数学 中学生 2年弱前 1秒間あたりに進む距離(速さ)について。 例えば、20秒で100m進む場合、1秒が20回で100m進むから、100÷20をすれば、1秒で5m進むとわかります。 他にも、2秒で30mの場合、1秒あたり15m進むなど。 しかし、少数の場合、感覚的に理解できません。 0.2秒で... 続きを読む 未解決 回答数: 1
数学 中学生 2年以上前 ウのところが、よく分からないため教えてください🙇♀️ (3) xの値が1から3まで増加するときの変化の割合が等しくなる関数が 次のア~エの中に1組ある。 その組はどれとどれか,ア~エから2つ選 び, 記号を書きなさい。 (3点) ア イ I y=4x+1 6 y=- IC y=-2x+1 y=2x2 答 と 未解決 回答数: 1
数学 中学生 3年弱前 助けてください‼️‼️ 箱ひげ図で、第一四分位数、第二、第三ってあるじゃないですか〜その第一とか第二が大きかったり小さかったりするとデータってどうなるんですか?データのばらつきが大きくなるんですか?マジでわからないです( ; ; ) 未解決 回答数: 1
数学 中学生 約3年前 解説お願いします! えなさい わたしたちを揺さぶり動かす力をもちつづけてきた映像の世界が、ここにきて急速に、デジタル映像の世界へ 変わってきました。そのデジタル映像への転換は、思いがけないことに、いままで映像が日常的につくってきた、 わたしたちの物の見方、感じ方、考え方を変えていく方向を指しているように、わたしには思えます。 映像の世界にデジタル技術が導いたのは、驚くほどの大画面と、驚くほど精緻な映像がもたらした、新たな「風 景」の発見です。遠くの遠くまでも、細部の細部までも、きわめて鮮明な映像が感得させるのは、これまではずっと、 背景でしかなかった「風景」こそが、実はこの世界の主人公であるということです。 おおざっぱ 映像がわたしたちの物の見方、感じ方、考え方を動かすようになったのは、大雑把に言えば、二十世紀の百年 の時代です。モノクロからカラーへ、写真、映画、テレビ、ビデオとつづいてきた、アナログによる映像の世界 において、主人公だったのは、有名無名を問わずつねに人であり、人間が世界の主人公でした。 もっぱら人が世界の主人公としてとらえられてきた時代は、逆に言えば、人もまた「風景」の一部にほかなら ないということが忘れられてきた、そういう時代でもあります。そうしてそれは、アナログによる映像の世界で、 極端なまでに凝縮した部分に雄弁に語らせる、クローズアップという手法が多用されてきた、そういう時代です。 クローズアップされた人の映像は、ぬきさしならないほどわたしたちの物の見方、感じ方、考え方に影響をあ たえてきました。 ニュースでも、ドラマでも、映画でも、スポーツでも、あるいはごく個人的な写真やビデオでも、 まず求められてきたのは、つねに効果的なクローズアップの映像であり、忘れがたいクローズアップの映像が、 わたしたちの物の見方、感じ方、考え方にのこした影響は少なくありません。 そのクローズアップの魔術は、しかし、遠くの遠くまでも細部の細部までもきわめて鮮明なデジタルの映像で は、すでに全能ではなくなってきているのではないでしょうか。 クローズアップではなく、その逆に、たとえば空撮のように、「風景」全体をイッキョにとらえるときにもっ とも効果的な映像を、デジタル映像はもたらします。 そうして、「風景」 に対しての、広がりをもったきわめて 鮮明な感覚をよびさます力を、デジタル映像の視覚は秘めています。 まなざ 全体と細部を、同時に見わたすような、「風景」に対しての、広がりをもった鮮明な感覚をよびさますというのは、 しかし、実は、新しい技術の魔術というものなどではなくて、むしろ「風景」への眼差しを遠ざけてきたクロー ズアップの時代以前の視覚を、原初的なまなざしというものを、いまここに取り戻してゆくということだと、わ たし自身は思っています。 (長田弘「なつかしい時間」による) おさだ ひろし (注) ○ 精緻=きわめてくわしく細かいこと。 ○ 空撮 =空中から地上を撮影すること。 回答募集中 回答数: 0
数学 中学生 約3年前 解説お願いします! えなさい わたしたちを揺さぶり動かす力をもちつづけてきた映像の世界が、ここにきて急速に、デジタル映像の世界へ 変わってきました。そのデジタル映像への転換は、思いがけないことに、いままで映像が日常的につくってきた、 わたしたちの物の見方、感じ方、考え方を変えていく方向を指しているように、わたしには思えます。 映像の世界にデジタル技術が導いたのは、驚くほどの大画面と、驚くほど精緻な映像がもたらした、新たな「風 景」の発見です。遠くの遠くまでも、細部の細部までも、きわめて鮮明な映像が感得させるのは、これまではずっと、 背景でしかなかった「風景」こそが、実はこの世界の主人公であるということです。 おおざっぱ 映像がわたしたちの物の見方、感じ方、考え方を動かすようになったのは、大雑把に言えば、二十世紀の百年 の時代です。モノクロからカラーへ、写真、映画、テレビ、ビデオとつづいてきた、アナログによる映像の世界 において、主人公だったのは、有名無名を問わずつねに人であり、人間が世界の主人公でした。 もっぱら人が世界の主人公としてとらえられてきた時代は、逆に言えば、人もまた「風景」の一部にほかなら ないということが忘れられてきた、そういう時代でもあります。そうしてそれは、アナログによる映像の世界で、 極端なまでに凝縮した部分に雄弁に語らせる、クローズアップという手法が多用されてきた、そういう時代です。 クローズアップされた人の映像は、ぬきさしならないほどわたしたちの物の見方、感じ方、考え方に影響をあ たえてきました。 ニュースでも、ドラマでも、映画でも、スポーツでも、あるいはごく個人的な写真やビデオでも、 まず求められてきたのは、つねに効果的なクローズアップの映像であり、忘れがたいクローズアップの映像が、 わたしたちの物の見方、感じ方、考え方にのこした影響は少なくありません。 そのクローズアップの魔術は、しかし、遠くの遠くまでも細部の細部までもきわめて鮮明なデジタルの映像で は、すでに全能ではなくなってきているのではないでしょうか。 クローズアップではなく、その逆に、たとえば空撮のように、「風景」全体をイッキョにとらえるときにもっ とも効果的な映像を、デジタル映像はもたらします。 そうして、「風景」 に対しての、広がりをもったきわめて 鮮明な感覚をよびさます力を、デジタル映像の視覚は秘めています。 まなざ 全体と細部を、同時に見わたすような、「風景」に対しての、広がりをもった鮮明な感覚をよびさますというのは、 しかし、実は、新しい技術の魔術というものなどではなくて、むしろ「風景」への眼差しを遠ざけてきたクロー ズアップの時代以前の視覚を、原初的なまなざしというものを、いまここに取り戻してゆくということだと、わ たし自身は思っています。 (長田弘「なつかしい時間」による) おさだ ひろし (注) ○ 精緻=きわめてくわしく細かいこと。 ○ 空撮 =空中から地上を撮影すること。 回答募集中 回答数: 0