このプリントは、「オリエント」と呼ばれていた、今の西アジアのあたりの歴史をまとめたものです。
メソポタミア文明が栄えたこの地域には、最初はウルやウルクのような「都市国家」ができます。
これは、1つの都市が1つの国になっていて、広大な領土はありませんでした。
それらを統一したのが古バビロニア王国です。
1)では、ここまでのことが書かれていて、3)では、その続きが書かれています。
古バビロニア王国は、次の世紀にヒッタイト人(ピッタイトではありません)によって滅ぼされて、またバラバラになります。
それを統一したのがアッシリア王国です。
そして、アッシリア王国は圧政と重税を諸民族に課したので、反発されて、また分裂してしまいます。
それを統一したのがペルシャです。
…という流れです。
ここで、知っておくと良いのは、国が滅びる原因には、
1 外敵の侵入(必ずしも支配されるわけではありません。社会が混乱して滅びる)
2 内部の反発(特に違う民族を支配した場合、抵抗が激しく、滅びる)
の2つがあります(他にもありますが…)。
ここの場面で典型的なものが出てきましたが、長い歴史で、このパターンに当てはめて考えるとわかりやすいところが、たくさんあります。