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この画像は応仁の乱後らへんの農民の惣を通した団結の影響の部分なのですが、よくこの画像の内容がわかりません、
年貢って一部を荘園領主に収めないといけなかったと思うのですが、それを請け負ったと言う意味がよくわかりません。それとなぜ荘園領主が現地に口出せなくなるのかもよくわかりません。

このように農民の団結が強固になってくると、荘園領主との関係にも そうそん 変化が現れ,現地を自分たちで支配する惣村が領王に納める年貢なン。 請け負うようになっていきます。 領主側は、現地には口を出せなくなる お じげうけ ひゃくしょううけ むらうけ これが地下請です。「百姓請」「村請」とも呼びます。

回答

✨ ベストアンサー ✨

惣村が年貢の納入を請負うというのは、荘園領主に対して村の分の年貢をまとめて納めるという意味です。荘園領主としては決められた年貢額を毎年きちんと納めていれば、それ以上の手出し、口出しはできなくなってきます。村は決められた年貢をきちんと納め、荘園領主の介入を排除し、村の百姓たちで自治的に村を運営します。こうして自治的で自立的な惣村が生まれたのです。ただし、決められた年貢額を納めなければ、自治が失われてしまいます。ですから、借金をしてでも年貢を納めたため、負債が大きくなり、飢饉などで返済ができなくなると、徳政を求めて蜂起することもありました。

これまでは荘園領主が回収しに来てたけど,惣村で集めて荘園領主に出すことで荘園領主の侵入を停止したってことですね!ありがとうございます!

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