英語
高校生
解決済み

仮定法
もう少し安ければ、このコートを買うのになあ。
もう少し背が高ければ、棚のコップに届くのに。
という二つの文で、助動詞が異なる理由がわかりません。wouldでもcouldでもどちらでも良いような気がします。
(解答 上の文→would 下の文→could)

回答

✨ ベストアンサー ✨

この表現に関する日本語と英語の違いです

コートを買う は
買う/買わない は
本人の意思で行う動作ですよね。
だから買う/買わない 以下に
買えるか買えないかを考えないといけない
買う/買わないと買える/買えないは、別の話

棚のコップに(手が?)届く の方は
日本語では、
手が届くのか/届かないのか
というのは、そうする意思があるかないかじゃなくて
結果としてどうだったのかを表してますよね。
つまり、主語の意志とか能力とかも全部含んでいて
結果として 届く/届かない
の二択。

で、多分、棚のコップに手が届くのに、は英語では
reachっていう動詞を使うと思うけど
英語のreachは、日本語で言うと「買う」っていうのと同じ使い方をするんです。
つまり
reachするか/しないか は本人の意志動作で
reach できるか/できないか はまた別の話なので
reachできる、とか
reachしたくてもできない というときは
canとかcouldとか、
可能の意味の助動詞を使う必要があるんです。

ののののの

だから買う/買わない 以下に

だから買う/買わない 以外に

誤字ったすみません

回答ありがとうございます。
質問のコートの文で、 買えるか買えないか を考えると買えないになると思いますが 買えない だとcould になりませんか?

ののののの

そうです。wouldかcouldかだったら
buyも日本語の「買う」も、本人の意志でそれをやるので
買う買わないはwouldだし、買える買えないはcouldです。

reach・「手が届く」はそこにズレがあるんです。
reachはbuyと同じようにwould・could使い分けるけど
「(手が)届く」の場合、この表現自体に
「取る【ことができる】」「触る【ことができる】」の意味も含まれるでしょ?
「棚の上のコップを取ることができたし、実際そのようにした」っていうふうに両方の意味を含んでいるじゃないですか。
だからこの日本語が特殊なんです。
英語の場合reachの使い方は英語の他の動詞となんら変わりないのです。

ののののの

ここから先は余計な話だと思うから
流し読みしてください。

そもそも「手が届く」って日本語は、
慣用句ですよね…?

「私は棚の上のコップに手が届いた」って
英語で書くと
主語がIで、I could reach〜と言うと思うけど
日本語だと
(私は)は修飾語で
【手が+届いた】が主語動詞ですよね。

「私は」っていうのは主語ではない。
「は」は主語を作る働きがある助詞でないから。
「私が」だったら主語になる。
あくまで言葉のしくみとしてはそうです。

ただし実際の動作を考えると、
[手を届かせる]動作をしているのは「私」ですよね。
当然のことですが。
つまり日本語だと言葉と実際の動作にズレがある。

英語の場合reachっていうのは
[手を届かせる]動作
のことを言ってて
私が(動作主)+ 手を届かせる ことができた
というのを I could reach って言ってます。

ところが日本語では同じことを表すのに
言葉と実際の動作にズレがある。
手を 届かせる と言うべきところを
手が 届いた  と言ってる。
【手が届いた】 っていうふうに
自動詞的に言ってるんです。

だから日本語の方が特殊なんですよ。
手が勝手に動いて棚の上のコップにふれたら、
ホラーでしょ。
だけど日本語では、慣用的にこういう言い方をする。
慣用句だと言ったのはこういうことです。

質問では「【手が】届いた」とは書いてません
って反論があるかもしれないけど

でも、「手が」ではないと言うなら
「私が」ってことになると思うけど
それもちょっと変ですよね。
「私が 棚の上のコップに 届いた」
だと、
私の身体がニョキニョキ伸びたみたいに感じません?

「私は 棚の上のコップに 届いた」
というときは
私が 棚の上のコップに向かって手を伸ばして
その手を コップを触れたり掴んだりする高さまで
伸ばすことができた
ということをまとめて言ってる。

だから「届いた」という動詞を使うなら
「私は 棚の上のコップに (手が)届いた」
ってことですよね。
日本語は英語と違って主語を省略することができますから、こういうことがおきます。

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