学年

教科

質問の種類

国語 中学生

①についてです。 両方とも完了の「ぬ」が入っているので、アだと思ったのですが、答えはウでした💦 解説お願いします!

入試に挑戦 STEP 3 1 次の文章を読んで、あとの問いに答えなさい。 (大阪府) A 聞こえた なづき みち 神無月の七日の夜深く立ちて、なほ干潟の路を行くに エウイア AAAA B B 明けた 聞こえた 明けない ウA 聞こえない B 明けた 旧十月 やはり 聞こえない B 明けない 鳥々、入江入江どもの、いふばかりなく目もあやなる所々 うちつづきたり。 大崎の浜田島といふ方は、うち煙りたるやうにて、 2 -線部の「春秋もみな忘れぬかし」の意味として適当な ものを、あとのア~エから一つ選び、その記号を書きなさ (新潟県) い。 「また、さかと思へば、冬の夜の、空さへさえわたりい あけぼの あしべ ソウカトウト 空のどかにて、波の音も聞こえぬほどなり。蘆辺 ひちりき みじきに、雪の降りつもりひかりあひたるに、菓のわな モイニ エテイルトコロニ フルエ のの明けぬと鳴く声のどかなり。 さなぎ 大崎の浦吹く風の朝凪に島を渡る鶴の諸声 なき出でたるは、春秋もみな忘れぬかし」といひつづけて、 ルヨウニ美シク響イテクルノハ 「いづれにか御心とどまる」と問ふに、秋の夜に心を寄せ より こちら側 そのこなたは、村の煙立ちならびて、梅や桜の時なら 季節はず てこたへたまふを、さのみ同じさまには言はじとて、 ぬ花さへ咲ききそひつつ、朝知の風に匂ひ来るも、春秋を ソウムヤミニ ウマイ れの かす 並べたらむ心地しておもしろし。 道行きぶり」より) 大崎・田島=現在の山口県の地名。 (注) 朝凪=朝風がやんで海上の波が穏やかになること。 問い 本文中の聞こえぬ、明けぬの言葉の意味の組み合 わせとして正しいものを次から一つ選び、記号を書きなさい。 あさみどり花もひとつに霞みつつ ウスイ緑色ノ空モ、 花モ おぼろに見ゆる春の夜の月 ア 春も秋も誰も忘れるはずがない。 春も秋もすっかり忘れてしまうよ。 ウ春も秋もどちらも忘れられないなあ。 春も秋もどうして忘れられないのだろう。 (「更級日記」より)

解決済み 回答数: 2
国語 中学生

この文章の問題で 下線部②「いくつになっても」が直接修飾する文節を 本文中から1文節で書き抜いて答えなさい。 という問題なのですが 修飾するという意味がわからず、どこがどのように 修飾されているのか教えていただきたいです。

