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物理 高校生

黄色線なのですが、ここでの保存則とは運動量保存則ですか?またQ上の人とは相対速度を考えるときに意識するだけで他にもQについて考えなければならないこととかあるのですか?黄色線の文全体の解説をいただけると嬉しいです。衝突後の速度差=-e*(衝突前の速度差)、これは運動量保存則で... 続きを読む

(1)e=0 (2)e= e=1/2 79 なめらかな床上に, 質量Mの板が, ばね定数k 一のばねで結ばれて置かれている。質量m ( <M/2) の物体が速さで板に当たるとき, ばねの縮みの 最大値はいくらか。衝突は瞬間的とする。 64 力学 ヨット 等質量の弾性衝突では,速度が入れ替わる。 78の答えが出たら,M=mとしてみると分 かる。たとえば,Qがはじめ静止していると, 衝突してきたPが止まり, Q が で動き出 すことになる。 ↓ 伴うことが運動量保存則、御父 ← 非弾性力学的エネルギー弾性復、分裂(大事なし 分裂(あり) 解 (1) P がばねを押し縮めると同時に,Qは ばねに押されて動き出す。 ばねが最も縮 VI 運動量 65 (止まった) んだときとは, Q から見て接近してくる Pが一瞬静止したときでもある。 相対速度 0 つまり、相対速度が0となるときだ。 し たがって,このときQの速度もである。 Qから見た Pの運動 P.Qの速度は同じ M. m Vo Imam 運動量保存則より mv=mv+Mv m v= m+Mvo の場合について求めよ。 トク 2物体が動いているとき, "最もは相対速度に着目 保存則の威力 しかし、保存則は運動方程式を超えた力を秘めている。 たとえば, 滑らかな 力学的エネルギー保存則, 運動量保存則とも運動方程式に立脚している。 (2) 力学的エネルギー保存則より りっきゃく 11/11/12m+1/+12 -kl² 2 一体となっては、e=1. . l=vok(m+M) mM 曲面をすべり降りたときの物体の速さや, 衝突の問題では運動方程式を用い ても事実上解けない。ただ,保存則には適用条件があることは常に意識して おかねばならない。 摩擦抵抗なし(保存力以外の力の仕事= 0) 力学的エネルギー保存則 衝突・分裂(物体系について外力=0) 運動量保存則 力学的エネルギー保存則は仕事を, 運動量保存則は力を条件にしていると いう違いがある。 両者はまったく独立な法則であるが, 両立することもあり、 連立的に解くタイプは概して難問となる。 が, パターンを心得ていれば, 取 扱いはむしろ一本調子だ。 猛犬を手なずけて忠犬としてしまおう。 EX 滑らかな水平面上に質量Mの球Qがばね定 P 数kのばねを付けられた状態で置かれている。 左から質量mの球Pが速度v で進んできた。 Vo m k Q mmmM (1) ばねが最も縮んだときのPの速度vを求めよ。 (2) ばねの縮みの最大値を求めよ。 (3)やがてPはばねから離れた。 Pの速度を求めよ。 ちょっと一言 ここでQ上の人に保存則まで用いさせてはいけない。 保存則や 運動方程式は静止系 (あるいは慣性系)で用いるべきもの。 ただし,次章で扱う慣性力の効果まで考慮すれば, 加速度系で用 いることもできる。 (3) Qの速度をひとすると 運動量保存則より mv=mu+MU ....・・・① ばねは自然長に戻っているから, 力学的エネルギー保存則より 1/12mo=1/2mu2+1/2MU2 "= Uを消去して整理すると ......② (m+M)u2-2mvou+(m-M)vo2 = 0 2次方程式の解の公式より m±M u= Vo .. u=. m-M m+M m+M u=vo とすると, ① より U=0 となって不適 (ばねに押されたQは右へ動 いているはず) High (3) は P, Qがばねを介して緩やかな衝突をした後と見てもよい。 エネル ギーを失わない弾性衝突だから, e=1の式 u-U(vo-0) を②の 代わりに用いるとずっと速く解ける。

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古文 高校生

この文章なのですが、現代語訳には納得しましたが結局何が言いたい文章なのか分かりません。宰相殿は姫君が悪いことをしたと一寸法師の策略により勘違いしていて…でもそれが勘違いだとは気づいていないのにも関わらず姫君を連れ戻そうとしているのですよね…?そこの因果が分からなくて…

