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現代文 高校生

線引いたところってどのような意味でしょうか できるだけ具体的におしえてください

42 (刊) ステップ2 問題提起 だ。 評論 デザインの教科書 本文ガイド ――線部はガイドの解答例 かしわぎ ひろし 柏木博 博 今日の私たちの環境は、牛のゲップすら問題になるほど深刻な事態にある。 温暖化によって、永久凍土が溶け 出し、閉じ込められていた二酸化炭素が出てくるなどという話は、たしかに恐ろしい。深刻ではあるけれども、 エコロジー的な考え方をほとんど機械装置のような思考にしてしまい、一点突破をするような行動に結びつけて しまうことのほうが、さまざまな問題を生み出すように思えてならない。ここはひとつ、肩の力を抜いて、エコ ロジー的な生活実践を、「有機的」に考えたいところである。そして、それを実現する手だてのひとつとして、やは 5 デザインがあるのではないかと思える。 肩の力を抜いて、ユルやかな気持ちで有機的な思考をいざなうために、少々、おもしろい話を紹介しておきたい。 フランスのテレビ番組で行った興味深い実験がある。マルセイユの港の汚染された海水のなかで元気に泳いで タコをサイシュし、まったく汚染されていない海水の入った水槽に沈めてやる。そうするとなんと数秒後に はタコは収縮し、スイジャクして、やがて死んでしまう。 私たちを含めた生物に必要なことは、バランスである。タコに必要なのはつねに汚染された水質環境だという ことではない。そうではなくて、一気にそれまでの環境を変化させることが、危険をもたらすというにすぎない。 重要なことは、「環境のエコロジー」だけを考えるのではなく、同時に人間関係などの「社会的エコロジー」そして、 私たちの主観や主体にかかわる「精神的エコロジー」、そうした三つの要素を有機的に考えていくことこそが重要 なことであり、現状の解決をもたらすのではないか。 タコのエピソードを持ち出し、三つの「エコロジー」を提案したのは、思想家のフェリックス・ガタリである。 彼は、三つのエコロジーを「エコゾフィー」という造語でまとめることを提案している。 ⑥「地球という惑星は、今、激烈な科学技術による変容を経験しているのだが、ちょうどそれに見合うかたちで恐 るべきエコロジー的アンバランスの現象が生じている。このエコロジー的アンバランスは、適当なチリョウがほ めどこされないならば、ついには地上における生命の存続をおびやかすものとなるだろう」とガタリは述べている。 と また、具体的には「エコシステム、機械領域、社会的・個人的な参照系といったものの相互作用を《横断的に≫考え まていく習慣をわれわれは身につけねばならないのである」という。 ⑦言い換えれば、「精神」「社会」「環境」に対する行動の最適性がどこにあるのかを探っていかなければならない。 つまり、何かをデザインするときに、これまでは、技術、 経済的コスト、市場などいくつかの要件のなかで最適 性を求めなければならなかったわけだが、そこに、さらに「三つのエコロジー」という要件が加わったということ 25 10 2 3 LO 5

