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歴史 中学生

(2)合っていますか?

冬期・S (三重県公立改) 次の略年表と資料1・2を見て,あとの問いに答えよ。 略年表 資料2 資料 1 時代 江戸時代 明治時代 大正時代 昭和時代 サンフランシスコ平和・・・ 条約を結ぶ ・ポツダム宣言を受諾する ・ベルサイユ条約を結ぶ・・・・・・・・・ ・ポーツマス条約を結ぶ…………… ・下関条約を結ぶ・ ・日米修好通商条約を結ぶ・・・ ・日米和親条約を結ぶ・・・・・・・・・ 日本のおもなできごと D ・B A (3) ・日中平和友好条約を結ぶ E 部で には この (資料) 外国の艦隊による長州の 下関砲台占領 など F 国道 い □ (1) 略年表中の①と②について、 ①によって燃料などを供給するために開かれた港は二つあるが,そのうち一 その後の②によって,あらためて自由な貿易を行うために開かれた。その港はどれか。次のア~エの 中から1つ選び, 記号で答えよ。 ア 函館 イ 長崎 ウ 下田 エ 新潟 21 [ア] □3 (2) 略年表中の②について ②のあと, 開国に対する反感から攘夷論が高まり,幕府は攘夷の命令を全国に出 した。これを受けて,長州藩は,外国船を砲撃したが,その翌年、 資料1のできごとが起きた。このできご とのあと、長州藩の動きはどのように変わっていったか。 「薩摩藩」という語句を用いて述べよ。 [外国の勢力に圧倒されたため、薩摩藩と同盟を結び、幕府を倒す動書 ] 略年表中の③について,この条約を結んだ講和会議では民族自油の多さ 変わっていった。 ]

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地理 中学生

(1 )なぜ、🟥が、外国からの移民が多いになるのでしょうか? (2)もなぜ回答のようになるのですか?

地図 赤道 (1) 表1は、、、 インド、イギリスの、1970年、1990年、2010年における人口と、1985~ 2005 ~ 1990年と 2010年における自然増加率(出生率から死亡率を引いた数)を示している。 表1から、囚と回の 人口増加の理由には、インドの人口増加の主な理由とは異なる理由があると考えられる。AとBの人口 増加の理由を、AとBが国家として形成されてきた過程に着目して、簡単に書きなさい。 表 1 している 自然増加率 (%) 人口 (万人) 1970年 1990年 2010年 1985~ 2005 1990年 2010年 A 1,279 1,696 2,216 IVJ 7.6 5.9 B 20,951 25,212 30,901 6.3 6.4 インド 55,519 87,328 123,428 イギリス 5,557 5,713 20.7 14.5 6,346 1.5 2.3 注1 「世界の統計 2020」 などにより作成 注2‰ (パーミル) は、 千分率のこと。 1‰は1000分の1。 (2)表2は、2019年における、A、B、 インド、イギリ スの、小麦の生産量、 輸入量、 輸出量、 自給率を示し ている。 表2から、AやBと、インドやイギリスでは、 小麦を生産する主な目的が異なっていると考えられる。 表2から考えられる、AとBで小麦を生産する主な目 的を、AとBで行われている大規模な農業による小麦 の生産費への影響に関連づけて、 簡単に書きなさい。 (2) 「大規模な 表2 生産量 輸入量 輸出量 自給率 (万t) (万t) (万t) (%) 1,760 80 988 204 B インド 5,226 482 2,847 175 10, 360 4 67 109 イギリス 1,623 121 102 99 注 「世界国勢図会2022/23」などにより作成

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