学年

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公民 中学生

(5)これではダメですか?理由も教えてほしいです🙇‍♀️ 73文字 公職選挙権や国民投票の投票権年齢を満18歳以上としたことで、自分の意思で決めることができるようになった。そのため若年者中心の町づくりが期待される。

分立 最低限度の生活を守る (5) 2015年に公職選挙法が改正され,選挙権年齢が満20歳以上から満18歳以上に引き下げられ, 2018年に民法が改正され, 成年年齢が満20歳から満18歳に引き下げられた。 資料1は, 2009 年に 法務省の法制審議会において取りまとめられた「民法の成年年齢の引き下げについての最終報告書」 の一部を,分かりやすく改め示したものである。 資料2は、2014年から2018年までに改正された 満 18 歳, 満 19歳に関する法律の成立年と主な改正点を示したものである。国の若年者に対する期 待について,資料 1, 資料 2 から読み取れることに関連付けて, 70字程度で書きなさい。 憲法改正国民投票法の 一部を改正する法律 資料 1 資料2 〇民法の成年年齢を満 20歳か ら満18歳に引き下げること は, 満18歳, 満19歳の者を 大人として扱い, 社会への参 加時期を早めることを意味 する。 ○満18歳以上の者を、大人と して処遇することは, 若年者 が将来の国づくりの中心で あるという国としての強い 決意を示すことにつながる。 民法の一部を改正する 法律 公職選挙法等の一部を 改正する法律 成立年 主な改正点 2014年 投票権年齢を満18歳以上とする。 2015年 選挙権年齢を満18歳以上とする。 2018年 一人で有効な契約をすることができ, 父母の親 権に服さず自分の住む場所や, 進学や就職など の進路について、 自分の意思で決めることがで きるようになる成年年齢を満18歳以上とする。