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現代文 高校生

小論文を書かなきゃいけないのですが、筆者の主張に対するあなたの意見は 貴方はどう書きますか?教えてくださいm(_ _)m🙇‍♀️参考にしたいです

です。 ています。 す。 九八〇年 更に年々 で内容を理解する 関連資料を読み取ろう。 ントと三つのシナリオ R 長谷川明子 トとは、人類の 資源の再生産 地の面積として 生きていくた 横に換算した 負荷をかけて 資料を読んで 資料からわかること ラフでは全快のストプリントの中でCOの割合(色)が圧到 牧草地林林んど)よりもはるかに 上 である。 筆者の主張 筆者の主張に対するあなたの意見 資料2 関連資料 (数値の出典: WWF 「生きている地球レポート 2008年版 地球の生産力を超えた人間の消費 ―地球一六個分 人間が生活や経済活動を通して消費し廃棄 する量を測る指標 「エコロジカル・フットプリ ント」によると、一九七〇年以降、人間の消費 や廃棄の量は地球が生産し吸収できる量を超え、 増加を続けてきました。これは、人間の需要が 地球の供給能力を超過し、自然資本の元本を食 い潰している状態です。 二〇二〇年には地球が 一年間に生産できる範囲を約六十パーセント超 過しています(図)。つまり、今の生活を維 す。 持するには地球一六個分の自然資源が必要で 二〇〇五年の世界のエコロジカル・フットプリン ール (gha)で、一人当たりのエコロジカル・フッ ヘクタールでした。 世界の生物生産力を平均した一ヘクタール(一〇〇 地のことです。私たちは森や畑、湖、川など土地 面積の世界合計が一三六億ヘクタールあります。 でも、森や川、畑ではそこから得られる生物の生 でも一定と考えて計算した場合の単位を意 ヘクタールしかないのに、一七五億グローバル・ 約三十パーセントオーバーしています。 つ 持続でき りない計算になるのです。これでは、地球の恵 一方、二〇二〇年予測ではエコロジカル・ フットプリントが約十パーセント減少します。 新型コロナウイルスの影響により、人々の移動 など消費行動が抑えられたことに起因するもの です。 これは人々の行動が変われば環境負荷が 変化することが分かる機会となりましたが、意 図したものではありません。重要なのは、目標 を設定し、計画的に経済の仕組みやライフスタ イルを転換することです。 2003年 生活となる。 かじを切る。 生活となる。 それは今の私たちに託されています。 ですのか、それとも絶滅を回避するのか。それは、 るのです。 持続可能な消費! WWFホームペー 250 二酸化炭素吸収地 (COの吸収に必要な森林) 路等) 森林(木材資源用) 150- 世界のバイオキャパシティ 点に私たちは立っています。 どちらへ一歩踏み出 グローバルヘクタール がきているのです。 (「生物多様性」による) (WWF 「生きている地球レポート 2020」による) 図世界ト推移 一短い論文を書いて読み合おう S 1O 新しい視点から 204

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リスク社会とは何か 大澤真幸さんの現代文です。 この問題(見切れてる部分もありますが😓) どなたか解いていただけないでしょうか? 返答宜しくお願い致します🙇

12:04 [ 66% 初め~ 2108月 内容の理解 思考力・判断力・表現力 ■「リスク risk] (11) は「危険 danger」(同) とどのような点で異 なっているのか。 本文中の語句を用いて二十字以内で説明しなさい。 「リスクが一般化するのは、少なくとも近代以降だということになる。」 (6)と筆者が述べるのはなぜか。 次から選びなさい。 ア 近代になって、リスク社会を分析するための概念が人々の間で共有 されるようになったから。 近代になって、さまざまなリスクの可能性が社会に存在していたこ が露呈したから。 ウ 近代になって、伝統社会にあふれていた天災や外敵などの危険が減 少し始めたから。 近代になって、社会の規範が人間の選択によって作られたものだと 実感されるようになったから。 [ ] 反省的再帰的な態度」 (12) とは、具体的にはどのようなあり 方のことか。 本文中の語句を用いて四十五字以内で説明しなさい。 「二つの顕著な特徴」 (10-10) とは何か。 次から二つ選びなさい。 たらすこと イ 中間的な対応 第三段落 (p.2121.3-p.213.11) 6 第二段落 (p.210.9p.212.2) ウリスクが新たなリスクを誘発した場合、必ず被害が拡大すること。 エリスクは人間の活動とは無縁であること ( ) [ ] [ ] 「リスクの低減や除去を目ざした決定や選択そのものが、リスクの原因 となる」(135) とあるが、これと同意の部分を本文中から二十字以 内で抜き出しなさい。 「古代ギリシア以来の倫理の基本」 (三三-3)について、 次の問いに答 えなさい。 「古代ギリシア以来の倫理の基本」とは何か。 本文中から十字で抜き 出しなさい。 22「地球の温暖化」(三.6)の例における、「古代ギリシア以来の倫理 の基本」にのっとった対応策とはどのようなものか。 本文中から二十 字以内で抜き出しなさい。 「リスクを回避するためには、中庸の選択は無意味である。」(三・5) と筆者が述べるのはなぜか。 次から選びなさい。 ア リスク社会は近代になって発生した社会であるので、古代ギリシア 以来の古典的な倫理観は通用しないから。 . #合さ *最新の料金と在庫状況についてはウェブサイトを確認してくだ さい。 画像は著作権で保護されている場合があります。 詳細 G Q A ホーム 検索 保存済み 通知 セ

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現代文 高校生

至急!! 高校三年生の国語なんですけど全く分からないので解答と解説を求めます。 画像1→ 2→ 3の順で見てください よろしくお願いします!

