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倫理 高校生

公共という科目でこちらを勉強したのですが、このアプリにその科目がないので、倫理のノートとして投稿したいのですが、内容的に倫理と合っていますでしょうか?

イスラエルの成り立ち ①国旗 。 中央にある星 ダビデの星 (インクの旗) ○上下の青の帯 タッリート(礼拝の時に男性が着る 9 白 ユダヤ人の清らかな心 ② イスラエルの位置など 0 ○地中海沿岸にある ・アジア、アフリカ、ヨーロッパの交差点 文明が変わる 四国と同じくらいの大きさ ○北部は山岳地帯、南部には砂漠、ヨルダン渓谷には 死海(塩分濃度が高い)がある ③イスラエルの歴史(古代~中世) BC2000年頃、イスラエルの地にカナン人が住み始め、 イスラエル王国とユダ王国が成立。旧約聖書に出てくる ソロモン王やダビデ王の時代は、古代イスラエルの黄金時代 しかし、BC586年、バビロニア帝国によって、ソロモン王の建設した 第一神殿破壊(ユダヤ教の中心的な存在)。またバビロン 捕囚で強制的にバビロンへ移住させられた。 その後…ユダヤ人はペルシャ帝国、ギリシャ帝国、ローマ帝国の支配を 受けながら、エルサレムに戻る。第二神殿建設 でも…BC70年、ローマ帝国が第二神殿を壊す →残った部分が嘆きの壁 ユダヤ人は世界中に離散 KOKUYO LOOSE-LEAF 816A 7mmu

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世界史 高校生

(9)(10)が分かりません。 教えてください🙇🏼‍♀️

[1] 中世ヨーロッパについて,文章を読んで各問いに答えなさい。 αフランク王国は9世紀前半に三つに分裂し、 そのなかの東フランク王国の (①)がマジャール人 撃退の功により, 962年にローマ皇帝に戴冠された。 これが(②) 帝国の起源である。 いっぽう、西フ ランク王国を継承したのが (③) 家で,これが(④) 王国のはじまりである。 8世紀ごろ, スカンディナヴィア半島周辺から ( 5 ) 人が南下して定住するようになり, フランスでb ノルマンディー公国, 地中海で(⑥) 王国がたてられた。 (1)文章中の(1)~(⑥)にあてはまる語句を答えなさい。 (2) 下線部αについて,これらの王国はのちどの国のもととなったか, 3国答えなさい。 (3) 下線部bについて, ノルマンディー公国が征服王朝をたてた国はどこか。 (4) 主君が臣下に与えた領地を何というか。 (5) 領地を与えられた臣下は,主君にどのような義務を負ったか。 (6) 領主が農民を使って経営した土地を何というか。 (7) 領主が農民に課した義務で、 領主の直営地を耕作させたものを何というか。 (8) 貢納のほかに農民たちが領主に支払った税にはどのようなものが1つあったか。 (9) この時代の農民が農奴とよばれたのはなぜか。 (10) 教会は土地や財産の寄進を受けて, 広い荘園を持つ領主でもあった。修道院は農業に対して どのように取り組んでいたか。

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世界史 高校生

教えてください💦

世界史探究 答えはすべて解答欄に書きなさい。 [1] 古代オリエントの統一, 古代ギリシアとヘレニズム世界について、 次の問いに答えなさい。 (教科書 PP.35~43 参照) (1) 次の文章を読み, 空欄 ①~⑤に適する語句を答えなさい。 A エジプトとメソポタミアにはさまれたシリアでは,前12世紀ごろから勢力をもつ民族があらわれ、フェニキア 人は(①)やティルスなどの港市国家を拠点に, 西地中海まで進出し, 北アフリカからイベリア半島にかけて 多くの(②)を建設した。 B 前6世紀のはじめ, アテネでは,(③)が貴族と平民の調停にのりだしたが,抗争はおさまらず,やがて独裁 政治を行う(④)があらわれた。前6世紀末には(④)の出現を防ぐため,クレイステネスが(⑤)の制 度を定めた (2) 古代オリエントの統一に関する次の文を読み,正しければ◯, 間違えていれば×をつけなさい。 I ユダヤ教は『創世記』 などの聖典を生み出し、それらはキリスト教だけでなく, イスラームにも受けつがれてい る。 Ⅱ アケメネス朝ペルシアにはさまざまな民族が住んでいたが,アッシリアと同じように, 服従した異民族に強制 移住や重税を課した。 (3)次の文章の空欄 ⑥ ⑦ に当てはまるものとして、正しい組み合わせを一つ選び, 記号で答えなさい。 フェニキア文字はアルファベットのもととなる(⑥) 文字で、(⑦)をあらわす文字しかなかった。 イ⑥表意 ⑦母音 ア⑥ 表意 ⑦ 子音 ウ⑥表音⑦ 子音 ⑥表音⑦母音 (4) 次の文章の次の空欄⑧に当てはまるものとして,正しいものを一つ選び, 記号で答えなさい。 「人物は万物の尺度である」というプロタゴラスの言葉は, (⑧)を唱えるものである。 ア 絶対主義 イ 相対主義 ウ 知徳の合一 理想国家論 (5)次のアテネの民主政に関する次の文を読み、正しければ〇,間違えていれば×をつけなさい。 アテネの民主政では,すべての成年市民が集まって議決した。