れつ 2 確認問題 小説 次の文章を読んで、あとの問いに答えなさい。 《「父」は苦学の末、満州国で医師免状を手にしたが、日本の敗戦に より帰国。国内では、満州での免状が認められなかったため、医師と して開業するためには国家試験に合格することが必要だった。 「父」 は既に三十を越える年齢だったが、合格を目指してひたすら勉強に励 んだ。 その間、家計は、妻子たちが内職によって支えていた。> 父は毎朝山へ出掛け、夕刻家へ帰ってくる。 山といっても、家を借りたり、 お寺の一室にこもったりしているのではなかった。近くの山に壊れかけたお 堂がある。その軒先に腰を掛けて、声を出して本を読むのである。若いうち、 二十代の半ばまでなら、目で通読しただけで記憶できる。だが年をとると、 音読しなければ意味がつかめなくなるのである。 記憶するとなると、 何度も 5 何度も唱えなければならぬ。 一番苦しかったのは父であったろう。息子たちを働かせ、しかも自分は金 苦 を使って勉強している。世間の常識とはまったく逆である。 その 痛は想像にあまりある。普通なら、「ついに俺には達成できなかった。だか ら、息子たちよ、お前たちが存分に勉強してくれ。」と言うはずである。こ れが現在の教育ママや教育パパの発想である。が、 これほど自堕落な、愚 劣な発想があろうか。私は、 いくつになっても、ひたむきに生きる人を尊 敬する。一ミリでも一センチでもいい、じりじりと夢へと這っていく人を。 息子に夢を託すというのは、生活の放棄であり甘えである。そういう心根で 息子や娘に楽をさせても、ロクな結果が生まれるものか。現状にふさわしい じだらく いもほ 所で、常に前を向いて歩くことこそ大切なのである。私は、自分の父が、 家 庭を一切顧みずに勉強したことを誇りたいくらいだ。 かせ その生活にも、やがて終止符をうつ時がきた。父は、私たちが稼いだ金 を根こそぎ持って、東京へと試験を受けに行ったのである。試験から帰った * あかもん 父は、「赤門から入ってなあ、偉い教授の口頭試問を受けた。もう何と答 3 えたか、あがっちまってわからなかったから、どうも今年は駄目だろうが、 とうだい みやげばなし さすがに天下の東大だった。すごい建物がこうずらりと並んでいた。それで 帰る時、わざと遠回りして赤門から出てやった。 な、 これからバカにするな よ、 これでも赤門出なのだから。」 と土産話をして、しばらくぼうっとし 日を過ごした。それから私は赤門とやらを夢に見るようになった。――よ25 その大学へ行こう。私はそう決心したが、後で実際に通うようになった ら、古びてしょぼくれた奇妙な門に過ぎなかった。馬車馬のごとく突進しか 知らなかった父は、 ②と呼ばれるものに弱いところがあった。 合格の通知は山の畑で受け取った。 両親と私は、弟を連れ、祖父の畑で山 芋掘りをしていたのである。そこへ、留守番をしていた兄が、電報をひらひ 3 らさせながら駆けてきた。 「ゴウカク、オメデトウ。」 「このヤロウ。」 「さあこい。」 私たちは芋畑を転げ回った。 母はへたへたと座りこんでしまったが、私 は父とすもうをとった。 たた 6 私は何度も父を投げ飛ばし、大地に叩きつけた。 その年、満州出身の医師は八十数名が受験したというが、国家試験に合格 したのはたったの三名だった。 (注)赤門=東京大学の、朱塗りの門。 〈畑正憲 「ムツゴロウの青春記」より〉 答えなさ . 2 に入る適切なことばを、つ 10

解決済み 回答数: 1
国語 中学生

この古文についてですがなぜ筆者が娘だとわかるのですか?

きょう ひたちのくに いばらきけん 京の都で暮らす筆者は、役人として常陸国(現在の茨城県)に赴任した父と、長い間離ればなれで会えないことを悲しく思っていた。そんな折、筆者のもと一 に常陸国から父の手紙を持った使者がやってきた。 者のもと] あづまより人来たり。 *しんぱい 「神拝といふわざして国のうちありきしに、水をかしく流れたる野の、はるばるとあるに、木むらのある、をかしき所かな、見せでとまづ思ひ出でて、 領内を歩いたところ 趣深く 木立があり 見せられず(残念だ) 「ここはいづことかいふ』と問へば、「子しのびの森となむ申す」と答へたりしが、身によそへられていみじく悲しかりしかば、馬よりおりて、そこに 自分に引き比べられて ふた時なむながめられし、 とどめおきてわがごと物や思ひけむ見るにかなしき子しのびの森 私のように物思いにふけっているのか となむおぼえし」とあるを見るここちいへばさらなり。 言うまでもない さらしなにっ (菅原孝標女「更級日記」による。) (注) *神拝… 新任の国司が領内の神社を巡拝すること。 *ふた時・・・・・・約四時間。 ここでは、長い時間という意味。 * "N こた de い