ふじはらたつ 藤原辰史「食を聴く」「孤食」という社会問題 ★次の文章を読んで、後の設問に答えよ。 食文化とは、人間のすべての感覚に訴えてくる総合的文化である。 2 味覚と嗅覚は言うまでもない。 お椀の味噌汁から漂う大豆発酵の香りと、味噌汁を口につけたときに広がる濃厚な味わい。 鼻と舌と いう器官は食の舞台では主役級だ。それ以外に、視覚、触覚、聴覚も深く関わる文化であることも、容易に理解できるだろう。一皿に 載せられた食べものの色彩と配置は絵画にたとえられるし、歯ごたえや舌触りという名詞は世のグルメ本には欠かせない。二日酔いの朝、 口に含んだ味噌汁は、まだ眠っている鼻腔の細胞を挑発し、舌の真ん中あたりの痛覚をも刺激したあと、喉の上方から吸収されてい。 くように、体に浸みわたる。 ③ ただ、聴覚については、ほかの感覚と比べて、これまでほとんど掘り下げられてこなかったように思うので、ここでは食と音につい 考えてみた 食の「音」が意識されるのはどんなときだろう。私にとって真っ先に思い浮かぶ音は、せんべいを砕くあの音である。 私の職場は、定期的に研究会を運営したり参加したりして、その道のエキスパートの話を聴き、知見を蓄え、研究報告書やシンポジ ウムというかたちで社会に還元することを主な職務としている。研究会は平均四時間、場合によっては五時間に及ぶことが多いので、 発表者や参加者がおやつや飲みものを持ってくることがある。 これを休憩時に食べるのが楽しみでもあるのだが、研究発表が三時間以上続くこともたびたびあって、そのときには小腹が減ってく るので、聴きながら食べることもある。研究会中にせんべいを食べる音は、部屋全体に響きわたる(と私は恐れる)。ので、できるだけ そのゆっくりと砕かれるせんべいの音が悪目立ちしてしまう(と私は恐れる)。しまったと口 B 音を立てないように砕くのだが、 それは私の食道と胃袋を傷つけて に含んだせんべいの行き場に自信を失った私は、悩む。このまま飲み込んでしまいたい。 やまないだろう。いっそのこと高速で噛み砕いてしまおうか。噛むべきか、噛まぬべきか悩む私がふと目をあげると、目の前の参加 者が、勇猛にもせんべいを噛み砕いていることに気づく。しかも破砕音があの独特のリズムを刻んで部屋に響いている。なんと勇敢な せんべいの戦士だろう。 D 生来気の弱い私は、勇敢な戦士の放つ音に紛れるように自分の口のせんべいを食べ切ることに成功するのである。私がこの間一言も 20 漏らさぬように真剣に報告を聴いていることは、名誉のために付け加えておきたい。 総じて静かな空間は、食べる行為が音を発する行為であることを思い起こさせてくれる。 箸が茶碗に当たる音。ナイフとフォークが 皿に当たる音。蕎麦をすする音。スープをすする音。キュウリの漬物を噛む音。 レンコンを噛む音。 肉を切り分ける音、骨についた肉 をしゃぶる音。ビールが食道を通る音。 バリボリ、カツカツ、コツコツ、ズズズズズ、 ギコギコ、シャキシャキ、ゴクリ。食卓は本来 さまざまな音に囲まれている。 胎児は、あるときから子宮のなかで音が聴こえるようになるという。産婦人科医の増﨑英明はこう述べている。 「子宮の中ってめちゃ めちゃやかましいんですよ。お母さんの心臓は子宮に接してますから、おそらく、ドッコンドッコンドッコンドッコンってずーっと聞 いてたら、たまらんですよ。 ノイローゼになる」(増崎英明・最相葉月 「胎児のはなし」)。ならば、母親が食べたものが、食道を通って、 胃や腸で揉まれる音も、心臓の鼓動の合間に、羊水の振動を通じてきっと聴いているのではないか、とこの一節を読んで考えた。他者 が食べる音は、生まれたばかりの赤ちゃんが母親の心臓の近くに置かれると泣き止むように、安らぎのようなものを与えるのではないか。 3 たとえ胃腸の音が心臓音で掻き消されているとしても、心臓の鼓動は、胎児の栄養を送る音だ。私は、ともに食べることが、単に複 数で食べること以上の何かをもたらす理由として、母親の胎内にいたときの「耳の体験」があるのだと考えている。 子宮のなかで母親 と一緒に食べていること。つまり、縁食の原型である。心臓の音を聴きながら、へその緒を通じて食べていることは、ともに食べるこ との原初的なかたちではないだろうか。 実際、食べる音は、歯にせよ、舌にせよ、喉にせよ、胃袋にせよ、腸にせよ、人間の体のなかが発する音である。食べる音は、本来、3 自分が動物として生まれてきたことをそっと私たちに再確認させる音だと言える。それはもっと多彩だったはずだ。 皮のついたリンゴを丸ごとかじる音は、切られたリンゴを食べる音よりも硬質で高い響きを持つ。氷を噛み砕く音は、かき氷を食べ 音よりも低音で岩を砕くように口腔内に轟く。一本のキュウリを噛み切る音は、刻まれたキュウリを食べる音よりも折れる感じが出 ていて爽快。焼き鳥の軟骨を噛み切るときの音は、わずかに歯が滑ったあとに、心地よい野蛮さを響かせる。 喉から胃袋にかけてその 通過の感覚が残り続けるのも軟骨のうまさである。トウモロコシをかじるとき、芯から実が外れる音はユニゾンを楽しめるし、とろろ ご飯を食べる音は蕎麦やうどんをすする音と似ていて、スピード感にあふれている。 39話を料理技術にまで広げてみると、食の音はさらにヴァラエティを増す。 心地よい音に思われる度合いが高いのは、まな板の上で野 菜を刻む音だろう。野菜そのものの音に刃が板に当たる音がダブって響いてくる。ダイコンやショウガをおろす音は大地を鳴らす重低 25