吹き出し 展開図 <各1点〉 18 一寸法師の策略 おとぎざうし 御伽草子 助詞⑤ 終助詞 専用 さいしやうど 必 ところて しょりの思ひ 一寸法師 宰相殿の姫君を見奉り ] となり、 A~ 一寸法師十六になり、背は元のままなり。さるほどに、宰相殿に、 十三にならせ給ふ姫君おはします。 御かたちすぐれ候へば、一寸法師、姫君を見奉りしぼり思ひとなり、いかにもして案を巡らし、わが女房に 体 うちまき ちやふくろ はかりことを巡らす 宰相殿 大きに怒らせ給ふ A いかにも失ふべしとて、一寸法師 せ ]と思ひ、ある時、き物の打撒取り、茶袋に入れ、姫君の臥しておはしけるに、はかりことを巡 ○法師は に仰せつけらる 一寸法師 心のうちに⑩ [ Ž A らし、姫君の御口に塗り、さて茶袋ばかり持ちて泣きゐたり。宰相殿御覧じて、御尋ねありければ、 通 の、わらはがこのほど取り集めて置き候ふ打撒を、取らせ給ひ御参り候ふ」と申せば、宰相殿大きに怒らせ 辛相殿は 「姫君 比 BE 給ひければ、案のごとく姫君の御口につきてあり。誠に偽りならず、かかる者を都に置きて何かせん、いか 姫君に 使用 にも失ふべしとて、一寸法師に仰せつけらる。一寸法師申しけるは、「わらはが物を取ら給ひて候ふほど 過体 ふぜい に、とにかくにもはからひ候へとありけり」とて、心のうちにうれしく思ふこと限りなし。 姫君はただ夢の ✓君は 心地して、あきれててぞおはしける。一寸法師、 I 一」とすすめ申せば、闇へ遠く行く風情にて、 お 都をいでて、足にまかせて歩み給ふ。御心のうち、推しはからひてこそ候へ。あらいたはしや、一寸法師は、 月 ことなれば、さしてとどめ給はず。女房たちもつき添ひ給はず。 まま 姫君を先に立ててぞいでにける。宰相殿は、あはれ、このことをとどめ給へかしとおぼしけれども、継母の *宰相殿一寸法師が都で寄宿している屋敷の主人。 *打撒神前に供える米だが、ここでは単に米のこと。 *失ふ…殺す。 死 なす。 思ふこと限りなし [姫君 闇へ遠く行く風情にて、都 をいでて歩み給ふ [宰相殿] とどめ給へかし I 継母 さしてとどめ給はず 古典常識長さの単位 現代の日本ではメートル(m)を 基準としてセンチメートル (c) やキロメートル (㎞) などで長さ を表すが、古文の世界では「尺」 という単位が長さの基準となって いた。尺より大きい単位が「間」、 小さい単位が「寸」 であり、 一間 =六尺、一尺=十寸である。 個 一寸は約〔3〕である。 [11 しゃく <1点〉 御伽草子〈小説〉 - 38

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現代文 高校生

至急!! 高校三年生の国語なんですけど全く分からないので解答と解説を求めます。 画像1→ 2→ 3の順で見てください よろしくお願いします!