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現代文 高校生

22〜24までの回答を持ってる方見せてください

ださい。 273 54 2 2 アムリタ ステップ3 基礎力を完成させよう 吉本ばなな 読解 「私」の胸に熱い塊をつくったものは何だ 課題 比喩表現から心情理解を深めよう 読標 目 (注) ある日、「私()」は階段から転落してしまう。病院で意識を取り戻した「私」であったが、記憶の一部を 失っていて駆けつけた母のこともよく認識できずにいた。そんな「私」の脳裏にひとつの記憶がよみがえる。 家で、母が泣いているときの記憶だった(うちってどこだろう、どの空の下の、どんな建物なんだろう? と思ったけれど)。涙の記憶、映画の回想シーンにフィルターがかかるように、記憶の湖の透明な水面から 浮かび上がってきた。祖父が死んだとき、たしかそうだった。 人の涙は本当に、あとからあとからあふれ て、ほほをつたって地面に落ちるんだ…と思った。 それから味。名前は思い出せなかったが、妹、という概念とともにあんまりかわいい子が浮かんできた 5 ので、私はそれを自分が捏造した妹かと思ってしまった。でもそれはたしかに真由の姿だった。妹の遺品 を整理しているときの、後ろ姿。 私が独り暮らしをしていたころ、恋愛に失敗して思わず電話で泣いてし まったとき、母がぽろっと言った言葉。「大変、 朔美が泣いてる。」私はあんまり泣かない子だったから。 ああ、こりゃ間違いないわ、お母さんか………傷つけちゃいけないな。 その思いだけが決してオカしては いけない何かとして真のように繰り返し、痛い頭にぼんやり響いていた。彼女は私がまだ麻酔でぼけて10 いると思っている。目の下に限があって、潤んだ瞳は私が無事に目覚めたことから喜びの水分をたたえて いる。......ことがわかった。こういう気の使い方で何とか生きのび、こういう気の使い方で疲れ果ててき たのだろう、と私はそのよく知りもしない「サクミ」という人の人生を思った。しかしそれも今日かぎりな のです 今からはいきあたりばったりにやってもらうほかありません。 と覚悟を決めた。 「お母さん。」と私は言った。 母がゆっくりうなずいた。うれしそうに、心をこめたうなずきかたで。そ15 して花嫁みたいに笑った。私は今、人がこの世で一番はじめに知る世にも暖かい単語を口にしたのに、何 だか結婚詐欺をしているちんぴらのように寒々しかった。頭が痛く、母という概念が濃縮された濃い濃い 汁になって脳みそにしみていくような痛さだった。しかし同時にその発音は、左胸の下あたりにほんのり と熱い塊をつくった。何なんだろう、と思った。 見れば真昼の病室、キョウレツに晴れた空が窓の外に見えた。私の記憶のようにすっからかんで、真っ 20 青だった。記憶はすぐに、あぶりだしみたいに徐々によみがえってきた。ただ、私と私の間の透明なはず ダラスに、まるで 別にいい がったときみたいに水滴がついてしまった。どうしても消えない。 )に線を引き、どのようなことを表現しているかイメージしよう→問五を攻略 ⑤5~4 ②ときの記憶 間 映画の回想シーンにフィルターが・・・ ―映画などの回想の場面で、映 像がセピア色やモノクロで映し出 されることをふまえてのたとえ。 真言 仏教の呪文。 要旨をつかむために! ▼空欄を埋めていこう 文章展開図 母が ・妹→(母の後ろ姿 ・電話→(母の言葉 3. ああ、こりゃ間違いないわ、 か・・・ →傷つけちゃいけないな 「」と私は言った 母 花嫁みたいに笑った 私結婚詐欺をしている ちんびらのよう 痛さ しかし同時に―― ほんのりと熱い塊をつくった 大きくとらえよう 【各1点】 のポ 戻 の涙の 兄 「 【各2点】 要約への第一歩 〇場面 意識を取り戻した「私」に、 んだけど。気にしてないけど。 ガイド 比喩表現(直 JO がよみがえる 問 漢字 傍線部~ ②について、 カタカナは漢字 で、漢字はその読みをひらがなで書け。 【各3点】 問五〇課題 傍線部 ③について、ここで「私」がこのよ うに感じるのは、なぜか。 母の様子をふまえて、 三十字以内でわかりやすく書け。 ○「私」の心情 その発音 を →ほんのり ステップ 20 問二語句 波線部A「捏造」の意味として、最も適切 〇場面 理解を深めよう 要約のための確認【各2点】 なものを、次から選べ。 【4点】 ⑦ とりつくろう 受け入れる →お母さんか 隠している でっちあげる 夢中になる 問六読解 本文において、「私」は、駆けつけてくれ た母にどのような気持ちを抱いたのか。最も適切 なものを、次から選べ。 状況 ぜ 【7点】 と 問三指示 傍線部①とあるが、「私」は、どのようなこ とを思い起こしたのか。二十字以内で書け。【6点】 ⑦ 愛情の深さを実感し、うれしくなっている。 親がそばにいてくれることに安心している。 花嫁みたいなその笑顔に、安堵している。 記憶にかかわらず、愛情が湧いてきている。 泣かせたことを後悔し、 申し訳なく思ってい 思い→「お母さん。」と呼びかけた 〇「私」の心情 あんど e 結婚詐欺のよう しかし、その発音→ 55 ステップ3 小説 問四表現 傍線部について、「私」の気づかいを説明 した、次の一文の空欄を補うのに適切な語句を、 は二字は九字で本文から抜き出して書け。 娘のに涙を浮かべる母親を、 る。 問七表現 二重傍線部XYの表現の効果の説明として、最も適切なものを、次から選べ。 ⑦「私」が、記憶を完全には取り戻すことができていないことを表現している。 痛みとともに、 各3点 ⑦「私」が、事故の前の自分と今の自分に違和感を抱いていることを表現している。 ①「私」が、急によみがえったさまざまな記憶に混乱していることを表現している。 「私」が、見通しの悪いまま病院生活を余儀なくされることを表現している。 M「私」が、記憶はあまり気にしておらず楽観的に考えていることを表現している。 【7点】

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現代文 高校生

高校2年生、文学国語の檸檬についてです。 分かりにくくて申し訳ないのですが、シャーペンで丸してある問いの4番の答えを教えていただきたいです。 答えらしきものが見つからず、分からないので模範解答とさせていただきたいです、、! よろしくお願いします!