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至急答え教えてくださいお願いします。

第一段落 (121~7) ② 気持ちがユらぐ。(125) 本文理解 思考・判断・表現 ・「未来へと踏み出していくそのときのために、あらゆることを考える」 (123) とあるが、このときの状態について述べている一文の初めの五 字を本文中から抜き出しなさい。文学を読むために⑤ 5 「なんて寒くて、若くて、青くて痛々しくて、勘違いに満ちた発言だろ うと思った」(115) とあるが、「私」はなぜそう感じたのか。空欄に合 う形で、六〇字以内で答えなさい。内容の理解! 大人の現実的な考え方やアドバイスに対して、 から。 L 第二段落(128~149) クリス 「チャレンジ 4 ② C① 2「その踏み出した足の爪先を向ける方向」(126) とは、どのようなこと か。脚間 文学を読むために⑤ 「3「そのタイミング」(12-1) とあるが、何のタイミングか。 次の空欄に適 する語句を、①②ともに一〇字前後で答えなさい。 [①]ために、[2]タイミング。 「バランスを失ってずるりと口からこぼれ出てしまった。」 (1310) とあ るが、これはどのようなことか。「言葉」という語句を用いて説明しな さい。期間2 文学を読むために ⑤ 随想・評論(一) 十八歳の選択 6「母の顔をしっかりと見られなかった」 (146) とあるが、それはなぜ か。適切なものを選びなさい。 脚間3 文学を読むために◎ ア自分の我をとおすために、担任の先生の薦めまで無視する息子のこ とが、親として肩身が狭いだろうと思い、申し訳なかったから。 イ小説を書くという無謀ともいえる理由で、浪人を薦める親の思いや 金銭的な問題を無視し、自分の主張をとおそうとしたから。 ウ自分のせっぱつまった思いを母が理解してくれそうにないことに失 望し、母の顔を見ることすらつらかったから。人々の力に触れ、 エ母の顔を見ると、母が自分のために薦めてくれることに反してまで、 本文 自分の思いを遂げてよいものか迷ってしまいそうだったから。 50 40 30 20 11 教科書 12 ページ

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国語の「光の窓」という小説なのですが、問題が 「暗闇の中に差し込む光」について、これを比喩的に表現している言葉を本文中6字で抜き出して答えなさい。 ⤴︎これを教えて頂きたいです。

