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化学 高校生

(i)の解き方教えてください😿答えは2番です。 お願いします

4 だし,原子量はH=1.0, C=12.0.0 16.0 とする。 合成高分子化合物について述べた次の文を読み, 下の問1~ 問5に答えよ。た 26970 我々の身の回りでは, 石油などを原料として人工的に合成された高分子化合物 が数多く利用されている。 合成高分子化合物の多くは, 小さな構成単位が繰り返 し結合した構造をしている。 また, 合成高分子化合物の固体は,分子鎖が比較的 規則正しく配列した ア 部分と分子鎖が不規則に配列した イ 部分 が入り混じった不均一な構造をとっている。一般に イ 部分が多い高分子 化合物は密度が ヴ く,光を散乱しにくい。 そのためやわらかく,透明性 が エ い。 合成高分子化合物をつくる重合反応のひとつに, 不飽和 オ 結合をもつ単量体 が,付加反応を繰り返しながら結びつく重合がある。 これを付加重合という。 (あ) 酢酸ビニルを付加重合させてポリ酢酸ビニルを合成し,得られたポリ酢酸ビニ ルをメタノール水溶液中で水酸化ナトリウムなどの塩基で加水分解すると,ポリ (い) ビニルアルコールが得られる。 ポリビニルアルコールのコロイド溶液を細孔から 飽和硫酸ナトリウム水溶液中に押し出すと, が起こり繊維状に固ま る。この繊維は水に溶けやすいため, ホルムアルデヒド水溶液でアセタール化す ると水に不溶な繊維である A タール化は部分的に起こるため, が得られる。 ポリビニルアルコールのアセ (う) A にはヒドロキシ基が多く残る。その ため、適度に吸湿性を示し, 木綿に似た性質を有する。

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日本史 高校生

江戸時代の問題です。7.8.9.16.17を教えてください。よろしくお願いします🙇

c. ( ③百姓の負担 村(村)による運営そむくと村八分などの制裁 年諸役を村が一体となって納入する体制 ( たかちち だか ひかん みん の編成) 〕 (高) [10 水谷 1 (無高)、 名子 被官・代隷属民)などの区別 59 a. 年貢([本]) 米(貨幣), 収穫高の40~50% けみほう 年貢率は検見法(その年の収穫に応じる) と定免法(一定期間同率を続行) b. [12] 山野河海の利用や農業以外の副業への課税 たかの c. 高掛物 村高に応じて賦課 ぶやく d. [13] 一国単位で課せられる河川の土木工事での夫役労働 e. 伝馬役 街道近辺の村々で、 公用の人馬の強制提供 ④農民の制 14 田畑売買の禁止】 (1643) 田畑の売買による細分化を防止 (15地頭 〕 (1673) 田畑勝手作りの禁 分割相続による田畑の細分化防止 田畑での商品作物の自由栽培禁止 農民の暮らし a. 衣服 麻(布)木綿の筒袖 あわ ひま b. 食事 . 米はまれで, 麦 粟 などの雑穀 ⋅ かやぶ c. 住居 萱葺き・わら葺きの粗末な家屋 (3)町と町 ① [16 へいのうぶん 〕の繁栄 a. 兵農分離政策による武士の強制移住 しめんじょ b. 商人 手工業者 地子免除により定着 . ぶち じしゃち ちょうにんち c. 身分ごとに異なる居住地域 武家地寺社地町人地など 〕という小社会(共同体) が多数存在 ぬい がちぎょう ちょうほう ちょうおきて 町人地 (町方 [1 町(空機の使

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歴史 中学生

「くわしい中学歴史」というテキストを使って歴史を覚えようとしているのですが、 画像のように文章になっているため どのように覚えれば良いのかがわかりません。 文章を何度も丸写しするのはなんか違う気がします。 どのように覚えればいいでしょうか?

3 宗教・芸能・民衆の文化 A 禅宗と浄土真宗 (一向宗) ぜんしゅう りんざいしゅう 幕府の保護を受けた禅宗がさかんになりました。 とくに臨済宗が重 ござん じょうどしん んじられ, 京都と鎌倉の五山が重要な禅寺に指定されました。 浄土真 しゅう いっこうしゅう ほんがんじ れんにょ きんぎ とうかい ほくりく 宗(一向宗) では,本願寺の蓮如が活躍し, 近畿・北陸 東海地方を中 心に, 強大な教団を組織していきました。 B 能と狂言 ま でんがく さる 田植えのときに農民が歌い舞う田楽と, こっけいなものまね芸の猿 がく のう かん あみ あみ . 楽が結びつき, 能が生まれました。 観阿弥 世阿弥の父子は足利義満 の保護を受け,能を芸術に大成しました。 能の合間には, 民衆の感情 きょうげん を表現する狂言が演じられました。 • © 茶の湯 生け花 あさ みそ しょうゆ もめん ばな 禅宗の修行から発展した茶の湯が流行し, 茶室に花をかざる生け花 もさかんになりました。 民衆のくらしも変わり、床にかわって木綿の 着物が増えました。 食事が1日3度になったのも、 味噌や醤油がつ くられるようになったのも,この時代です。

