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外山滋比古
『聴覚考 日本語をめぐる0章』
次の文章を読んで後の問題に答えなさい。
日常のことばにおいて漠然と論理と考えられているのは、話の筋道である。この筋道がしっかり
はっきりしていないと、話が通じにくく、 誤解を招きやすい。つまり、
「線」的なものである。線一
は、曲がったり、折れたりせず、まっすぐに一直線であるのが、明快でのぞましい、とされる。
ことばの送り手は、線のようなことばを並べ、つなげていく。それを受け手がたどって意味をと
ることになる。
その送り手と受け手が、心理的に近接、親密であるとき、形式の整った線的論理が情報過多と感一
じられるようになる。わかり切った、見当のつく部分を切りすてても伝達が可能になるだけではな一
い。線がうるさくなり、部分的に省略、欠落させる。それが表現を引き締め、密度のあるコミュニー
ケーションとして歓迎されるようになる。そこで線の部分的風化がおこる。
普通の線的筋道がこうして、だんだん短くなり、さらに、退化すると、点になる。線的論理がい
わゆる論理であるが、身近な同士においては、点的論理が通じ合い、おもしろくなってくる。
人と人との心理的距離が大きければ、用いられることばは、つよく線的な性格をおびる必要があ
る。典型的なケースは法律や法廷のことばであって、ことばはしっかりした線的筋道であるのが好
ましい。線が切れたり、曲がったりしては、重大な誤解、混乱をおこすおそれがある。水ももらさぬ"
論理が求められる。
欧米語は、送り手と受け手が大きく離れている点で、特異なもので、法律の用語に通じるところ
がある。日本人が母国語では意識しなかった論理が気になったのはそのためである。もともと日本
人は、ひどく立場の異なった人間の間での、コミュニケーションを考えることが稀であったから、
固い論理を考える余地がなかった。
#家族の間で交わされることばは、法律用語とは大きく性格を異にする。法律のことばでは一から
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十をのべるのに、一、二、三、四、五、六、七、八、九、十とすべての数をおさえなくてはならない。それ
に引きかえ、親しいものの間では、すべての点をたしかめるようなことばは、うるさく、わずらわ
しく感じられるのである。一、二とくれば、三、四とつづくだろうことを受け手は予想する。それを一
はっきり三、四とおさえると、わかり切ったことを言わないでほしいという気持ちを受け手ももつ
だろう。三、四を飛ばして五、六とし、そこでまた飛んで九、十に達する。それが省略と感じられな
いようになっているのが普通である。#
|外山限比古『聴覚思考 日本語をめぐる 20章」
あり
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ともある)
与えられ
こも証明1
a=bk
学習日
目標タイム
20
解答解説> P.4