e (小説)檸檬 【二】 次の文章を読んで、あとの問いに答えよ。 (7) 私はまたあの花火というやつが好きになった。花火そのものは第二段として、あの安っ ぽい絵の具で赤やや黄や青や、さまざまの縞模様を持った花火のタバ、中山寺の星下り、 合戦 枯れすすき。 それから鼠花火というのは一つずつ輪になっていて箱に詰めてある。 そんなものが変に私の心をそそった。 それからまた、びいどろという色ガラスで鯛や花を打ち出してあるおはじきが好きにな ったし、南京玉が好きになった。またそれをなめてみるのが私にとってなんともいえない 享楽だったのだ。あのびいどろの味ほどかすかな涼しい味があるものか。私は幼いときよ くそれを口に入れては父母にシカられたものだが、その幼時の甘い記憶が大きくなってお ちぶれた私に蘇ってくるせいだろうか、全くあの味にはかすかなサワやかななんとなく詩 美といったような味覚が漂ってくる。 間一 傍線部(ア) 問二 問 察しはつくだろうが私にはまるで金がなかった。とはいえそんなものを見て少しでも心 の動きかけたときの私自身を慰めるためには贅沢ということが必要であった。二銭や三 銭のもの――といって贅沢なもの。美しいものといって無気力な私の触角にむしろ媚 びてくるもの。――そういったものが自然私を慰めるのだ。 生活がまだ癧まれていなかった以前私の好きであった所は、たとえば丸善であった。 赤や黄のオードコロンやオードキニン。洒落た切子細工や典雅なロココ趣味の浮き模様を 持った琥珀色や翡翠色の香水瓶。 煙管、小刀、石鹸、煙草。私はそんなものを見るのに小 一時間も費やすことがあった。そして結局一等いい鉛筆を一本買うくらいの贅沢をするの だった。しかしここももうその頃の私にとっては重くるしい場所にすぎなかった。 ショセ キ、学生、勘定台、これらはみな借金取りのボウレイのように私には見えるのだった。 S (オ)のカタカナを漢字に改めよ。 二重傍線部a 「心をそそる」、b 「典雅」の意味を答えよ。 次の中か 傍線部①「私はまた・・・・・・好きになった」のは花火のどのようなところか。 ら選び、記号で答えよ。 ア 花火が小さいながらも鮮やかに弾けるところ。 花火それぞれに音の鳴り方や開く形に違いがあるところ。 ウお店で売られる花火に種々の名前があるところ。 花火の模様や色彩に親しみが感じられるところ。 問四傍線部②「詩美といったような味覚」とはどのような味覚か。本文中の語句を用い 七三五字以内で答えよ。 問五傍線部③「私自身を... 必要であった。」とあるが、なぜこのような贅沢が必要な のか。次の中から選び、記号で答えよ。 ア経済的に恵まれないために満たされない心を癒したいから。 イ 安っぽい花火やおはじき、南京玉だけでは不満だったから。

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第二外国語 大学生・専門学校生・社会人

長文ですが日訳にできる方いらっしゃりますか? 翻訳使ってもでてこない表現があって分かりません💦

de Tang taitai. 32旧中国,男女是不平等的。女子 出嫁 以前在家里 Jiù Zhongguó, nán nữ shì bù píngděng de. Nůzi chūjià 18 yiqián zài jiāli 服从父母, 出嫁 以后就要服从丈夫。 无论19 丈夫是 yào fúcóng fùmù, chūjià yihòu jiù yào fúcóng zhàngfu. Wúlùn -21) zhàngfu shi yi 今什公祥的人, 论他的人品20 如何21, 都要 嫁鳰隨 dōu yào “jiājī suí ge shénmeyàng de rén, wúlàn tā derénpin rúhé, 鳩嫁狗隨狗", 跟隨、伺候23 他 一輩子20。 如果29 是貧究 jijià góu suígóu", gēnsuí cihou tā yídèizi. なぜなら 人家 26 的 女孩子 就更可怜 27 了,因为地们当中 很多人 Rúguó shì píngióng ①~の中 なか rénjiā de nuháizi jiù gèng kělián le, yīnwèi tāmen dāngzhīng hěn duõ rén 从小28) 就被 29 父母 変相30 地 父母 変相 307 地 大戶 給了 給了 大戶31 人家作童券媳 32 。 cóngxiào jiù bài fùmă biànxiàng de màigěile dàhù rénjiāzuōtóngyăngxí. 社会里.仍然 然而是在封建、黑暗的 Rán'ér, jíbiàn shi zài zhème fēngjiàn hēi'àn de jiù shèhui li, réngrán 有很多年軽人 追求、 向往33 着 自由恋愛。 流传34 了几百 yòu hěn duō niánqingrén zhuiqiú xiàngwăngzhe ziyóu 12) 納妾 nàqiè: 妾を囲うこと 13) 老婆 lăopo : 妻 女房、かみさん。 小老婆 : 妾 14) 阻 zădăng : 阻止する、 食い止める 15)~不住 (ポイント2参照) buzhù : 〜できない 16) 丈夫 zhàngfu : 夫 17) 房 fáng: 妾の数を数える量詞 18)出嫁 chūjià:嫁ぐ、嫁に行く 19) 无论~都~ (第2課ポイント2参照) wúlàn dōu~~ にかかわらずすべて~ 20)人品 rénpin: 人柄、品格、人品 21) 如何 rúhé : どのように、 どう 22)嫁鸿随鸿嫁狗随狗 jià ji suí ji jià göu suí góu:どんな 夫であっても嫁に行ったら夫に従う 23 ) 伺候 chou: (身の回りの世話をする liàn'ài. Liúchuánle 24) 一輩子 yíbèizi: 一生 ji băi 35 25) 如果~就~ (ポイント 4参照) rúguōji~: もし〜な らば~ 26) 人家 rénjiā : 家庭 27) 可怜 kělián: かわいそうである 28) 从小 cóngxião: 小さいときから 29) 被 (ポイント 5 参照) bèi : ~に~される、~によって 〜される 30) 変相 bianxiàng: 手口を変えた、形を変えた 31) 大戶 dàhù : 金持ちの家、 大金持ち 32) 童莽媳 tóngyăngxí : 息子の嫁にするため他家から引 き取って育てた女の子 33) 向往 xiàngwăng 憧れる Q4) 流传 liúchuán 伝わる 21