解決済み 回答数: 0
国語 中学生

明日、おくのほそ道の一部の暗唱テストがあります。 教科書に読み方を書きました。 ひらがなと漢字が現代仮名遣いに正しく直せているかチェックをお願いします🙏 また、ふりがなが振っていない所(例えば最初の はくたい など)はそのまま読もうと思っているのですが、もしそのままではダメ... 続きを読む

Titina いにしえの心を受け継ぐ夏草 155 d 1 はくたい くわかく 月日は百代の過客にして、行きかふ年 もまた旅人なり。舟の上に生涯を浮かべ、 IR 馬の口とらへて老いを迎ふる者は、日 旅にして旅をすみかとす。古人も多く旅 に死せるあり。 予もいづれの年よりか、 へんうん 片雲の風にさそはれて、漂泊の思ひやま かいろん こぞ かうしやう 海浜にさすらへて、去年の秋 江上 はおく no to の破屋に蜘蛛の古巣をはらひて、やや年 かすみ しらかは せきこ 暮れ、春立てる霞の空に、白河の関越 えむと、そぞろ神の物につきて心をくる はせ、道祖神の招きにあひて、取るもの ももひき 手につかず、股引の破れをつづり、笠の 緒付けかべて、三里に灸すゆるより、 しま 島の月まづ心にかかりて、住めるかたは さんぷう べつしょ 人に譲りて、杉風が別墅に移るに、 草の戸も住み替はる代ぞ雛の家 おもては 面八句を庵の柱に懸け置く。 ず oks SE44 ぐっしょ play ひょうはく 46 was 5 月日は永遠に旅 ものであり、過ぎ 来る年もまた旅人 の上で暮らす船頭 て老年を迎える馬 旅であって、旅そ としている。 ( V-Z ACS た) 昔の人々の だ人が多い。 私 れ雲のように風 旅に出たい気持 年はあちこちの 去年の秋、隅田 (帰り)、蜘蛛の るうちに)、しだい もなると、霞の立ち の関を越えたいもの り移ってただもうそ 道祖神が招いている かないほどに落ち着 ところを縫い、道中 三里に灸を据える ( る)ともう、松島の こんなこと)がまず 住んでいた庵は人に 移ったのだが、 草の戸も住み替はス (元の草庵にも、新 きて、私の住んでい はうって変わり、華 を飾っている。) 面八句を、門出の記念 けておいた。 3. THE

解決済み 回答数: 1
国語 中学生

中2 国語 古文 (2)(6)の解説お願いします🙏🙇🏻‍♂️ 古文ほんとにわかりません、、

(3) (6) = E 6 H STUPIR にしとみといふ所の山、絵よくかきたらむ屏風を立て並べたらむやうなり。片つ びやうぶ もろこし イー H= すなこ 方は海、浜のさまも、よせかへる波のけしきも、いみじうおもしろし。 唐土が原と いふ所も、砂子のいみじう白きを二三日行く。 『夏はやまとなでしこの濃く薄く錦 をひけるやうになむ咲きたる。これは秋の末なれば見えぬといふに、なほ所々はう ちこぼれつつ、あはれげに咲きわたれり。 「唐土が原に、やまとなでしこしも咲き (「更級日記」) けむこそ」など、人々をかしがる。 さらしなにっき (注)にしとみ・唐土が原ともに現在の神奈川県にあった地名。 これは今は。 ( ① 「片つ方は海」とあるが、もう一方は何か。 古文中の 語で答えよ。 2 ②「よせかへる」を現代仮名づかいに直して書け。 せかえる ④ 「の」と同じ意味・用法の「の」を、線ア~オの中から 一つ選び、記号で答えよ。 ⑤ 「夏は」から始まる会話の終わりはどこか。 見えぬ 終わりの三字を書け。 ③ 「いみじうおもしろし」 ⑥ 「うちこぼれつつ」の解釈として適当なものを、それ ぞれ次から選び、記号で答えよ。 イ実にやさしく繊細な感じだ ウ とてもさびしくなつかしい たいそう美しく心ひかれる 花が少しずつ咲き始めて 花が露にぬれた状態で エ妙に愛らしくほほえましい イ花が散り残った様子で エ花が折り重なって咲いて 文章中の言葉を用いて答えよ。 ―線⑦とあるが、それは、人々がどのような言葉の組み合わせに気づいたからか。 唐土(が原) やまとなでしこ) 7「更級日記」は平安時代に書かれた作品であるが、これと同じ時代の作品を次から 選び、記号で答えよ。 ア 万葉集 ⇒ 「唐土」は今の中国のこと。 「やまと イ 徒然草ウ 平家物語 Ⅰ 枕草子 H

