学年

教科

質問の種類

現代文 高校生

開発講座の問題です 問2が分かりません ⑥にイギリスの例があって製鉄が環境破壊を招いている点が似ていたのでここが同値関係となっていて、2の歴史家を選びましたが違いました ここは関係ないんですか? あと⑥の最後の方に書いてある「このため英国の森が破壊しかけた所〜ご理解がcol... 続きを読む

第3問 次の文章を読んで左の問に答えよ。 日本の運命を変えたのは、四世紀ごろから進んでいた朝鮮半島における自然破壊で した。むろん、日本人がやったのではありません。朝鮮人がやったのです。山を掘り くずして、砂鉄を(ト)り製鉄をはじめたのです。 おそろしいばかりの自然破壊でした。 鉄の製(レン)には木炭を必要とします。わず 数トンの鉄をつくるのに、一つの山が裸になるほどの木炭を必要とします。 5 製鉄集団は、おそらく女性や子供をふくめて何百人という単位だったでしょう。 そ れらが、朝鮮の山から山へ移動して、丸裸にしてゆきました。 「むろん、そのあとに植林をするということはしなかったようです。朝鮮の山は、不 幸なことに自然の復元力がよわいのです。むろん、ギリシャ文明が去ったあとのギリ シャの自然ほどではありませんが、朝鮮の山々は乾き、山の土(ジョウ)は風に吹きと 10 ばされて、岩の層が露出するといった風景になりました。むろんこれは、 イ的想 像力でいっているので、三世紀、四世紀の朝鮮には、そのことを書いた文献はありま せん。 三、四世紀の朝鮮半島の製鉄業者たちに話をもどします。 かれらは、遊牧民が草を 求めて移動するように、森を求めて移動するひとびとでした。朝鮮の山々を裸にして 15 しまったとき、はるか南の海に、樹木の多い島々があることを知ったのです。それが、 日本でした。やがていくつものグループが海をわたって、日本にきました。五世紀 第3問 12

解決済み 回答数: 0
現代文 高校生

【現代文】「自由」の本当の意味 イが正答なのですが、なぜウは間違いなのでしょうか? 「コミュニティが共同体として意思決定をなす際に前提となる一定の方 法」ってあってるとおもったんですけど、、、

823字 制限時間 8分 きよかず 9 「自由」の意味 鷲田清一 制限時間内に、次の文章を読んで後の問いに答えなさい。 せきがく たなかみちたろう あら 古代ギリシャ哲学の碩学、田中美知太郎は、個人の自由は、法の前の平等という政治的な自由がしっかり定着していてこそ 可能なのであって、そういう公的な自由のないところに私的な自由もないとしたうえで、次のように言う。「自由というもの 法の制約なしに追求する、いわゆる民主政治の末期になると、突然自由と正反対の変化が現われてくる」と。 何をしてもい いということは、何をしてもおなじということであり、どのみちいっしょというこの無関心(インディファレンス=無差異) によって、人の生き方は「気まぐれ」に、社会は「原則のない」ものに、なるというのである。 くり返すと、自由は、成員たちがそれぞれに別個の存在として認めあうコミュニティの存在を前提とする。そのコミュニティ はしかし、けっして一致団結を求めるものではなく、一定の法の下でそれぞれの考えを闘わせ、調整しつつ、共同体としての 意志決定をなす。そういう動的な装置として、「護らなければいつ失われてしまうかわからないようなもの」である。だから こそ、たえず入念にチェックし、また手入れと手直しをなす必要がある。 まも 17世紀フランスの思想家、パスカルが「正義」について書きとめた文章を読んでいると、「自由」のほんとうの意味があぶ。 り出されてくる。パスカルは、力のない正義は無力であり、正義のない力は圧制的だとしたうえで、残念ながら、正しい者に 力がなければ、強い者に従わざるをえないという。それはやむをえない 「必然」だと。 これを裏返していえば、弱い者に従う というのが、「必然」の反対、つまりは「自由」の本義だということになる。 英語のリバティを辞書で引くと、たいていの場合、「気前のよさ」が第一の意味として出てくる。 弱さに従う自由とは、ま さに気前のよさのことである。そしてこの気前のよさとは、じぶんの自由より先にまずは他者の自由を擁護するということで ある。そういう相互扶助の精神が充満しているところにしか、おそらくほんとうの自由はない。 *碩学・・・修めた学問が広く深いこと、またその人。 /2 m