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現代文 高校生

文章の意味が分かりません。 単語とか調べたものの、筆者の伝えたいこと、 各段落の内容が分からないので分かりやすい言葉で教えてほしいです。 問題の解説が掲載されていないため、漢字問題以外、解説お願いできませんか?🥺 シャーペンが私の、間違っていたとこのみピンクで正解を示して... 続きを読む

off ② ひとひととして向き合い、関係を構築すること自体が稀なことだから。 ⑧ 自立した主体の確立こそを理想とする社会の中で育ってきたから。 ④他者との関係性を損なわないためには、互いに適度な距離をとることが必要だから。 ⑥ 関係だけでなく、個人の能力も自分の本質を為すものとして無視できないから。 五日 (解答番号は、第二間で【古文】あるいは【現代文】 のいずれを選択した場合でも1~35 です。) 第一問 次の文章を読んで、設問 (問1~間10)に答えよ。 ひとりの人間と、彼/彼女が最初に出会うことば 〈言語〉との関係は、自明であり必然的であるというよりはるかに、ある種 偶然と事故によって支配されている。ひとりの人間がその誕生時において引きずる言語的ケイプそのものも、すでに複雑で した経路と水をかかえている。そうだとすれば、ことばの獲得とは、生得的な関係による る種の根源的な喪失とのなかから再発見 再獲得されるなにかであることになる。そのときことばは、私たちの生地ではな なものではなく、あ く、移住地であるのかもしれないのだ。 もしそのように考えることが許されるなら、ことばは私たちの存在を根源的に決定づけるなにものかであることをやめる。こ とばと私たちとの関係のなかに、 な属関係・新有関係を前提としない、旅と移住の運動性が生まれはじめる。こ とばはそれ自体として説明されるのではなく、それが言語的な未発の意識とのあいだに保存する記憶や痛みや欲動のほうから 定義され、そのことによってことばは言語的言語外的な認識によってつねに流動の渦のなかに置き直される。 私たちはみな、自分自身の前言語的な存在のかたちを、ことばという場に住みつかせるのだ。言語を とせずに存在する自分自身というものがあって、それをあらためてことばという異土に移り住まわせる。 そのとき、われわれが な手掛かり ことばを使うという行為は、本来的にすでに移住の行為、移民の行為だということになる。私たちはそのようにして日本語の世 さらにいえば、私たちはそのようにして、日本語話者としての「日本人」へと移民した。 ブラジルでは、ればふつう 「グラフィチ」と呼ばれる。 街路の壁々に描かれた、奔放な落書きのような風刺絵。 そもそもイ タリア語で柱や壁に傷をつけて書かれた「掻き文字」を意味する考古学用語が、日常の街路の壁の落書きをさすことはと 定の業界で仲間内だけで使われる僕。 された「グラフィティ」 (Graffiti)を、そのままブラジルのポルトガル語風に発音すれば「グラフィチ」。この国の街で、グラ フィチはあらゆる通りと路地とに満ちている。消されても消されても、人々は色とりどりのスプレーをふたたび持ってきては、 知らぬ間に家々の、シャッターを呟くばかりの想像力の氾濫によって色と線で埋め尽くしてしまう。 落書きが文字だけであれば、それはふつう「ビシャソン」である。 独特の字体に、特のようなことばの断片が踊り、かぶ 文字が歌やのかたちに変容してきだし、壁の平面に陰影の凹凸が生まれ、ことばに色と風合いとかたちが備わりはじ める。俗っぽいことばや政治的なスローガンを書き連ねる(「ビシャール」=壁に落書きを描く)だけのピシャソンにまじって、 時々はっとするほど時的な数行が、うす汚れた壁面に陥っていることもある。 ブラジルのグラフィチやビシャソンの世界の豊能さを、ブラジルを訪ねるはるか以前に私がはじめて知ったのは、デニス・ テッドロックの詩集『夢の暦の日々』のなかの記述からだった。 ニューメキシコのズニ族や、グアテマラのキチェ族の口承文化 や神話の研究で知られる北米の人類学者・民俗学者テッドロックは、ブラジルのカンピーナス市に滞在して特異な詩集のコウソ ウを練っていたとき、町の落書きのひとつに印象的な詩句を発見する。彼はそのポルトガル語の詩句を、こう写し取ってい VAI-SE A PRIMAVERA QUEIXAS DE PASSAROS, LAGRIMAS NOS OLHOS DOS PEIXES テッドロックが住んでいた家からわずかに二ブロックほど離れた路地に書かれていた、このビシャソンの飛び跳ねる奔放 筆跡を想像しながら、私はすぐに(テッドロックもおそらく気づいていない) この詩句の出自を理解した。 