解決済み 回答数: 1
国語 中学生

文学史についてです。 2枚の写真の内1枚は一応出来たのですがもう1枚は少し分からない所があるので教えて頂きたいです。その他の埋めている所も間違えていたら教えて欲しいです。お願いします。

時室 江 戸 時 代 鎌倉時代 時 代 奈良時代 代町 作 生 者 特 徴·冒 頭 部 分 6を+まろ |太安万侶 神代から推古天皇までの歴史書。 日本書紀 舎人親王 神代から持統天皇までの歴史書。 撃産 :ラそう 不群 わが国最古の漢詩集。 万き不任 e6をる 大伴家持 わが国最古の和歌集。 竹取物語 不詳 わが国最古の物語集。 『昔男』を主人公にした歌物語。 Sr全 さ S和歌集 紀貫之一 最初の勅撰和歌集。全二十巻。約二千首。 土佐日記 紀貫之一 男性による最初の仮名を使った旅日記。 a。 ASみ 6 藤原道綱母 貴族社会の女性の心をの内を緩った日記。 清少納言 宮廷生活について、見聞、意見を述べた女性の随筆 紫式部 光源氏を主人公にした、五十四帖に及ぶ長編物語。 不詳 様々な人間像を描いた短編物語。 + かすえのむす 菅原孝標女一 貴族社会に生きた平凡な女性の半世紀。 不詳 文徳天皇から後一条天皇までの藤原志絶頂期の歴史物 語。 ぐ普物語 不詳 中国、インド、日本の仏教、世俗の説話集。 後白河院 今様を中心に編纂された歌謡集。 西行法師 千六百余首を収めた歌集。 新古今和歌集 藤原定家一 『幽玄』の歌風。全二十巻。約千九百首。 る=6 4うめい 古丈記 厳正の無常を方丈の庵にて述べた随筆。 金換和歌集 源実朝 力強く格調高い万葉調の歌集。約七百首。 平家物語 不詳 平家滅亡を琵琶法師が語り継いだ軍記物。 今日物語 不詳 仏教、世俗関係の事柄を集めた説話集。 小@ 回く 藤原定家 それまでの百人の秀歌を一首ずつ集めた歌集。 吉田兼好 批評精神を根底にした二四三段からなる随筆。 庶民にまで親しまれた短編物語集。 世阿弥 猿能楽の秘伝としての芸術論。 あR v ん vドマ 安楽庵策伝 近世笑話文学の最初のもの。 井原西鶴 文学的に内容豊かな『浮世草子』、町人物の第一作 |井原西鶴 町人の生活を赤裸々に描写した町人物。 s 松尾芭蕉 奥州から北陸を経て大垣に至る紀行文。 世話物 近松門左衛門 町人社会に題材を取った。(浄瑠璃心中物の作品) 伝奇小説 上田秋成 中国や日本の話をもとにした怪奇物。 = のりな 本居宣長 作者 の人生観、文学観を述べた随筆。全十五巻。 東海道中膝栗毛 r マしゃいv 十図|R 滑稽本、弥次、喜多で親しまれている。 南貌里兄にだ伝 滝沢馬琴 読本。全九十八巻のわが国最大の伝奇小説。 ん ん

解決済み 回答数: 0
1/2