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倫理 高校生

問5についてアが答えなのですが、 他の選択肢はどこが間違っているのか教えていただきたいです。 よろしくお願いします🙏

アリストテレスの説く国家論はきわめて現実的なものであった。彼は国家成立の原理と して(3 正義を挙げているが、前者は結合原理であり後者は秩序原理である。そして,止義に関じ ては、全体的正義と部分的正義に分け、さらに部分的正義を配分的正義と調整的正義に分けて、現天 な国家運営を提唱したのである。また彼は、国家の形態を君主制·貴族制·共和制に分け、多数の人々 が政治に関わる共和制が過度にも不足にも陥らない の をえやすい政体だと考えていた。 こうした議論は,アリストテレスが「人間は【 T1 1である」と語っているように、ポリスを中心とする 国家論であった。ところが、アレクサンドロスの登場によって広大な国家が登場すると、従来の生き方や 考え方が通用しなくなった。国家は世界規模に拡大し、世界国家が出現したのである。こうした状況のな かで、世界市民(コスモポリテース)の思想を生み出す契機となった( ⑤りを中心とするストア派の教え は、自然法思想の先駆けとなった。一方,同時代の。エビクロス派の人々は個人主義的な生き方を勧め、 国家と個人が強く結び付いていた古代ギリシアの国家観は衰退していくことになるのである。 空欄(0 )~( ⑤ )に適する語句を次から一つずつ選べ。 ア.フィリア カ.ソクラテス サ、ヒュレー 問2 空欄 下線部(a)に関する説明として最も適当なものを次から一つ選べ。 ア、イデアは個々の事物のなかに内在しており、事物が変化するのはこれを変化の運動因としている からである。 イ、エロースとは,肉体と一つとなってしまった人間の魂が、かつて英知界でともに存在していたイ デアを恋い慕う情熱である。 の注想を求める ウ、イデアは,個物を構成する質料に形を与え,.質料がそのものの完成体に向かっていくための目的 である。 エ.人間が犬を犬と認識できるのは、個々の犬のなかに完全な犬のイデアを認めることができるから である。 下線部(b)についての説明として適当でないものを次から一つ選べ。 ア.人間の魂は理性と気概と欲望とからなっており,それぞれの卓越性が調和よく備わるとき,その 人は正義の人となる。 イ、生産者は節制という徳を身に付け,勇気という徳を身に付けた防衛者とともに統治者階級の指導 の下に国家をよりよいものにしていくのである。 ウ、理性は法と統治に正当性を与え気概は治安と国防に尽力し、欲望は国民全体の経済的発展に力 を尽くすとき,それぞれ知恵- 勇気·節制という徳が備わることになる。 エ.民主制が魂の気概部分が強い一般庶民の意向を反映した政治であるのに対して, 君主制は魂の理 性部分がすぐれた久の政治である点で民主制よりまさっている。 問5 下線部c)について,アリストテレスの正義論の説明として最も適当なものを次から一つ選べ。 ア.能力や仕事に応じて賞罰を与えることにより,公平化をはかろうとするのが配分的正義である。 問1 HKP イ、観想 キ、ゼノン シ、アカデメイア 1に入るアリストテレスのことばを答えよ。37g安. AY ウ、中 庸 ク、タレス 上 工.知性 オ.プロタゴラス コ.リュケイオン アガペーの判ストま慣っ愛. アイストアレスが多付け1た エDース アウトYが立張. ケ. 形 相 学」 問3 した 問4 イ. 受けた被害と同じ被害を相手に与えることにより,公平化をはかることを部分的正義という。 ウ.商売などのように, 利害得失において公平化をはかろうとすることを全体的正義という。 じゅんしゅ 工較一工.法律の遊守と法律の平等な適用をはかるのが調整的正義である。 問6 下線部d)について,アリストテレスは共和制の堕落形態を何とよんだか。 問7 下線部(e)について,心が乱されない生き方(アタラクシア)を理想としたエピクロスは, 公的な生活 を離れて生きることを勧めた。そのことを示す彼のことばを答えよ。 問 カ の ア0ウ 問2 ポリス時動物 5 問3 イ問4 問5 ? 問6 問7 I 演習

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世界史 高校生

世界史 共和政ローマ 提出する課題です。空欄で出してはいけないのですが、答えが分からないので教えてください。 よろしくお願いします🙇‍♀️🙏

く第1章 オリエントと地中海世界 共和制ローマ》 鉄器を使用し、トスカナ地方を支配していた(10) 人はローマを支配していたが、 前7世紀末(1②) 人に王を追放された。 1 ローマ共和政の最高立法 諮問機関(2①) は任期 1 年の最高政務官(2②) が議長 を務め、初期には任期が終身の、300人の (2③) で構成されたが、後に(2の)からの 参加も可能となった。(2⑥) 期に権限が制限され、(2⑥)期に無力化された。 3 古代ローマで設置された(2の)を保護するための官職(30) は、(2①)· (2②)の決定に 対して拒否権を持ち、(3②) の議長も務めた。 4 前5世紀半ば、ローマでは旧来の慣習法が明文化されて 12枚の板に記して (4①) と して公表された。 前367年、2人の(30)は(2③)と(2④)の対立を解決するために(50) を制定し、(22) の一人を(20)から選出し、公有地の占有を1人500 ユゲラに制限した。 6 前 287 年、(6①) を制定され、(3②)の決議を(20)の承認なしで国法にすることを定 め、(23)と(20)の法的平等を達成させた。 2 5 前 264 年、ローマとティルス出身の(7①) 人が建設した植民市(7②) は後に大規 模な奴隷の反乱が起きた(7③) 島を巡って (7④) 戦争を開始した。この戦争では(7 の)の将軍(76) や(7⑥) の戦いで(7⑥)を破ったローマの (7©) が活躍し、最後は (72)が滅亡した。その結果、ローマが西地中海の覇権を握り、 多くの(7®)を獲得し 7 た。 8 (7の)戦争後、大土地所有者の(2③)や (8①) が (8②) を酷使して果樹栽培を行う農 業形態(83) が(78)で成立した。その結果、イタリア半島の(8④) の没落を招いた。 9 前133年に(30)に就任した (9①) は、 弟とともに貧富の格差解消のため(50)の復活 を目指したが、(20)と対立して暗殺され、「(9@)」に突入する契機をつくった。 (100)で活躍したローマの武将(10②) は(2②)に就任し、(10③) の指導者と して権力を握った。後に (10④)の地位に就き、 独裁政治を行った。 11 前91年、イタリア半島内の諸都市は (110) と(10③)の争いに乗じて (11②) を 要求する反乱を起こしたが、(102)が参政権を認めて事態を収拾した。 12 前 73年、トラキア出身の剣奴 (12①) は(8②)制を揺るがす反乱を起こしたが、(1 22)と後にパルティア遠征で戦死した (12③) 出身の (12④) が鎮圧した。 13 第1回三頭政治に参加した(110)の政治家 (13①) は、 (13②) 遠征後に(12②)を 破って終身(100)に就任したが、最後は共和派に暗殺された。彼は『(13③)』や (13 の)を残した。 14 第2回三頭政治に参加した(130)の武将 (14①) は、(14@) 朝の (14③) と同 盟して(140) と争ったが、 最後は(14⑥) で敗れて自殺した。 10

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