解決済み 回答数: 1
現代文 高校生

どのように書けばいいのか分からないです教えて頂きたいです🙇🏻‍♀️⸒⸒

inar P ある五重塔をモチーフにした絵 美意識の違いを説明しなさい 【料 「書です。 【資料3】 の文章を読み、二枚の絵葉書から 【資料2】 次の【資料1】はイタリアの観光名所ピサの斜塔をモチーフにした絵葉書、【資料2】 わは 長きに、 ワ 本京 日 日の る本 と都 木山に 西欧の 資料3】 なかに たり、 アメリカも含めて、西欧世界においては、古代ギリシャ以来、「美」はある明確な を持っ 表現されるという考え方が強い。その秩序とは、左右相称性であったり、部分と全体との比例関係 あるいは基本的な幾何学形態との類縁性など、内容はさまざまであるが、いずれにしても客観的な原理に基づく 秩序が美を生み出すという点においては一貫している。逆に言えば、そのような原理に基づいて作品を制作すれ ば、それは「美」を表現したものとなる。 《中略》 だがこのような実体物として美を捉えるという考え方は、日本人の美意識のなかではそれほど大きな場所を占 めているようには思われない。日本人は、遠い昔から、何が美であるかということよりも、むしろどのような場 合に美が生まれるかということにその感性を働かせて来たようである。それは「実体の美」に対して、「状況の 「美」とでも呼んだらよいであろうか。 (高階秀爾著「実体の美と状況の美」より) 品原でも を理あの 制につの

解決済み 回答数: 1
現代文 高校生

Q本文中のアラベスクの意味とは? ①神秘的な雰囲気をたたえた装飾 ②幾何学的に組み合わせられた模様 ③視覚的効果を計算した多彩な色彩 ④意味をはぎ取られたむき出しのもの ⑤脈絡のない細部を縫い合わせた布地 という選択肢で②と⑤で迷って⑤を選択してしまったのですが、答えは②... 続きを読む

121 スージ LのE伝統においてはほとんどの場合、身体は「物体」(bodylcorps)の一つとして、「心」や「精神」 (mind/esprit)と ]わたしの身体は、わたしが見、触れることのできる物的対象の一つである。それは物体としての密」 悩されてきた。[a LAt積とをもち、叩けば音もする。それは疑いえないことで、【 b 】西洋の科学の歴史のなかでは長らく、身体はもっぱ 後室)のモデルに沿って医学や生理学の対象として分析されてきた。【 c ]、あらためて考えると、人の身体は物体とし しは知覚情報があまりにも乏しい。具体的にいうと、たとえば見える部分は全体の半分にも満たない。後頭部や背中はどうあが しても絶対じかには見ることができない。つまり、〈わたし〉の身体はわたしにはトータルには不可視なものであり、〈像〉と インヴィジプル してしか体験できないのである。わたしの身体はそれなしに〈わたし〉のありえないもの、というか〈わたし》自身でもあるの それ全体から当のわたしは遠く隔てられているという事態がここにはある。「各人は各自にもっとも遠い者である」とかつ (にー) てニーチェは書いていたが、この言葉は身体にこそよく当てはまる。 この点について、いますこしタンネンに見ておこう。 じぶんの身体というものは、だれもがじぶんのもっとも近くにあるものだとおもっている。たとえばホウチョウで切った傷の Sはわたしだけが感じるもので、他人は頭でわかっても、わたしの代わりに痛んでくれるわけではない。その意味で、わたし わたしの身体であるといいうるほどに、わたしはまちがいなくわたしの身体の近くにありそうである。ところが、よく考え 。おたしがじぶんの身体についてもっている情報は、ふつう想像しているよりもはるかに貧弱なものだ。身体の全表面のう い、ましてや他人がこのわたしをわたしとして認知してくれるその顔は、終生見ることができない。そして難儀なこと 97 んで見える部分というのは、ごく限られている。だれもじぶんの身体の内部はもちろん、背中や後頭部でさえじがに見た

解決済み 回答数: 1
現代文 高校生

比例関係の答えはアなのですが、調べて出てくる意味と違うのですが何故ですか? 私はウを選びました。

私がこの話を聞いて興味深いと思ったのは、それが動物観の差異以上に、日本人とアメリカ人の美意識の違いをよく示すものと思 われたからである。 アメリカも含めて、西欧世界においては、古代ギリシャ以来、「美」はある明確な秩序を持ったもののなかに表現されるという考 日 (注) え方が強い。その秩序とは、左右相称性であったり、部分と全体との比例関係であったり、あるいは基本的な幾何学形態との類縁性 など、内容はさまざまであるが、いずれにしても|B_な原理に基づく秩序が美を生み出すという点においては一貫している。逆に 言えば、そのような原理に基づいて作品を制作すれば、それは「美」を表現したものとなる。 目 典型的な例は、現在でもしばしば話題となる八頭身の美学であろう。人間の頭部と身長が一対八の比例関係にあるとき最も美しい という考え方は、紀元前四世紀のギリシャにおいて成立した美の原理である。ギリシャ人たちは、このような原理を「カノン (規 準)」と呼んだ。「カノン」の中身は場合によっては変わり得る。現に紀元前五世紀においては、優美な八頭身よりもソウチョウな七 頭身が規準とされた。だが七頭身にせよ八頭身にせよ、何かある原理が美を生み出すという思想は変わらない。ギリシャ彫刻の持つ 魅力は、この美学に由来するところが大きい。 もっとも、この時期の彫刻作品はほとんど失われてしまって残っていない。残されたのは大部分ローマ時代のコピーである。しか

解決済み 回答数: 1