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何事も正当性ってのが必要です。
当時の考え方で「徳治思想」というものがあり、簡単に言うと
世の中を治める正当な人物がいたとしても、その人が徳のある政治をやらないなら誰が指導者でも、指導者の地位に相応しく無いという考えです。
鎌倉時代末期は歴史史料が皆無に近く、何が起こったのかが中々分かりにくい時代ではありますが、当時の北条氏は悪政に悪政を重ね、徳のある政治をするという正当性を欠いていた為、討幕運動が展開されるわけです。個々人の目的自体は確かにさーさんが書かれている通りですが、その根本の結びつきには北条高時やその側近の勝手気ままな「徳のない政治」があったと考えられます。