24一般入試A問題 (2024 AG-B-1) 介護は介護する介護されるという立場が明確であり、その主体は介護される者であるため、介護される者が介護とい 関係を受け容れることを待つことしかできない。 介護する者と介護される者の間にひととひととの個別的関係が築かれるためには、それぞれが主体と客体としての役割 をバランスよく果たしつつ、対話の機会を十分に持つ必要がある。 春がゆく鳥の嘆き 涙が魚の目に (行く春や鳥啼き魚の目は mmm はしょう 「奥の細道」の矢立初めの句としてよく知られたこの芭蕉の詩句が、ブラジルの地方都市の路地の壁に優美に踊っているの 想像して、私は不思議な興奮にとらえられた。芭蕉の句が、地球の対地点にまでたどりつく三百年をこえる時の道程のなか で経験した無数の声と文字による橋の過程に携帯用の筆入れと墨壺である立」からとりだされた筆記用具によって 聖の手帖の表面に走った毛筆の軌跡が、時を超えて、南米の植民都市の街路の壁の、スプレーによる躍動する落書きへと転 写されるという、筆跡の機知に満ちたはるかなる旅程に。 このビシャソンとなった芭蕉の句において、過ぎゆこうとする「春」はもはや日本的な春の惜別の感傷を宿してはいない。 ブ ラジルの春とは、いったい植物的な陰喩として測られるものなのか、それとも生き物や食べ物の推移として感知されるものなの か、それすらもはや判然とはしない。 ここで悲しく啼く熱帯の鳥とは? アマゾン川の獰猛な魚の目に溜まる泪とは? 日本語 の Haikaiへと転生するあいだに、ひとつの文化が感情の構造として宿していた意味と感覚の図の が、ポルトガル語の 一体が破れ、異形の、しかしみずみずしい力にあふれた別種のポエジーが、一気に侵入する。 自宅の近くの壁にお気に入りの落書きを見いだしたテッドロックは、たしかにこの時の古典日本的起源を知ることはな かったかもしれない。 しかし「夢の暦の日々」という詩集が示すように、彼はブラジルにおいて経験する日常的な出来事と、そ の反映としての夢のイメージとを、彼がよく知るマヤ=キチェ族の暦の形式に置き換えられた日録のなかに書き込んでいった。 「の」の日にはじまり 「一三の死」の日で一回転する精緻なマヤ暦のなかで自らの日常と幻想とを反することで、彼は近 代世界を統べる日常の時間から離脱し、先住民の生きてきた別種の暦との連続性の感覚のなかに入ってゆく。人類学という実践 そのものが異なる時間性の境界を越えてつかのま生きる実践であり、自らがフィールドにおいて生きたはずの別種の時の充足 ふたたび近代的な時間の支配するアカデミーのなかへと回収してしまう逆説的な行為であるからこそ、人類学はつねに幻影 既存の粋を解ょうヒスコ 夢のを「詩」として、フィールドノートと民族誌の余白に分泌するほかはない。 そして、テッドロックの想像力のなか に堆積した、そうしたヨジョウとしてのポエジーの氾濫が、ポルトガル語となった芭蕉の詩句による無意識のによってうな がされたものであることは、かえって芭蕉の転生としてのビシャソンの力を示している。ハイカイは、ここでたしかに、異土に 移住して別種の「時」と季節を渡りながら、ことばと文字がたどる一つの真実の旅の道程を見事に示している。 ブラジルにおいて、俳句をブラジル時のゼンエイ的な運動へと架橋し、芭蕉の評伝的なエッセイを書いた詩人がパウロ・レミ ンスキーである。姓からも察せられるように、彼の祖父母はポーランド系の開拓移民で、さらに彼の母親には黒人の血統も流れ こんでいた。ポーランド系ムラート〈黒い混血児〉のブラジル人。 この特別のケイフの混合に、レミンスキーは大いなる誇りと を感じていたという。(中略) クリチバという日系人も多く住むブラジル南部の街に生まれ育ち、 「日本」と早くから出逢い、若いときに日本語を習 得したレミンスキーが芭蕉と出会うのは、かならずしも驚くべき偶然とは言えなかったかもしれない、とわかる。そしてポーラ ンド系ムラートのブラジル人によって書かれた、ポルトガル語による唯一の「芭蕉伝」は、やはり「奥の細道」の冒頭における 俳聖の漂泊の心持ちを伝えることからはじまる。 あのビシャソンにもあった「奥の細道」の矢立初めの旬が、ここでも引用さ れているのだ。 レミンスキーによるこの句のポルトガル語ヴァージョンはつぎのとおりである。 primavera não nos deixe pássaros chorum lágrimas no olho do peixe 実験・野心弟で (2024AG-B-3) (2024AG-B-4)

