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質問の種類

数学 中学生

よく分からないので、解説お願いします🙇‍♀️ aを何としているのでしょうか?

〔4〕 ヒナさんの家は飲食店を経営していて, 2種類のカレーを販売している。 右の表1 は、カレーの種類と, それぞれのカレー1 皿に使うスパイスAとスパイスBの量を示 したものである。 このとき, 次の(1),(2)の 問いに答えなさい。 表1 カレーの種類 スパイスA(g) 甘口カレー スパイスB(g) 12 3 辛口カレー 8 a 15 (1) ヒナさんは,ある日のスパイス A の使用量と売れたカレーの数を調べた。 スパイスAは176g 使用され, 売れた辛口カレーの数は,甘口カレーより7皿多かった。 このとき, 売れた甘口カレ ーと辛口カレーの数はそれぞれ何皿か, 求めなさい。 20/b (2) 次の文は,ヒナさんが,カレーの販売数と利益について, レオさんに相談している会話の一部 である。 この文を読んで, あとの①~③の問いに答えなさい。 ヒナ: T スパイスAを600g, スパイスBを750g 仕入れたんだけど, スパイスを使い 切って,できるだけ利益が大きくなるようにカレーを売るには甘口カレーと辛口カレ ーを何皿ずつ売ればいいかな。 レオ: それぞれのカレー1皿あたりの利益は何円くらいなんだい。 ヒナカレーを1皿売ったときの利益を右の表2にまと 表2 めたよ。 辛口カレーは甘口カレーと比べて,スパイ スBをとても多く使うから、 1皿あたりの利益は小 さくなっているんだよね。 カレーの種類 利益(円) 甘口カレー 300 辛口カレー 220 レオ: それなら甘口カレーだけを売ったらいいんじゃないかな。 スパイスAが600g, ス パイスBが750g あるなら, スパイスAを使い切って甘口カレーだけを売ると, 甘口 カレーは ア 皿売ることができるよ。 ヒナ: 甘口カレー2皿のかわりに, 辛口カレーを3皿売ると,スパイス Aの量が同じで, 利益が大きくなるから, 辛口カレーも売ったほうがいいんじゃないかな。 レオ: たしかにそうだね。 辛口カレーを34 皿売るとすると, 甘口カレーは (イ)皿売 ることができるね。 ヒナ:そうだね。あとはスパイスBの合計の量が750gを超えないように考えていけば,利 益がもっとも大きくなるときがわかりそうだね。 ① アに当てはまる数を答えなさい。 ②イに当てはまる式を, a を用いて表しなさい。 ③ 下線部分1のとき, 利益の合計は何円か, 答えなさい。

解決済み 回答数: 1
英語 高校生

英作文の添削をお願いします🙏

Sento 今年の夏はラニーニャ現象 (La Niña) のせいでいつもよりずっと暑くなると聞 (1) いたので、私の部屋のエアコンをすぐに修理してもらった。もしそうしなかったら, (2) 夏休み中によく眠れず, 勉強に集中できなかっただろう。 5か月後に入試があるので 夏にたくさん勉強できてよかった。 avsidos of alds 英語はもともとイギリスの言語だが,今や世界中で使われていると言っていい。 (1F そのため現代のイギリス人は、自分たちの使っている言葉が由緒正しい英語だと考えly るかもしれない。しかし、必ずしもそうではない。古い言葉の使い方や発音が,遠 (2)- く離れたアメリカで残っていることも多いのだ。 これは, 17 18世紀ごろの英語が それを使う人とともに新大陸に渡り、一部がそこで保存された結果である。 最近は健康を維持するため出勤前にスポーツジムに通う人が多くいる。 仕事前に (1) ひと汗かいて気分をリフレッシュすれば仕事もはかどるのだろう。でも、私の健康法 はそれとは違っている。 普段からできるだけ歩くようにしていて、エスカレーターや エレベーターを使わずに階段を使っている。 運動する時間を計画的にとらなくて (2) も、日常生活の中で体を動かす機会はいくらでもあるものだ。 (1) Vanilion flat badan) nem erit Jammugne auoise 私たちは、学校や職場でストレスの多い毎日を送っています。 忙しくなると、つ い不健康な食生活に陥りがちですが、 適切な栄養をとることがストレス解消につなが ることは多くの研究からわかっています。例えば、クルミ (walnut) を食べると「幸 「ホルモン」と呼ばれるセロトニンが体内で分泌されます。一掴みのクルミをおや つに食べれば、心身ともに健康になる効果が期待できそうです。 (2)

解決済み 回答数: 2
国語 中学生

国語の問題です🙌🏻 問4、5、6、7、の解答をお願いします🙇 また、問6「言葉と思考の二極化の時代。」、問7「次の思考が始まること。」という解答は適切ですか?