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国語 中学生

国語の字のない葉書という文章についてなんですが、1部に 「おい、邦子!」と呼び捨てにされ「ばかやろう!」の罵声やげんこつは日常のことであった。(写真6行目) と、あるのですがこの文、初めは筆者の邦子さんが呼び捨てにされたことで「ばかやろう!」と言ったり父と喧嘩?遊... 続きを読む

かき むこうだ くにこ 字のない葉書 向田邦子 死んだ父は筆まめな人であった。 私が女学校一年で初めて親元を離れたときも、三日にあげず手紙をよこした。当時保険会 社の支店長をしていたが、一点一画もおろそかにしない大ぶりの筆で、 「向田邦子殿」 と書かれた表書きを初めて見たときは、ひどくびっくりした。父が娘宛ての手紙に「殿」を 使うのは当然なのだが、つい四、五日前まで、 「おい、邦子!」 む [目標 ] 5 ●随筆の味わい方を知り、日常 生かす。 ●文章の構成や、人物や出来事 きの表現から、筆者の思いを 2 女学校 ここでは、 小学校六年を終え 等教育を施した学校 のとき一家は父の転 移っていたが、筆者は 都合で父の前任地に硝 2 三日にあげず意 人間のきずな字のない葉書 07 と呼び捨てにされ、「ばかやろう!」の罵声やげんこつは日常のことであったから、突然の 変わりように、こそばゆいような晴れがましいような気分になったのであろう。 文面も、折り目正しい時候の挨拶に始まり、新しい東京の社宅の間取りから、庭の植木の 10 種類まで書いてあった。文中、私を貴女とよび、 あなた 「貴女の学力では難しい漢字もあるが、勉強になるからまめに字引を引くように。」 という訓も添えられていた。 あった。 ふんどし一つて家中を歩き回り、 大酒を飲み、 かんしゃくを起こして母や子供たちに手を 上げる父の姿はどこにもなく、威厳と愛情にあふれた非の打ちどころのない父親がそこに 暴君ではあったが、反面照れ性でもあった父は、他人行儀という形でしか十三歳の娘に手 紙が書けなかったのであろう。もしかしたら、日頃気恥ずかしくて演じられない父親を、手 紙の中でやってみたのかもしれない。最小 手紙は一日に二通来ることもあり、一学期の別居期間にかなりの数になった。私は輪ゴム て束ね、しばらく保存していたのだが、いつとはなしにどこかへいってしまった。父は 六十四歳でなくなったから、この手紙のあと、かれこれ三十年付き合ったことになるが、優 しい父の姿を見せたのは、この手紙の中だけである。 この手紙もなつかしいが、最も心に残るものをといわれれば、父が宛名を書き、妹が 「文 面」を書いた、あの葉書ということになろう。 終戦の年の四月、小学校一年の末の妹が甲府に学童疎開をすることになった。 すでに前の 年の秋、同じ小学校に通っていた上の妹は疎開をしていたが、下の妹はあまりに幼く不憫だ というので、両親が手放さなかったのである。ところが、三月十日の東京大空襲で、家こそ 焼け残ったものの命からがらのめに遭い、このまま一家全滅するよりは、と心を決めたらしい。 妹の出発が決まると、暗幕を垂らした暗い電灯の下で、母は当時貴重品になっていたキャ ラコ肌着を縫って名札を付け、父はおびただしい葉書にきちょうめんな筆で自分宛ての宛 名を書いた。 5 3 おろそか 類 9 こそばゆい 意 4殿 挨アイ デン との との 44 学童疎開 空襲などによる戦災 を避けるため、大都市の学童を 地方都市や農山漁村へ移住させ ること。 16 三月十日の東京大空襲 四十平 方キロメートルが焼失し、 十万 人が死亡、百万人が焼け出され たと推定される。 18 暗幕を垂らした暗い電灯 夜間、 敵の空襲に備えて、光が外にも れないようにしていた。 10 18 キャラコ 薄くて光沢のある白 木綿地。 7 命からがら意 1989 おびただしい意 照れ性(てれショウ) ・儀 他人行儀 肌はだ 肌着 1622 ~殿 アイサツ 挨拶 挨拶

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