光の窓 家の雨戸には、横並びに五つか六つ、細長い小窓が付いていた。 窓全体を覆う戸板が で、それをずらすことで開閉できる。雨戸を閉めても、外の様子をのぞくことができ 換気の役目も果たしていただろう。こういう窓を「無双窓」とよぶというのは、後 って知ったことだ。 双窓は子供部屋にもあった。私と妹は、その六畳ほどの狭い和室で寝起きし、宿題も というふうだった。以前は嫁ぐ前の叔母姉妹の部屋だった。 板の微妙なずれ方によって、朝、そこから、 まぶしい光の侵入がある。暗闇の中に差 込む光の模様は、一日として同じことはなかった。 光のトンネルの中に浮かび上がる、きらきらと舞う無数のほこり。 それがおもしろくて いつまでも見ている。そんな子供はどんな時代にもいるはずだ。 110 5 私は、あのとき何を見ていたのか。舞うほこりに見とれていたのか。 いや、光によって 照らし出されたものよりも、通過する光そのもの、光の「働き」のほうに魅せられたので はなかったか。 見るとは実に不思議なことだ。視覚を通して何かを「見る」とき、私たちはいったい何 を見ているのだろう。木だ、空だ、花だと、一つ一つ認識しながら見る場合はいい。そう ではなく、目を開けて何かを見ていても、頭は別のことを考えているということがある。 例えば壁の染みに、染みから想起された全く別の、過去のある出来事を見ているというこ とがある。 視覚の力は圧倒的だが、ほかの感覚に引きずられるとき、目を開けていながら、視界が 空っぽになり、見えている眼前の風景を見ていないということにもなるのはおもしろい経 験だ。 それでも、目が見える場合には、どうしたって見えてしまうし、見てしまうのだから、 その経験は長くは続かない。それが大人の肉体である。今、私は見ている、見ている私が いる、というふうに自意識も動き出してしまう。 こんぜん 子供の頃はそうではなかった。視覚も聴覚も嗅覚も触覚も、五感がもっと渾然と溶け合っ ていて、もっと放心してものを見ていた。我を忘れて、一個の感覚の器として、世界の中 に一人あった。幼年の「からだ」は泥のようになまめかしい。 5 10

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現代文 高校生

解答が無く、正解が分かりません。 問3.4.5の解説と答えが欲しいです(;_:)

