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内容
醍醐天皇の下命により編まれた第一番目の勅撰和歌
集。
(みみらくの島は)
どこにあるというのか。 (亡き人がいる
612022
(全文解釈】
このようにして、あれこれすること(=母の葬式や後始末)
などは、世話をする人が多くて、すべて済ませた。今となって
はたいそうしみじみとした山寺に集まって、所在なく喪に服
して)いる。夜、眠れないままに、嘆いて夜を明かしながら、
山のあたりを見ると、霧は(古歌にあるように)ほんとうに麓
を覆っている。京もほんとうに(母の死んだ今は誰のもとへ
身を寄せようとしているのだろうか、いや、身を寄せるところ
などない、さあ、やはりこのまま(この山寺で)死にたいと思
うのだが、私を死なせないようにしている人(=息子の道綱)
がいるのは)ほんとうにうらめしいことだ。)
こうして十日あまりになった。僧侶たちが念仏の合間によも
やま話をするのを聞くと、「この亡くなった人の姿)が、
はっきり見える所がある。そこで、近寄っていくと、消え失せ
てしまうそうだ。遠くからなら(死んだ人の姿が)見えるとい
うことだ」「どこの国と言うのか」「みみらくの島と言うそう
だ」などと口々に語っているのを聞くと、とても(その島の
ありかを知りたくて、悲しく思われて、このように口ずさま
ずにはいられない。 人
せめて母が)いるとだけでも遠くからであっても見たい。
(そのようなうれしい話で耳を楽しませるという言葉を)
名として持っているならば、私に(その島がどこにあるの
か) 聞かせてほしい。 みみらくの島よ。ぐne
と言うのを、兄にあたる人が聞いて、その兄も泣きながら、
ところと) 噂にだけ聞くみみらくの島に隠れてしまった人
(=母)を訪ねて行きたい。文さ
こうしている間に、(夫はやって来て) 立ったまま面会して、
(別の日は使者もよこして)毎日見舞ってくれるようだけれど
も、(私の方は)目下何も考えられない状態であるのに、(逢え
ない)穢れの期間がじれったいこと、気がかりなことなどを、
わずらわしいく感じるぐらいまで書き連ねてあるけれども、呆
然としていたときのことだからであるのか、覚えていない。
(京の自宅へも(帰ることは)急がないけれども、自分の思
いどおりにはできないので、今日は、一同(山寺を)引きあげ
る日になった。(山寺へ) 来たときは、(私の)膝に横になって
いらっしゃっていた人(=母)を、何とかして楽なようにと気を
つかっては、私自身は汗びっしょりになりながら、いくらなん
でも(亡くなりはしないだろう)と期待する気持ちが加わって、
張りがある道中だった。今度は、ほんとうに楽で、あきれるぐ
らいゆったりと乗っていられるにつけても、道中とても悲しい。
(家に着いて牛車から)降りて(あたりを)見るにつけても、
全く何もわからないくらい悲しい。(母と)一緒に(縁側近く
まで) 出て座っては、手入れをさせた(庭の草花なども、
(母が)発病して以来、放りっぱなしにしてあったので、一面
に生い茂って色とりどりに咲き乱れている。(母のための)特
別に行う供養)のことなども、皆が各自思い思いに行ってい
るので、私はただ所在なくぼんやりともの思いにふけっている
ばかりで、「ひとむら薄虫の音の」という古歌を) ただもう
すすき