1251.5.15〜84.4.4
鎌倉中期の幕府執権。父は時頼、母は北条重時の女。相模太郎と称する。1263年〔弘長三年〕父時頼が死去し、翌年執権の北条長時が死去したため、とりあえず一門の長老北条政村が執権になり、時宗は連署となる。68年〔文永5年〕元から国書が届き、その対応を迫られるなか、執権に就任。72年には名越教時ら北条一門の反時宗派を打ちとった。74年と81年〔弘安4〕の2度にわたり元軍の襲撃をうけ、防戦の指揮にあたった。その後も警備体制の強化をはかった。82年鎌倉に円覚寺を建立し、中国からの渡来僧無学祖元を住持に招いた。
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