✨ ベストアンサー ✨
まず、統制派と皇道派の目標はどちらも同じで「軍部主導」です。
では何故、目標は同じなのに派閥が別れたか。
それは『やり方』の違いです。
統制派は何もせずにこのまま悠長に待てば、いずれは軍部主導(完全な軍国主義国家)になると考えていました。上層部は下手にクーデタなどでも起こして失敗したらクビがとぶので何もしたくなかったんですね(統制派は上層部多数だから財閥や政党とはズブズブ)。なので統制派にとっては内閣や財閥がいても自分達の思い通りなら良いんです、逆にいた方がメリットがある。
しかし、それに対して青年将校達は天皇の親政により完全な軍国主義国家にしたかったわけです。それには内閣が邪魔なんですよね。
結論として、二派閥はどちらも完全な軍国主義国家を目指していたが、統制派は今あるものは全部使いたい皇道派はそもそも一から創りたい、そんな思想の違いがありました。
いえいえ、力になれたなら幸いです( 'ω' و(و"♪
2ヶ月も前の質問にお答え頂いてありがとうございます!!とても分かりやすかったです🙇
なんとなく、今と同じような構造してたんですね笑
上の人たちは行動に移さないで、下の人たちが行動するっていうところが…。
ありがとうございました😊✨