渚の院(「奈良絵本伊勢物語」)
山
申す親王おはしま
文徳天皇
しけり。山崎のあ
ャ
DAAS4-しふさ
なたに、水無瀬と
藤原良房-
いふ所に宮ありけ
準細器H 111 ペ,
り。年ごとの桜の
方の縁で、在原業平
2 山崎 京都府乙訓郡
3水無瀬 大阪府三自
花盛りには、その
宮へなむおはしま
しける。その時、
4 右の馬頭 右馬寮
在原業平をさす。
四十一歳で任じら
す
うまのかみ
右の馬頭なりける
人を、つねに率て
馬に関することを
おはしましけり。
左右二つある。
JM」も
時世経て人しくな
りにければ、その人の名忘れにけり。狩りはねむごろにもせで、酒をのみ飲」
みつつ、やまと歌にかかれりけり。今狩りする交野の渚の家、その院の桜、
6かたの
ことにおもしろし。その木のもとに下りゐて、枝を折りて、かざしに挿して、
やまと歌にかかれり
かみ
なか
上·中·下、みな歌よみけり。馬頭なりける人のよめる。
に専念していた。
6交野大阪府枚方市の
狩りの名所だった。