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なぜ日米安保条約を結んでいたのに日ソ共同宣言をしたのですか?

回答

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当時ソ連は絶対的独裁者であったスターリンが死に、フルシチョフが共産党第一書記となり「雪解け」と呼ばれるアメリカとの関係も少しだけ良くなっていた時期でした。
そんな時に日本の総理大臣になったのが鳩山一郎です。(鳩山由紀夫の祖父)
そして彼は自身の政治目標として「再軍備・憲法改正・自主外交」の三本柱を掲げます。
鳩山の前の総理大臣の吉田茂と鳩山は同じ政党の自由党の人間でしたが、鳩山は彼と剃りが合わず党を離党して同じく自由党内の反吉田派で日本民主党を作ります。鳩山は吉田が嫌いだったので、ある種の反骨精神でそれまで吉田がとっていた基本的にアメリカの言うことをハイハイ聞きながら、日本の要求を通していく「対米協調外交」の路線から、アメリカとは友好関係を築きつつも、アメリカの言うことだけを聞くわけではない「対米自主外交」路線へとシフトしようとするわけです。そしてその「対米自主外交」の結実とも言えるものが、この日ソ共同宣言というわけです。
アメリカとソ連の仲が丁度そこそこ良くなった時と総理大臣が反吉田派の人間だったので、日米安保があるのに日ソ共同宣言が結べたのです。

因みに何故共産主義の親玉たるソ連が先で中国は1972年なのかと言うと、台湾の存在があったからです。当時国際社会は台湾政府が中国政府であると言う認識を持っており、国連の常任理事国も台湾でした。中国共産党政府と国交正常化をする事はアメリカの意向(台湾こそ中国であるという意向)と真反対の事だったので、鳩山でも出来なかったのだと言われています。

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なるほど!
ありがとうございます!

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