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現代文 高校生

文章の意味が分かりません。 単語とか調べたものの、筆者の伝えたいこと、 各段落の内容が分からないので分かりやすい言葉で教えてほしいです。 問題の解説が掲載されていないため、漢字問題以外、解説お願いできませんか?🥺 シャーペンが私の、間違っていたとこのみピンクで正解を示して... 続きを読む

た。 問4 傍線部 (3) 「このことを、なぜわれわれは素直に認めることができないのだろうか」とあるが、この問いに対する筆者 考えとして最も適切なものを、次の①~⑥のうちから一つ選べ。解答番号は2 ① 他者に対して心を開くことは危険を伴うことだから。 ② ひとひととして向き合い、関係を構築すること自体が稀なことだから。 自立した主体の確立こそを理想とする社会の中で育ってきたから。 ④他者との関係性を損なわないためには、互いに適度な距離をとることが必要だから。 ⑤ 関係だけでなく、個人の能力も自分の本質を為すものとして無視できないから。 upt 解答番号は、第二間で 【古文】あるいは【現代文】 のいずれを選択した場合でも1~25です。) 第一問 次の文章を読んで、設問 (問1~問10)に答えよ。 ひとりの人間と、彼/彼女が最初に出会うことば 〈言語〉との関係は、自明であり必然的であるというよりはるかに、ある種 の偶然と事故によって支配されている。ひとりの人間がその誕生時において引きずる言語的ケイブそのものも、すでに複雑で錯 した経路と水脈をかかえている。そうだとすれば、ことばの獲得とは、生得的な関係によるAなものではなく、あ ある種の根源的な喪失と離脱のなかから再発見・再獲得されるなにかであることになる。そのときことばは、私たちの生地ではな く、移住地であるのかもしれないのだ。 もしそのように考えることが許されるなら、ことばは私たちの存在を根源的に決定づけるなにものかであることをやめる。こ とばと私たちとの関係のなかに、A な帰属関係所有関係を前提としない、 旅と移住の運動性が生まれはじめる。こ とばはそれ自体として説明されるのではなく、それが言語的な未発の意識とのあいだに保存する記憶や痛みや欲動のほうから 定義され、そのことによってことばは間言語的言語外的な認識によってつねに流動の渦のなかに置き直される。 私たちはみな、自分自身の言語的な存在のかたちを、ことばという場に住みつかせるのだ。言語を な手掛かり とせずに存在する自分自身というものがあって、それをあらためてことばという異土に移り住まわせる。 そのとき、われわれが ことばを使うという行為は、本来的にすでに移住の行為、移民の行為だということになる。私たちはそのようにして日本語の世 へと移住した。 さらにいえば、私たちはそのようにして、日本語話者としての「日本人」へと移民した。 ブラジルでは、それはふつう 「グラフィチ」と呼ばれる。 街路の壁々に描かれた、奔放な落書きのような風刺絵。 そもそもイ タリアでに傷をつけて書かれた「掻き文字」を意味する考古学用語が、日常の街路の壁の落書きをさすことばへと転用 された「グラフィティ」 (Graffitti) を、そのままブラジルのポルトガル語風に発音すれば「グラフィチ」。この国の街で、グラ フィチはあらゆる通りと路地とに満ちている。消されても消されても、人々は色とりどりのスプレーをふたたび持ってきては、 知らぬ間に家々の商店の壁、シャッターを目呟くばかりの想像力の氾濫によって色と線で埋め尽くしてしまう。 書きが文字だけであれば、それはふつう 「ビシャソン」である。 独特の字体に、符牒のようなことばの断片が踊り、かぶ 文字がや虫のかたちに変容してきだし、壁の平面に陰影の凹凸が生まれ、ことばに色と風合いとかたちが備わりはじ める。俗っぽいことばや政治的なスローガンを書き連ねる(「ビシャール」=壁に落書きを描くだけのビシャソンにまじって、 時々はっとするほど時的な数行が、うす汚れた壁面に踊っていることもある。 ブラジルのグラフィチやビシャソンの世界の豊さを、ブラジルを訪ねるはるか以前に私がはじめて知ったのは、デニス・ テッドロックの詩集「夢の暦の日々』のなかの記述からだった。 ニューメキシコのズニ族や、グアテマラのキチェ族の口承文化 神話の研究で知られる北米の人類学者・民俗学者テッドロックは、ブラジルのカンピーナス市に滞在して特異な詩集のコウソ ウを練っていたとき、町の落書きのひとつに印象的な詩句を発見する。 彼はそのポルトガル語の詩句を、こう写し取ってい VAI-SE A PRIMAVERA QUEIXAS DE PASSAROS, LAGRIMAS NOS OLHOS DOS PEIXES テッドロックが住んでいた家からわずかに二プロックほど離れた路地の壁に書かれていた、このビシャソンの飛び跳ねる奔放 筆跡を想像しながら、私はすぐにテッドロックもおそらく気づいていない〉 この詩句の出自を理解した。 