たち。 四 次の文章を読んで、あとの問いに答えなさい。 新聞で毎日、誰かの言葉の一節を紹介するコラムを担当するよ うになって、ずいぶんたつ。 引用する一節を探して、日々、言 葉の森をうろついていると、たまに言葉の貯金が増えてうれしく なることもあるが、たいていは乏しくなった米びつの底をさらう ときのような心細い気持ちでいる。 そういう思いとは別に、このところ言葉を選ぶことそれ自体が しんどくなる日がある。戦争、感染症、災害、貧困、権勢の不正 と、気の塞ぐような記事と同じ紙面に並んで掲載されることも増 え、ふと頬が緩むような言葉、気を取り直せるような言葉を取り 上げにくいということもある。だが、それ以上に、②言葉そのも のの惨状にめげそうになっている。 言葉がまるでうぶ毛をなくしたかのように、むき出しで人にぶ つかるようになった。 言葉が、露骨な差別や捨てぜりふ、居直り として礫のように投げつけられたり、アリバイや言い逃れ、時に 隠れみのとして巧みに操られたりする場面に、路上で、報道で、 頻繁に触れる。 同じことの裏返しともいえようが、言葉が現実の前でうなだれ 逆の光景もよく目にする。声を上げたところで何も変わらな い、聞いてももらえないと、言葉の無力に打ちひしがれ、口をつ ぐんでしまう人。 言葉に何かを託すことをあらかじめ断念した人 言葉の暴力と無力。 言葉の横暴と言葉の喪失。 一方に言葉であ おる人たちがいて、もう一方に言葉の前で身をひく人たちがい る。言葉が両端に裂かれ、イエスかノーか、オール・オア・ナッ シングといった、両極端な形でしか出てこない。 私たちはさまざまな言葉に取り囲まれている。 本気で何かを訴 える、どうしても相手に届いてほしいという切実な思いから発せ られるものばかりではない。漠然とした不安のためか、絶えずし ゃべりまくる、書き込みをしまくる、時にはため息すら送ってし まう、そんな言葉もあふれるほどある。 そしてSNSの普及によ って、そうした傾向はいよいよエスカレートしてきている。 受け 取る側も、自分に向けられた言葉に反射的にメッセージを返して しまう。言葉をいったんのみ込んで、口ごもり、自分なりにその 言葉と折り合いをつけようとする、そんなプロセスを経て言葉を 返すということがない。 私たちは、言葉が音として届けば、あるいは文字として送られ れば、言葉が伝わったかのような錯覚に陥りやすい。 「わかり合 う」「通じ合う」「触れ合う」、そんな安易な言葉の洪水が、わか ってくれて当然という甘えを生み、さらに言葉を通じにくくさせ ている。理解してほしいという気持ちが高じてくると、理解して もらえないときにはその反動で、「キレる」「ムカつく」といった 荒々しい言葉が投げつけられる。 しかし、言葉は単なるメッセージの媒体なのではない。言葉に は言いたいこと(言葉の意味)だけでなく、酔いたいという気持 ちも含まれている。 それは「③言葉の肌理」 となって現れる。 対 話の場でふと何かが腑に落ちるとき、私たちは語りの整合性や合 理的根拠によってではなく、むしろその感触や肌理、口調や声に よって、相手が本当に言いたい何かに気づかされることが多い。 言葉の背景にある体温や手応えに、どれだけ想像力を向けられる かなのだろう。 それがないと、言葉の意味だけをむき出しのまま ぶつけ合うだけになる。 わかりやすさや反応の速さが求められる時代、 大量の言葉を前 に、じっくり言葉と向き合い思考する時間も、吟味して言葉を選 ぶ心の余裕もなくなっている。 社会に、隙間という意味での「あ 「そび」がなくなってきている。 短絡的な言葉で片づけようとして 7

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