ふじはらたつ 藤原辰史「食を聴く」「孤食」という社会問題 ★次の文章を読んで、後の設問に答えよ。 食文化とは、人間のすべての感覚に訴えてくる総合的文化である。 2 味覚と嗅覚は言うまでもない。 お椀の味噌汁から漂う大豆発酵の香りと、味噌汁を口につけたときに広がる濃厚な味わい。 鼻と舌と いう器官は食の舞台では主役級だ。それ以外に、視覚、触覚、聴覚も深く関わる文化であることも、容易に理解できるだろう。一皿に 載せられた食べものの色彩と配置は絵画にたとえられるし、歯ごたえや舌触りという名詞は世のグルメ本には欠かせない。二日酔いの朝、 口に含んだ味噌汁は、まだ眠っている鼻腔の細胞を挑発し、舌の真ん中あたりの痛覚をも刺激したあと、喉の上方から吸収されてい。 くように、体に浸みわたる。 ③ ただ、聴覚については、ほかの感覚と比べて、これまでほとんど掘り下げられてこなかったように思うので、ここでは食と音につい 考えてみた 食の「音」が意識されるのはどんなときだろう。私にとって真っ先に思い浮かぶ音は、せんべいを砕くあの音である。 私の職場は、定期的に研究会を運営したり参加したりして、その道のエキスパートの話を聴き、知見を蓄え、研究報告書やシンポジ ウムというかたちで社会に還元することを主な職務としている。研究会は平均四時間、場合によっては五時間に及ぶことが多いので、 発表者や参加者がおやつや飲みものを持ってくることがある。 これを休憩時に食べるのが楽しみでもあるのだが、研究発表が三時間以上続くこともたびたびあって、そのときには小腹が減ってく るので、聴きながら食べることもある。研究会中にせんべいを食べる音は、部屋全体に響きわたる(と私は恐れる)。ので、できるだけ そのゆっくりと砕かれるせんべいの音が悪目立ちしてしまう(と私は恐れる)。しまったと口 B 音を立てないように砕くのだが、 それは私の食道と胃袋を傷つけて に含んだせんべいの行き場に自信を失った私は、悩む。このまま飲み込んでしまいたい。 やまないだろう。いっそのこと高速で噛み砕いてしまおうか。噛むべきか、噛まぬべきか悩む私がふと目をあげると、目の前の参加 者が、勇猛にもせんべいを噛み砕いていることに気づく。しかも破砕音があの独特のリズムを刻んで部屋に響いている。なんと勇敢な せんべいの戦士だろう。 D 生来気の弱い私は、勇敢な戦士の放つ音に紛れるように自分の口のせんべいを食べ切ることに成功するのである。私がこの間一言も 20 漏らさぬように真剣に報告を聴いていることは、名誉のために付け加えておきたい。 総じて静かな空間は、食べる行為が音を発する行為であることを思い起こさせてくれる。 箸が茶碗に当たる音。ナイフとフォークが 皿に当たる音。蕎麦をすする音。スープをすする音。キュウリの漬物を噛む音。 レンコンを噛む音。 肉を切り分ける音、骨についた肉 をしゃぶる音。ビールが食道を通る音。 バリボリ、カツカツ、コツコツ、ズズズズズ、 ギコギコ、シャキシャキ、ゴクリ。食卓は本来 さまざまな音に囲まれている。 胎児は、あるときから子宮のなかで音が聴こえるようになるという。産婦人科医の増﨑英明はこう述べている。 「子宮の中ってめちゃ めちゃやかましいんですよ。お母さんの心臓は子宮に接してますから、おそらく、ドッコンドッコンドッコンドッコンってずーっと聞 いてたら、たまらんですよ。 ノイローゼになる」(増崎英明・最相葉月 「胎児のはなし」)。ならば、母親が食べたものが、食道を通って、 胃や腸で揉まれる音も、心臓の鼓動の合間に、羊水の振動を通じてきっと聴いているのではないか、とこの一節を読んで考えた。他者 が食べる音は、生まれたばかりの赤ちゃんが母親の心臓の近くに置かれると泣き止むように、安らぎのようなものを与えるのではないか。 3 たとえ胃腸の音が心臓音で掻き消されているとしても、心臓の鼓動は、胎児の栄養を送る音だ。私は、ともに食べることが、単に複 数で食べること以上の何かをもたらす理由として、母親の胎内にいたときの「耳の体験」があるのだと考えている。 子宮のなかで母親 と一緒に食べていること。つまり、縁食の原型である。心臓の音を聴きながら、へその緒を通じて食べていることは、ともに食べるこ との原初的なかたちではないだろうか。 実際、食べる音は、歯にせよ、舌にせよ、喉にせよ、胃袋にせよ、腸にせよ、人間の体のなかが発する音である。食べる音は、本来、3 自分が動物として生まれてきたことをそっと私たちに再確認させる音だと言える。それはもっと多彩だったはずだ。 皮のついたリンゴを丸ごとかじる音は、切られたリンゴを食べる音よりも硬質で高い響きを持つ。氷を噛み砕く音は、かき氷を食べ 音よりも低音で岩を砕くように口腔内に轟く。一本のキュウリを噛み切る音は、刻まれたキュウリを食べる音よりも折れる感じが出 ていて爽快。焼き鳥の軟骨を噛み切るときの音は、わずかに歯が滑ったあとに、心地よい野蛮さを響かせる。 喉から胃袋にかけてその 通過の感覚が残り続けるのも軟骨のうまさである。トウモロコシをかじるとき、芯から実が外れる音はユニゾンを楽しめるし、とろろ ご飯を食べる音は蕎麦やうどんをすする音と似ていて、スピード感にあふれている。 39話を料理技術にまで広げてみると、食の音はさらにヴァラエティを増す。 心地よい音に思われる度合いが高いのは、まな板の上で野 菜を刻む音だろう。野菜そのものの音に刃が板に当たる音がダブって響いてくる。ダイコンやショウガをおろす音は大地を鳴らす重低 25

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