ノートテキスト
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道徳資料「母の卵焼き」 僕の母は、昔から身体が弱い。 そんな母が毎日学校に持っていく弁当を作ってくれた。 お世辞にも華やかとはいえない、食事の残り物を詰めただけの見栄えの 悪いものばかりだった。 友達に見られるのが恥ずかしくて、いつも隠して食べていた。 ある朝、母がいつになく嬉しそうな表情でこう言った。 「今日は健一の大好きな卵焼き入れといたよ」 僕は弁当を持ってそのまま学校へ行った。 昼の弁当の時間になり、みんなより先に席に着くとこっそり中身を確認し た。 すると表面が茶色く焦げた卵焼きが弁当箱の横に寄り、押しつぶされそう にかたよっていた。 ぐちゃっとなった卵焼きは色どりも形も悪く、とたんに健一は恥ずかしく なった。みんなの前でとても食べられなかった。 その日、ティッシュにくるんで、こっそりと教室のゴミ箱へ捨てた。 家に帰ると母は僕に「今日のお弁当おいしかった?」と尋ねてきた。 僕はその時なんとなくイライラしていた。 いつもの母の弁当に対するうっぷんもたまっていたので、つい 「うるさいなあ!あんな恥ずかしい弁当もう作らなくていいよ!」 と声を荒げて言ってしまった。 母は悲しそうな目をして「今まで気づかなくてごめんね・・・」と言い、 次の日から弁当を作らなくなった。 次の日から、僕が朝の残りを適当に弁当箱に詰め持っていくことにした。 母は(おかずにしてね・・)という思いなのだろう、朝焼いてくれた卵焼 きを皿にのせそっと置いてくれていた。 しかし、相変わらず見た目の悪い卵焼きは弁当箱にはいれなかった。 弁当を詰め終えたあと、皿の卵焼きに箸を入れ一口食べた。 僕の大好きな甘い卵焼きだった。 その日の朝、何も言わずに家を出て学校に向かった。
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その日は朝から雨だった。なんとなく憂うつな気分のまま授業が進んだ。 4時間目の国語の授業中、突然担任の先生が駆け足で教室に入ってきた。 「健一 「ちょっと・・」 「救急病院から電話だ。お母さんが・・、すぐ支度をして行け」 その日、母は台所で倒れた。 救急車で運ばれたが、間に合わず息をひきとった。 その日、母は死んだ。 僕の知らないパーキンソン病という病気だった。 その日の夜、病院から母の遺体を引き取り、夜遅く父と帰った。 とても疲れていた。 台所には、朝母が作ってくれた卵焼きが皿の上にのっていた。 見た目の悪い卵焼きが、静かに健一を出向かえていた。 まるで母が「おかえり・・」と言っているようだった。 昼に食べられなかった自分の弁当箱を出し、フタを開けた。 自分で詰めた弁当には箸をつけず、僕は残っていた皿の卵焼きを食べた。 次から次へと涙があふれた。 甘いはずの卵焼きは、しょっぱく感じた。 二度と味わえない母の卵焼きを、僕は永遠に噛みしめた。 *パーキンソン病 パーキンソン病は、手足の震えや筋肉のこわばりなど、運動機能 に障害が現れる病気です。「手足が震える」「動作が遅くなる」 といった自覚症状が体の片側から出始め、次第に反対側に広がっ ていくという特徴があり、ゆっくりと進行します。
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「 それから数日がたち、葬式の終わった後、親戚の叔母さんが僕に一冊の ノートを持ってきた。 「押し入れに入っていたのよ」と差し出されたのは、母の日記だった。 初めて見る日記のページをめくると、弁当のことばかり書いていた。 「今日も残さず食べてくれた」 「ありがとう」 「毎日残り物ばかりでごめんね」 そして、最後のページにこう書かれていた。 「手がふるえてうまく卵がまけない。 日記はあの日で終わっていた。 僕は次から次へと涙があふれてきた。 その夜、健一は深い眠りについた。 そして、夢を見た。 母の夢だった。 優しいまなざしで健一を見ていた。 思わず健一は母に叫んだ! たった一言だけだったが、母はニッコリと 笑い、消えていった。 J
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