歴史
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解決済み

いまワークを解いてて、「豊臣秀吉が行った、武士と農民の区別を明確にする政策を何といいますか?」というもんだけが出て、答えは兵農分離なのですが、私は今まで刀狩りに、よって兵農分離がおこるのだと思っていました。兵農分離とゆう政策だったのですか?教えて頂きたいです(;_;)

回答

✨ ベストアンサー ✨

「兵農分離を進める」というのが秀吉の政策の1つです。
「兵農分離」を図るために『刀狩令』や『人掃令(百姓が武士になること、逆に武士が百姓になることを禁じる など)』という法を出したということです。

"刀狩令によって兵農分離がすすんだ"という考え方は正しいです。秀吉の思惑通りになったということですから✨

ゆりんちょさんのようにしっかり理解している方が問題を誤解しないよう、問題を作る側も気をつけていると思います。
もし「刀狩令」が答えだとしたら、「一揆を未然に防ぐために農民から武器などを没収した法は何か」といった風になると思います。

(「兵農分離」はあくまで刀狩令などによる結果論なので、ここでは少し違うのかなと思います。)

ちょっとややこしいですよね💦質問などあればぜんぜん言ってください🙏🏻💡

ええええ!むちゃわかりやすいです!!
丁寧にありがとございます(;_;)
なるほど!しっかり理解できました!!
ゆーさん!本当にありがとうございます☺️

お役に立ててよかったです😭✨ベストアンサーありがとうございます…!!

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回答

兵農分離は武士と農民の区別とか支配関係を明確にするために行った制作です
秀吉は元々農民出身で農民の恐ろしいさ(一揆を起こしたり)をわかっているので制作を多く立ち上げて支配下にしようと考えて出来たのが兵農分離です!

なるほど!兵農分離もひとつの政策なのですね!
刀狩りをしたことによって百姓が武器を持たず身分の区別がはっきりしたことを兵農分離!とゆう考え方はおかしいとゆうことであってますか!?
理解力なくてすみません(汗)

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