RECE E.F 文学とは何か 加藤 文学評論 文は描くものですが、必ずしも目に見えるものを目に見えるように描くものではあり ません。もし目に見えるように描くことが目的であるとすれば、どのような散文も、フロベー 文でさえも、ありふれた映画の一場面に及ばないでしょう。 「感情教育」のポウト がどんなにいきいきとセーヌ河の風景を描いているにしても、その風景は、目に見える ようであって、目に見えるのではありません。ところが映写幕の上には、見えるような風景 5 ではなく、実際に見える風景があらわれる。 映画の魅力はそこにあります。 もし小説の魅力 に⑩ヒッチキすることはできない。客観描 同じ性質のものであるとすれば、小説が映画に は、それが目に見えるものを目に見えるように描くということを意味するかぎり、可能で あるにしても、小説的表現の素材(言葉)にふさわしい方法ではありません。言葉には意味 があります。意味は想像力に訴えます。写真は、目にうつる一切のものを記録します。 記録 1 は感覚に訴えます。 セーヌ河の風景を客観的に再現するという目的は、写真という表現手段 にふさわしく、言葉という表現手段にふさわしくないということができるでしょう。逆に、 セーヌ河の風景をながめる青年フレデリック・モローの感動を再現するという目的は、言葉 にふさわしく、写真にふさわしくない目的です。小説における散文は、まず主人公の感動を その感動のなかに誘いいれながら、その感動を通じて周囲の風景を想像させよ 5 うとするときに、独特の能力を発揮します。 その逆の手順をふむときに、たとえばセーヌ河 の風景の客観的描写からはじめるときに、散文はその無能力を暴露します。これが、小説に 散文を、その描く対象の側から考えてみるときに、当然見いだされる原則です。しか し、もういちど、散文を描くという機能の側から考えてみると、小説における、または文学 における散文の性質とは、どういうものでしょうか。 散文における言葉は、ある対象の符号 20 ですが、具体的な特定対象の符号であるのは、固有名詞だけです 「東京」という町は、世 界中に一つしかない)。しかし普通の言葉は、特定対象の属する群の符号である(「町」は、 東京だけでなく、他にいくらでもあります)。言いかえれば、特定対象を名づけるというこ とは、一般に、その対象を分類することです。 分類のしかたは、たくさんあります。一杯の コーヒーという特定対象をわれわれはコーヒーという言葉でわす「コーヒー」として分 4 類することもできるし、飲物、ヨウエキ、物質等の言葉で表現する(そういうものとし て分類する)こともできます。 どういう分類のしかたを採用するか、すなわちどういう言葉 ぶかは、われわれ自身が、われわれとその対象との関係に応じて、決定する他はないで しょう。言葉による表現とは、われわれと対象との関係を限定することであり、逆に、その ような限定を伴わずに言葉で何ものかを表現することはできません。言葉によって世界を描 くということ、つまり散文をつくるということは、本質的にわれわれと世界との関係を限定 することである。あるいは、われわれにとっての世界を定義することである。日常的会話は、 日常生活の約束と習慣にしたがって世界を定義します。 文学的散文は、日常的定義とは異 なる独特の定義によって世界を成立させるものでなければなりません。 小説文を読むと そのことにほかならないでしょう。フロベールは、そのことを意識せずに、 客観描写という方法論を発明しましたが、 そんなことが完全に実現されることは決してない ので、彼の作品も彼の方法論を裏切っています。 逆説的にいえば、裏切ることそのことによ 文学として成立しています。 それは、そのはずであって、主観をまじえずに、革命の情 景を描写するというようなキョクタンな場合を考えてみれば、明らかにわかることです。 ある人は、パリの人民大が第二帝政を打倒したと書きます。 中を騒がせたと書きます。 「人民大衆」という言葉も「不足の輩」という言葉も、単に客 ます。またある人は不起のが世の 観的な対象を示すのではなく、その人と対象との関係を示すものです。世界を定義せずに、 何事かを言葉で表現するということが、そもそも不可能である。作家の責任ということもそ 白梅図 文化論 →評論・随筆・小説 →詩・和歌・短歌歌 Aではなとうっと 問四 B ( こから出てくるわけで、世界と自分との関係を定義するその定義のしかたの責任を、あらゆ 作家が負っているということになります。 それでも、客観描写ということが成り立つとすれば、それは意味づけのしかたそのものに、 一定の約束があり、個人的主観によってその約束が破られないという場合でしかないでしょ う。たしかに、科学者はそういう約束をもっています。解剖学教科書のジョジュツなどは その意味で客観的であり得ます。しかし小説家にはそういう約束がない。 対象が人生である 場合にそんな約束はあり得ません。「人生襲」というものはない。人それぞれにとって「わ 傍線部~の片仮名を漢字で書け。(5点×5=25点) ) ( 人生観」があるだけです。 「文学とは何か」 角川新書による) 問一 ⑩(目頭 (溶液) ⑥(極端)(敘述 問二 部とあるが、本文中にはこれと同一の内容を端的に表現した言葉がくり返し使 われている。これ以降から抜き出して書け。 (1点) ) 問傍線部とあるが、この内容を説明している部分を本文中より五十二字で抜き出し、 最初と最後の三字を書け。(句読点も一字に含む) (10点) 傍線部 とあるが、 「日常的定義とは異なる独特の定義」とは何か。本文中の筆者の 論旨にしたがって、六十字以内で書け。(句読点も一字に含む) (10点) ・ 問傍線部とあるが、ここでいう「対象」とは、具体的には何を指すか。また、そ の「対象」を描くにあたって、「人民大衆という言葉」を使った場合、「不退の輩と いう言葉」を使った場合、それぞれ書き手と「対象」 とのどのような「関係」がそこに示 されているのか。簡潔に説明せよ。 (1点×3=4点) FO (RACEPT 粉に ) ) )

