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分·標準25分
クラス へ
そして、わたしは、そういう密室の交換がこれからの家庭ではたいへ
んだいじなことであるような気がする。
人間がことばで表現できるものは、きわめてかぎられている、と哲学.
Sや
者はいう。それは家族のなかの人間関係についても真実だ。夫婦、親子じ
毎日顔をつきあわせておしゃべりは果てしなくつづけられているけれど
も、それによって、はたしてお互いがどれだけ「理解」しあっているか
3%
は、わからない。相手の心の深い部分が、どんな構造になっているのか
は、ほんとうに、見当がつかないのである。
7 その見当のつかない部分を知ることはできないし、また、知る必要も
蒙族
ない。「個人」どうしのつきあいというのは、そういうものなのだ。 しかし、一
はな
もしも、その心の奥深い部分をつくっているもののひとつが書物である
とするならば、まえにのべたような理由によって、お互いの書物を交換
することが家庭のなかで考えられてもよいのではないか。
ンS
8 書物を交換する、というのは、じぶんの体験した異質の世界を見せあう
ということである。そして、だれにでも経験のあることだろうが、自分
回と
が読んでみて、ほんとうにいい本だ、と思った本は、ひとにも読ませた
J
くなるものだ。読んでいるあいだは、完全にじぶんだけの世界だが、そ
の世界に、じぶんの親しいひとをひきずりこんで経験を共有したくなる
のである。そういう経験の交換が、家族のそれぞれの読書生活のなかで
おこなわれるのは、すばらしいことだ。
9 ひとの日記や私信を読むのは失礼なことだ。だが、書物は、いっぽう
で私的でありながら、他方では共有のゆるされるものである。夫婦のあ
いだで、あるいは親子のあいだで、お互いの本をとりかえて読むことで
家族は個人を尊重しながら、相互のより深い理解への道をあゆむことが
VS
できるかもしれない。
(加藤秀俊「暮しの思想」による)
6 文章中に お互いの本をとりかえて読むことで、家族は個人を尊重-
ながら、相互のより深い理解への道をあゆむことができるかもしれない
とあるが、このようにいえるのはなぜか。次の文の一
]に入るように、
「世界」「経験」ということばを用いて、二十五字以上、三十字以内(句
読点も字数に教数える)で普け。
お互いの本をとりかえて読むことで、
ことになるから。
しさんだけの世界に熱しsかとをひサ、ず り
こkて径取を共有す3
E この文章の内容と合っているものを、次のア~エのうちから一つ選び、
性
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