24一般入試A問題 (2024AG-B-1 (2024AG-B-2) ② 介護する 不十分さが解消されるため、その関係を豊かにすることに注力 介護が人間に向けられたものとなり、その人間の豊かさに寄与するものとなるためには、人間の価値を能力から切り離 で捉えた上で、介護する者と介護される者の間に心が開かれた関係が形成される必要がある。 介護は介護する介護されるという立場が明確であり、その主体は介護される者であるため、介護される者が介護とい う関係を受け容れることを待つことしかできない。 介護する者と介護される者の間にひととひととの個別的関係が築かれるためには、それぞれが主体と客体としての役割 をバランスよく果たしつつ、対話の機会を十分に持つ必要がある。 春がゆく鳥の嘆き 涙が魚の目に 行く春や鳥啼き魚の目は 巨) primavera não nos deixe passaros choram wwwwww (注) ばしょう 「奥の細道」の矢立初めの句としてよく知られたこの芭蕉の詩句が、ブラジルの地方都市の路地の壁に優美に踊っているの を想像して、私は不思議な興奮にとらえられた。芭蕉の句が、 地球の対地点にまでたどりつく三百年をこえる時の道程のなか 経験した無数の声と文字による橋渡しの過程に携帯用の筆入れと墨壺である矢立」からとりだされた筆記用具によって 俳聖の手帖の表面に走った毛筆の軌跡が、時を超えて、南米の植民都市の街路の壁の、スプレーによる躍動する落書きへと転 写されるという、筆跡の機知に満ちたはるかなる旅程に。 このピシャソンとなった芭蕉の句において、 過ぎゆこうとする「春」はもはや日本的な春の惜別の感傷を宿してはいない。 プ ラジルの春とは、いったい植物的な陰喩として測られるものなのか、それとも生き物や食べ物の推移として感知されるものなの それすらもはや判然とはしない。ここで悲しく啼く熱帯の鳥とは? アマゾン川の獰猛な魚の目に溜まる泪とは? 日本語 の俳諧が、ポルトガル語の Haikai へと転生するあいだに、ひとつの文化が感情の構造として宿していた意味と感覚の連関の統 一体が破れ、異形の、しかしみずみずしい力にあふれた別種のポエジーが、一気に侵入する。 自宅の近くの壁にお気に入りの落書きを見いだしたテッドロックは、たしかにこの詩句の古典日本的起源を知ることはな かったかもしれない。しかし「夢の暦の日々」という詩集が示すように、彼はブラジルにおいて経験する日常的な出来事と、そ の反映としての夢のイメージとを、彼がよく知るマヤ=キチェ族の暦の形式に置き換えられた目録のなかに書き込んでいった。 「一の鹿」の日にはじまり 「一三の死」の日で一回転する精緻なマヤ暦のなかで自らの日常と幻想とを反芻することで、彼は近 代世界を統べる日常の時間から離脱し、先住民の生きてきた別種の暦との連続性の感覚のなかに入ってゆく。 人類学という実践 そのものが、異なる時間性の境界を越えてつかのま生きる実践であり、自らがフィールドにおいて生きたはずの別種の時の充足 をふたたび近代的な時間の支配するアカデミーのなかへと回収してしまう逆説的な行為であるからこそ、人類学はつねに幻影 夢の残滓を「詩」として、フィールドノートと民族誌の余白に分泌するほかはない。 そして、テッドロックの想像力のなか に堆積した、そうしたヨジョウとしてのポエジーの氾濫が、ポルトガル語となった芭蕉の詩句による無意識の刺によってうな がされたものであることは、かえって芭蕉の転生としてのビシャソンの力を示している。 ハイカイは、ここでたしかに、異土に 移住して別種の「時」と季節を渡りながら、 ことばと文学がたどる一つの真実の旅の道程を見事に示している。 ブラジルにおいて、俳句をブラジル時のゼンエイ的な運動へと架橋し、芭蕉の評伝的なエッセイを書いた詩人がパウロ・レミ ンスキーである。姓からも察せられるように、彼の祖父母はポーランド系の開拓移民で、さらに彼の母親には黒人の血統も流れ こんでいた。ポーランド系ムラート〈黒い混血児〉のブラジル人。 この特別のケイフの混合に、レミンスキーは大いなる誇りと 刺を感じていたという。(中略) クリチバという日系人も多く住むブラジル南部の街に生まれ育ち、流謫の「日本」と早くから出逢い、若いときに日本語を習 得したレミンスキーが芭蕉と出会うのは、かならずしも驚くべき偶然とは言えなかったかもしれない、とわかる。そしてポーラ ンド系ムラートのブラジル人によって書かれた、 ポルトガル語による唯一の「芭蕉伝」は、やはり「奥の細道」の冒頭における 俳聖の漂泊の心持ちを伝えることからはじまる。あのビシャソンにもあった「奥の細道」の矢立初めの句が、ここでも引用さ れているのだ。 レミンスキーによるこの句のポルトガル語ヴァージョンはつぎのとおりである。 lágrimas no olho do peixe (28) (2024AG-B-3) (2024AG-B-4)