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現代文 高校生

尚文出版基本の現代文からですこの答え教えて欲しいです🙇‍♀️

ステップ 18 80 ステップ LISSTOH ステップ1 長文に取り組もう 鉄のしぶきがはねる 要約シート (技術は体の内側に) ミリ単位以下での正確さが求 められるでは、体がおぼえている感覚が頼 り。 技術はまさに〈身につける〉ものなのだ。 桃 (注) 工業高校でコンピューターを学ぶ心は、祖父が経営していた金属加工の工場が閉鎖して以来、手作業より もコンピューターを信頼するようになった。しかし、ひょんなことから「ものづくり研究部」の活動を手伝う ことになり、高校生たちがその技能を競う「ものづくりコンテスト」(ものコン)への出場を決意する。 1 ゴールデンウィークを間近に控えた四月の終わり、部活のミーティングで三つのことが伝えられた。 「毎年のことやけど、連休の間も練習はあります。」 「はい。」 だれもが真顔でうなずいた。 今は一本でも多 くの課題部品をつくりたい時期だ。反復練習、反復練習。練習を重ねて、体に課題の感覚をおぼえこませ ておきたい。 (1) 図「ついては五月の連休に特別講師に来てもらうことになった。」 「小松さん帰ってきたんですか?」 「い や」声をあげる心に、先生は小さく首を振って言った。 「本校の卒業生、さきはらゆきこさんだ。」 ③ 崎原、由希子? どこかできいたことがある。名前をきいただけなのに、心の頭の中でなぜか漢字に変 換された。もしかして。 顔を上げた心に、「そうだ。」というように先生はうなずき、「本校の卒業生。も のコン〉の全国三位入賞者よ。 大手機械メーカーに就職して、今は〈技能五輪>の強化選手としてがんばっ (注2) 目標6分 解答時間 目標15分 本文 1小松さん技術者。「ものづくり研 究部」に指導に来ていた。 2技能五輪若い職人たちが、それ ぞれの技術を競う大会。 3旋盤鉄を削って加工する技術。 根拠のある二つの事柄 4二律背反 の、つじつまが合わないこと。 5テーパー金属部品の一種。 6隅肉金属加工の技術。 7原ロー「ものづくり研究部」の部員。 要旨をつかむために! 空欄を埋めていこう ○ 文章展開図 【各2点】 100 1部活のミーティング 連休の間も練習 とる。」 20特別講師・・・ 崎原由希子さん (注4) 一度しか見ていないはずの笑顔が、くっきりと思い出された。 初めて見たとき、心はあの笑顔に抵抗を おぼえた。旋盤に対して複雑な思いがあったからだ。工場を造り、壊した。懐かしいけれど、つらい。好 きだけれど、嫌い。旋盤は心にどうしようもない二律背反をつきつけてくる。それにまっすぐに取り組む ことのできる崎原さんの笑顔を、ちゃんと見ることができなかった。 ごちゃごちゃと引っかかる思い出を (注3)せんばん 忘れたくて、コンピューターの世界を選んだつもりだった。 3 15 ⑤「ほら、この人よ。」先生は持っていたファイルの中から、見覚えのある新聞のコピーを取り出した。課 部品を手にした崎原由希子さん。 7-6 5~ ④心 初めて見たとき 笑顔に抵抗をおぼえた ・・・旋盤に複雑な思い 印象が違う はちきれんばかりに 笑顔の裏側 ごからものが、心には今ならわかる 毎日の地味な 毎日の地味な積み重ね ↓ 19 ステップ1 小説 「こんな人でしたっけ。」 その笑顔から受ける印象があまりに違うことに、心は少しうろたえた。あのと いと はにかむような控えめな微笑み。 けれど、はちき した笑顔は、そこにはなかった。 積み重ね。真夏はだらだらと滴る汗をぬぐいながら、冬は凍えるほど冷たい指先にたえながらの練習。膨 大な時間をツイやして練習をしても、体に残るものはほんのわずかだ。 やってられないほど効率が悪かっ た。けれどわずかながらも確かに身につくものがある。だから続けられる。 (注5) (注6) みにく ミジュクながら、テーパもネジもつくれるようになった。隅肉もなんとかやれる。 崎原さんの笑顔に隠 れているのも、たぶんそういう自信だと思う。もっと練習すれば、もう少しうまくなれるんじゃないか。 25 そういう期待。たぶん。 まだまだ全然追いつけないけれど、 崎原さんの体のなかにあるものを、自分も少 しはつかんでいると心は思う。だからこんなに崎原さんの笑顔がまぶしく見えるのだろう。 出たい。 「それから」 中原先生は声を引き締めた。「校内選考は、例年どおり六月初めだ。中間テスト明けでも あるけど、あわせてがんばってくれ。」 すっと冷ややかな空気が流れた。 校内選考。 選ばれるのはひとり。か、ふたり。 下腹にぐっと力が入っ 30 (注7) 能性が残っている。 た。自分でも意外なほどの思いが込み上げてきた。ひとりは原口に決まっているにしても、もうひと枠可 混じりけのない、ただまっすぐな思いだった。突然、途方もないような道が目の前に開けたみたいな気に なる。 地区大会、九州大会、全国大会。意味なんかいらない。 とにかく行けるところまで行ってみたい。見え 35 ているところには行ってみたい、それだけだ。ストレートな思いが、つき上げるように心の胸に湧いてきた。 ガイドの →間五を攻略 原さんの笑顔に対して、かつて心が抱いた印象に線、改めて見た際の印象に線を引こう 2 ... 確かに身につくもの ・期待 ○校内選考 心 なほどの思い 出たい 行けるところまで 行ってみたい 大きくとらえよう 要約への第一歩 【4点】 場面 心が崎原さんの写真を見る 心の心情 〈ものコン〉に 〇場面 という思いが込み上げる 理解を深めよう 要約のための確認 崎原さんの写真を見る →笑顔が輝いて見える ○状況 崎原さんの笑顔の裏側 心の心情 今ならわかる・・・自信・期待 まっすぐな思い出たい →行けるところまで 行ってみたい

