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数学 高校生

この問題で、往復する区間とその前までの区間で分けて面積を引くという方針で解答はやっているのですが、そうするとX1つに対しYの値が2つ出る部分があって、その区間ではYの値が1つに定まらないから面積は求められなくないですか?

252 重要 例題 160 媒介変数表示の曲線と面積 (2) 200000 媒介変数 t によって, x=2cost-cos2t, y=2sint-sin2t (0≦t≦) と表される右図の曲線と x軸で囲まれた図形の面積Sを求めよ。 YA 76130 基本 16 CHART & SOLUTION 基本例題 156では,tの変化に伴ってxは常に増加したが, この問題ではの変化が単調でないところがある。 y 12 右の図のように, t=0 のときの点をA, x座標が最大とな S る点を B (t=t で x 座標が最大値 x=x になるとする),C t=πのときの点をCとする。 A B -3 0 1 A I この問題では点Bを境目としてxが増加から減少に変わり, x軸方向について見たときに曲線が往復する区間がある。 したがって, 曲線 AB を y, 曲線 BC を とすると, 求め る面積Sは t=0 0-to 曲線が往復 している区間 S=Sdx-vidx と表される。 よって、xの値の増減を調べ, x座標が最大となるときのtの値を求めてSの式を立てる。 また,定積分の計算は、置換積分法によりxの積分からtの積分に直して計算するとよい。 x203- y=2sint-sin2t=2sint-2sintcost 図から,0≦t≦では常に y≥0 また =2sint(1-cost) よって, y=0 とすると sint=0 または cost=1 0≤t≤ 5 t=0, π 次に, x=2cost-cos 2t から dx =-2sint+2sin2t dt loga nia) inf strのとき sint≧0, cost ≦1 から y=2sint(1-cost)≧0 としても,y≧0 がわかる。 =-2sint+2(2sint cost) L 30 =2sint(2cost-1) 0<t<πにおいて dx = 0 とすると, sint>0で dt あるから t 0 cost=- ゆえに t=" dx + よって、xの値の増減は右の表のようになる。 x 3 1

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作文 高校生

ファイルの文章を200字で要約しました。 「著者は最近子どもを見ると、子どもたちの老いた姿まで想像し、ろくなものにはなるまいという思いが浮かぶという。特に小学生の低学年くらいの子どもはあどけなさが薄れ、個人というものが現れてくるため、一番無残に思えると述べている。その... 続きを読む

子供の未来 最近、無残に見えてしまうものがある。 子供たちの未来である。 自分が子供であったころはもちろん、若いころも、子供は好きではなかった。 子供を見るま なざしにも、はたから見れば、ずいぶんと冷ややかなものがあったと思う。 同い年ぐらいの女 の人が華やいだ声をあげ赤ん坊を取り囲むのを見ると、その女の人も不快なら、 それを不快に 思う自分も不快であった。だが、今はちがう。邪魔されない限り、可愛いと思えるようになっ た。赤ん坊から思春期ぐらいまで色気や自意識が春に木の芽が吹くように出てきてしまう まで、みなそれぞれの段階で可愛いと思う。 子供がいるとその姿を目で追い、自然に微笑むよ うになったし、自分でも驚くほど、女らしい、黄色い声をあげたりすることもある。それでい ながら、 どこかでいよいよ子供を見るまなざしが冷たくなってしまったのである。 小学 校の低学年ぐらいの子を前にしての話である。 私の住むマンションから駅まで行く途中に小学校がある。 午後早くに出かけると低学年生の 下校時に通う。女の子はよく二人づつ並んで歩き、細い首をかしげて小声で何やら熱心に話し ている。 手をつないでいるのもいる。男の子はもっと大人数で、声高で、しかも、歩くという よりも、めまぐるしく左右前後に動きながら移動している。私のおぐらいまでの背しかない のに、「おれがよう」「おまえがよう」と生意気な口をきいている。そんな光景に出会うと、知 らず知らずのうちに口元がゆるむ。 実際、栄養が行き渡った親から生まれ、兄弟も少なく大事 にされて育ったせいであろうか、私の小さいころであったら美男美女のたぐいに入る子ばかり がぞろぞろと歩いている。 少子化という日本国家の深刻な問題に思いをめぐらせれば、宝物が 目の前をぞろぞろと歩いているような有難ささえある。それでいて、折にふれては、ふいに、 寒々しい思いに捉えられるのである。 赤ん坊から幼稚園に上がるぐらいまでは、天から与えられた「あどけなさ」というのが、乳 色ののように子供をぼんやりと包み、それが救いとなる。だがやがて、その「あどけなさ」 のは薄れ、個人というものが形を出してくる。 思春期も半ばになれば、それはもう隠しおお せない輪郭をもってごつごつと現れてくる。 私には、小学校の低学年の、ちょうどその個人が おそるおそる形を出してくる時期が、一番無残に思えるのである。 私が教育を受けた時代は、 子供に未来を見いだすのがあたりまえの時代であった。 そして、 未来を見いだすというのは、社会のありかたによって、すべての子供をいくらでも伸ばせると 考えることでもあった。 113 子供の未来

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