり。 (今昔物語・二五ノ一二) 言葉もまだ終わらないうちに、弓の音がするようだ。 「どこんなにか待ち遠しくお思いになっているだろう」と言って、 所を成じて後ありて道にむかはむとせば、所尽くべから 姫の生の中に、何事かなさむ。すべて所願妄想なり。 所 ならねども、これらにも、猫の経上がりて、 八九) 山ではないけれども、このあたりにも、年をとって、 心ありかかるにやあらむと思ひ疑ひて、 浮気心があってこのように寛大であるのだろうかと男は疑わ しく思って、 この人々の深志は、この海にも劣らざるべし。 この人々の深いは、この海の深さにも劣らないだろう。 ならましかば、かくよそに見侍らじものを。 一六七 私の専門であったならば、このように傍観していますまいものを。 徳大寺にもいかなる故かはべりけん。 (10) 大寺にもどのような理由がございましたのでしょうか。 助動詞のまとめ セットでまとめる助動詞の意味の違い 接続でまとめる助動詞 接続で区別する助動詞 20 接した過去の回想 経験過去 ・・・間に知った過去の回想(伝聞過去) 未来推量(だろう) らむ らる・す・さす・しむ・む・む ずまし・ず・・まほし (今ごろは・・・ているだろう) けむ・過去・・ただろう) →べし。 「ラ変型連体形 (・・・・・つ・ぬたり・けむ・たし らむ・めり・らし・ベレ・ まじなり(伝聞推定) 強調しまじ 連体形なり(新定)・たり(新定)ごとし 連体形体言 いらし的事実に基づく推量 未然形四段已然形・・・り ④連用形 +なり→断定 めり・・・覚的に基づく推 上下の接続 なり・・・覚に基づく推量 の正体がわかる 直前の活用 動詞→後の接続 文中の活 未然形 +ぬ→打消 「ず」 連体形 連用形 ぬ→完了 「ぬ」終止形 (未然形 +→打消 「ず」 已然形 運用 +ね→完了「ぬ」命令形 終止形(ラ変型連体形)+なり→伝聞・推定 +に→完了 「ぬ」連用形 連体形体に→断定 「なり」 適用形 ⑤四段変ラ未然形+る・れ→自発・可能 (a) サ未然形四段已然形+る・れ→完了・存続 受身・尊敬 "L+H() 心にきたらば、安心迷乱すと知りて、一事をもなすべからず。直 ちに万事を放下して道にむかふ時、さはりなく、所作なくて、心身な がくしづかなり。 (注)1 そのままの状態にとどまっていることなく 2 平生の人生はいつまでも不変なものであり、いつも平安に生 活していけるという考え 3 死門にのぞむ時・・・死を目前にした時 5 幻の生… 幻のようにはかない人間の一生 6 妄想った考え 7 心乱す…誤った考えが心を迷わせ乱す 8 下関係を断って 心身をすること 怠慢 9 com F 四 古典文法 200 P.62 200 P.102 学習日 税 悪 形

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現代文 高校生

現代の国語『無通過する社会のゆくえ』(森岡正博)についてです。 この問いに答えていただけませんか? 赤色棒線部(写真を参考してください)の 「人類は昔から、こういう問題に直面してきたのです。」とありますが、この問題の「現代」における特徴を、筆者はどのように説明していますか。

でいます。 無痛文明が最も進んでいるのは、おそらくアメ リカ合衆国と日本ではないでしょうか。 では、苦しみからどこまでも逃げ続けていく仕組みが社 会の中で発展したとして、それのどこが悪いのか、という 疑問が浮かぶと思います。 文明の進歩とはそういうもので あっただろう。それは文明の輝かしい勝利なのではないか、 何てすばらしいんだ、と。はたして、そうでしょうか。 これは非常に悩ましく難しい問題です。 現代哲学が正面 から立ち向かって、深く掘り下げるべき問題ではないかと 思います。 今体験しているさまざまな苦しみ、 将来ふりか かってくるであろうさまざまな苦しみ、そういうものから、 多くの人々が次々と逃げ続けることができるような仕掛け が張りめぐらされている社会は、いい社会だと思いますか。 皆さん、どうお考えでしょうか。 この問いかけを若い人たちにすると、彼らはイエスとは B なかなか答えずに、考え込みます。 苦しみから次々と逃げ続けることができるのは文明の勝 ることができ、快楽、刺激、安楽さ、快適さ、これらを十 分に経験することができる。するとどうなるか。「気持ち がいいけれどもよろこびがない、刺激が多いけれども満た されない」、という状態になるのではないでしょうか。 こ れが、現代文明の根本問題だと私は思うのです。 私もここまでいろいろ考えてきてわかったのですが、 実 はこれは現代に特有の問題ではないのです。 これは、非常 に古くから哲学や宗教が、それぞれの時代に即して考えて きたことなのです。 ある人が財産を手に入れ、権力を手に入れ、 好きな人を 手に入れ、時間を手に入れ、快楽を手に入れ、刺激を手に 入れ、さあどうなったかというと、その人の人生は不幸に なりました、というお話を我々はたくさん持っています。 どの文化でも持っています。 これは何を意味しているのか。 やはり人類は昔から、こういう問題に直面してきたので す。快楽はあるけれどもよろこびがない、物はあるけれど も充足しないという問題に。ところが、昔の社会では、こ 利だし、それでどこが悪いのかと問われたとき、私はどう 答えるか。そこに何か問題があるとすれば、それは我々か 「よろこび」が失われていくことだ、というのが私の結 論です。 苦しみから次々に逃れていった後に何が残るかというと、~ 快楽と快適さと安楽さが残ります。 社会の中で、人間関係 の中で、人生の中で体験する苦しみからどんどん逃れてい そうしてどうしても逃れられない苦しみがあれば、そ れに目隠しをして見ないことにする。 すると、そういうも のは全部目の前からなくなって、そのあとに何が残るかと いうと、快楽、快適さ、安楽さが残る。 欲しい刺激は手に 入れられる、 楽をしたいときには楽ができる。 こういう状 態になるのです。 もちろん今の段階の文明は、まだそこまで行ってはいま せん。そこを目指して動きはじめたところですから、 まだ 5 そこまで行っていないのですが、もしそこまで行き着いて しまったらどうなるのか。 苦しみからいくらでも逃れ続け ういう状況に陥る人は少数でした。たとえば、権力の頂点 に立って人々から搾取している貴族や王族などの、一握り の人々だけだったでしょう。 すなわち、文明が進歩した結果、昔は一握りの貴族とか 王様だけが陥っていた状況が、 大衆化したと考えられるの です。 無痛化する現代文明とは、昔は一握りの人しか抱え 込むことのなかった富の逆説を、社会全体で抱え込まなけ ればならなくなった文明のことなのです。 出典 『生命学をひらく自分と向きあう「いのち」の思想」 (二〇〇五年刊) 5 175|意見を述べる 無化する社会のゆくえ | 174

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