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数学 中学生

問題186 余事象じゃダメなのですか

問題編 184 ☆☆☆☆ 185 ☆☆☆☆ 186 ☆☆★★☆☆ を 解答編 p.315 0, 1, 2, 3, 4, 5の6個の数字の中から異なる4個の数字を選んで4桁の整数 くるとき, 次のような数の個数を求めよ。 (1) 5の倍数 (2)9の倍数 あと少しい 食べ (B 1から7までの整数をすべて並べるとき,次のような並べ方は何通りあるか。 1 1,2が隣り合い, 5, 6, 7がすべて隣り合う (2)両端と真ん中の数が奇数である(3)1と7の間に2つ以上の数がある 1から9までの数字を1列に並べるとき, 次の並べ方はいくつあるか。 (1) 3の倍数が隣り合わない (2)奇数偶数が交互に並ぶ (S)( 大) 187 10から999までの整数の中で,少なくとも2つの位の数字が同じであるような 整数はいくつあるか。 188 ACTION の 6 文字から異なる4文字を使ってできる順列をアルファベット順 ★★★☆ の辞書式に配列するとき、次の問に答え (1) COIN は何番目の文字列か。 (2) 215番目の文字列は何か。 201 189 A組5人, B組4人, C組3人, D組2人の合計14人の生徒が円形に並ぶとき, ☆☆☆☆☆ それぞれの組の生徒が続いて並ぶ並び方は何通りあるか。 (1) 190 父母と子ども6人の合計8人が円卓に座るとき, 父母の間に子どもが1人だけ 入る座り方は何通りあるか。 191 赤球, 白球, 青球がそれぞれ1個ずつある。これらをそれぞれ A, B, C, D, E の5つの箱のいずれかに入れるとき,その入れ方は何通りあるか。 ☆☆☆☆ 1927個の異なる色の球を1から3までの番号の付いた箱に入れるとき,どの箱も 空でないように入れる方法は何通りあるか。 ☆☆☆☆ 章 15 15 順列と組合せ 720 =288 + 7.2 120 2 2 ② 全て 5040 となり合う 6:x2!=1440 1つる 5:x2:×5=1200 [P186 88 41 240 25 120 15040 4P3、41=432.24 2640 4:00 24 22 44 24 196 48 546 23456789 (すべて9:362880 となり合う 71×31=30240 362880-30240 36 362880 30240 =332640 32640 24

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