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現代文 高校生

ここの質問知りたいです。

■第2回 文章表現の力 月 日( 第2回 ~19 文章表現韻文・文学史・文法の力 次の文章を読んで、後ろの問いに答えよ。 句読点による意味の違い(5点×4) ちかまつもんざえもん じゅずや せっせと句読点を打つ近松門左衛門に、数珠屋が「句読点かいな、い らんこっちゃ。」と言った。二、三日後、数珠の注文が門左から届いた。― 「ふたえにまげてくびにかけるようなじゅず」 数珠屋は「二重に曲 げて首にかけるような」とは、随分(A) 数珠を欲しがるものだ と、早速そんなのを一つこしらえて持たせてやった。すると、門左は 注文書に違うと言って押しかえして来た。 数珠屋は蟹のように(B しわくちゃな注文書をつかんで門左のとこに出掛けた。門左は じろりとそれを見て、「どこにそんなことが書いてあるな、二重に曲 げ手首にかけるような、とあるじゃないか。 だからさ、浄瑠璃にも句 (薄田泣菫『茶話』) 読法がいるというんだよ。」 かに じょう すずきだ きゅうきん 2 ② ① きみはしらないのですか。 きみはしらないのですか。 かれは会社にはいらない。 かれは会社にはいらない。 警官は血まみれになって逃げる犯人を追った。 警官は血まみれになって逃げる犯人を追った。 次の文は、句読点の打ち方によって二通りの意味になるものである。 読点の位置を変えて意味の異なる二つの文を作れ(読点は各文に一つ)。 句読点による意味の違い(5点×3) 次の各文について、後ろの( )内に指示された数の句読点をつけよ。 句読点を打つ(5点×3) ある日の暮れ方の事である一人の下人が羅生門の下で雨やみを待 っていた広い門の下にはこの男のほかに誰もいないただ所々丹塗り げにん らしょうもん だれ まるばしら 剥げた大きな円柱に蟋蟀が一匹とまっている (句点4・読点5) ②道がつづら折りになっていよいよ天城峠に近づいたと思うころ雨 あまぎ 問1( )Aに入る適当な形容詞を答えよ。 問2 (Bに入ることばとして、適当なものを次から選び、記号を○で囲め。 イ固くなって ア横に走って ウ真っ赤になって 問3 二人は、それぞれ、注文書のどこに読点を置いているか。 それぞれの文に 読点を打て 138 近代文学夏目漱石 (2点×10) ふたえにまげてくびにかけるようなじゅず。 ふたえにまげてくびにかけるようなじゅず。 なつめそうせき 夏目漱石についての次の文を読んで、後ろの問いに答えよ。 高浜虚子の勧めで、雑誌「ホトトギス」に風刺小説『 を発 小説家となった。松山中学に奉職した経験に基づく「 (A)の世界を求めて旅を続ける青年画家を描いた『草枕』を執 』や 筆し、反自然主義に立った。その後、三部作『三 2 727 5 脚が杉の密林を白く染めながらすさまじい早さでふもとから私を追 はたち 2 って来た私は二十歳高等学校の制帽をかぶり紺がすりの着物に (2) 学生カバンを肩にかけていた ③ 私が自分に祖父のある事を知ったのは私の母が産後の病気で死に ばんのよう ふたつき 20 その後二月ほど経って不意に祖父が私の前に現れて来たその時であ (2 むっつ った私の六歳の時であった 次の俳句の季節を答えよ。また、解説を後ろから選び、記号で答え 近代(2点 411 ①万緑の中や吾子の歯生えそむる 中村田野 AL ② あはれ子の夜の床の引けば寄る 中村 ) ( <-18

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