与党政権が倒れた時、その時の野党第一党、つまり一番多くの議席を持つ”野党”が元老の指名に基づいて組閣することで、当時は憲政会と立憲政友会が慣習的に政権を交互にしたのが実質的です。つまり、二大政党制です。これは犬養毅首相の暗殺まで続きます。ちなみに暗殺の原因として、当時、満州で関東軍が満州事変を起こしたことに対する反発をしたことが軍部の反感を買ったとされます。
柳条湖事件がきっかけです。柳条湖事件は当時の満州よ軍閥だった人物を列車事故に見せかけて関東軍が爆死させた事件です。
その後、盧溝橋事件により、日中戦争が始まります。盧溝橋はマルコポーロにより世界一美しい橋と称されましたが、血塗られてしまったのです。
歴史
中学生
1924年から始まった「憲政の常道」について説明していただける方いらっしゃいますか?また、その後の満州事変までの事件や中国と日本の動きを詳しく知りたいです!1つでも知っているものがあればお願いします!
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そうなんですね!わかりやすい解説ありがとうございます!