日本史
高校生
解決済み

承久の乱や六波羅探題などもあって、幕府の権力がとても強かったのは、よく分かります。でも、だからといって幕府が天皇の側近を斬首(正中の変における日野資朝など)することが、なぜ可能なんですか?おそれ多いのもそうですが、御家人からの反発とか無いんですか?それとも、やはり無力化した朝廷は、武力と権力を持つ鎌倉幕府には従うしかなかったということですか?

回答

✨ ベストアンサー ✨

承久の乱によって朝廷の権威と武力が決定的に失墜し、幕府が日本国内における唯一絶対の支配権を確立したことにあります。

恐れ多いという観念は残っていたかもしれませんが、それ以上に「謀反は許されない」という武家の論理と、圧倒的な武力・権力を背景とした幕府の支配体制が優先されたため、幕府は天皇の側近すら処断することが可能でした。朝廷には実質的な抵抗手段がなく、幕府の権力に従わざるを得なかった、というのが実情です。

さきち

ありがとうございます🙇🏻🙇🏻‍♂️🙇🏻‍♀️

この回答にコメントする
疑問は解決しましたか?

この質問を見ている人は
こちらの質問も見ています😉