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古文 高校生

模試で古今著聞集を解いたのですが文章で出てくる位がよくわからないです。 中納言と右大弁は兼任できるのですか。 正三位と中納言はどちらの方が偉いのですか。 なぜ正三位になったら左大弁になれないのですか。 誰かお願いします😭😭

選択肢】 冒頭に「歌合せでは」とあって、歌合せの場合だけに限定してい が正しいとすると、「歌合せ」以外の場では歌の表現に注意しなくてもよいと になってしまおう。 ここでは、話題を「神の前で詠む和歌」に限定しているのが不適。【文章Ⅰ】 の前で詠む和歌」の作法は話題になっていない。 ②と同じく、話題を「歌合せ」に限定しているのが不適。 は⑩。 したように、【文章Ⅰ】の主題は、「和歌を詠むときには、その和歌の内容が の前に かもしれないので、その表現に注意しなければならない」ということであっ を踏まえて、浜の南の宮が焼けたことと、生徒Aの発言中の 南の宮作り改めてけり夜半の白雪」という表現は、本当は雪が降って浜の 段と違って見えるということを詠んだだけだけど」 とあることから解いてい る。 「浜の南の宮作り改めてけり夜半の白雪」は雪の降った翌朝の景色が普 と詠んだのだが、「作り改めてけり」が浜の南の宮が焼失して作り直すこ を暗示する表現になっていたために、本当に火事になってしまったという話 前の実綱の国の歌で述べたことを補強している。 以上を踏まえると、「浜 が近い将来作り直されることを暗示するような表現」が正解と判断される。 「涙の南の宮の改修は神の望みである」、③「浜の南の宮がどんな災害をも回避す ⑨「浜の南の宮の修理は順調に進行する」は、「文章Ⅰ】 の本文にそれと相当す 実守中納言は、宰相の中将でいらっしゃったが、東宮坊に勤めたことに対する賞で 正三位に昇進なさったので、 実綱は)左大弁になる順番を追い越されてしまった。「こ の歌のせいだろうか」と、当時の人々は噂しあっていたということだ。 本当に詩歌の道 はよくよく考えなければならないことである。昔もこのような例はたくさんあったので しょうか。 同じ広田神社)歌合せで、「社頭の雪」という題の歌) 女房の佐が詠みました 歌は、 今朝見ると、浜の南の宮を作り直してしまったのだなあ。 夜半の雪によって。 この歌が詠まれた)後、再び浜の南の宮は焼けておしまいになった。 これも歌の徴候 が現れたものだろうか。 あの実績の中納言は、弟の実房・実国などに官位を) 追い越されなさったときは、 どうして私たち一族は序列が乱れているのだろうか。 羨ましいのは(列を乱 さないで飛ぶ) 秋の雁たちだ。 このようにお読みになったのは、たいそう殊勝なことで、恨みはそのように深かっただ ろうが、誠信が、弟の斉信に追い越されて、目の前で悪行の報いで死後に苦悩の世界に 赴くことを心に決めて恨み死にをなさったのとは似ていないだろうか。 【文章】 斉信民部卿が宰相の当時、才能が人より) 優れていることによって、兄の誠信の君 を追い越して、 中納言におなりになったので、 誠信は、我が身の失態を忘れて、目の前 の恨みに耐えられないで口惜しいとお思いになったのだろうか、七日目の日に、恨み死 にでお亡くなりになった。 (誠信は) 手を握ってお亡くなりになったが、恨みの) 心が 強かったからだろうか、指の爪が、 みな甲へと突き抜けていたということだ。 弟に官位を追い越されることは、帝王や、臣下をはじめとして、その例は少なく ない。 直ちに、これほどまでのことがあるだろうか(いやない) と、 恐ろしく思えるこ 三条内大臣公教会のご子息である、 実綱中納言は、弟の君達である、 実房、 実国など に追い越されて、 どうして私たち一族はこのよう (に序列が乱れているのだろうか。羨ましいのは (列を乱さないで飛ぶ) 秋の雁たちだ。 などとお休みになったとかいうことも、実綱の) 恨みはたいそう深くお感じになって いたのだろうが、このようなこと(=誠信のように恨み死にをすることはなかった。 誠信が目の前の現世)における悪行の報いで死後に苦悩の世界に赴く報いを実感な とだ。 +2 ●現代語訳 【文章Ⅰ】 同じ(承安二年、この(二年前の住吉大社の)歌合せの行事を広田大明神が、海の 上から羨ましくお思いになっているということを、二、三人が同じように夢として見申 し上げた。 道因がそのことを聞いて、また(二年前と同じように)人々の歌を請い求め 歌合せを開催した。歌合せの題は、「社頭の雪」「海上の眺望」「述懐」が、このよう <= 人々の歌を請い求めての歌合せ〉であった。これ<=この歌合せ>も藤原俊成が判者を つとめた。「述懐」の歌に、二条中納言実綱卿が左大弁のとき、宰相の教長入道と歌合 の相手として組み合わせて、 のりなが 「位山を上る」という「上る」ではないが、位が上がれば人に追い越されてしま う我が身であるよ。(古歌に「最上川のぼればくだる」とあるが、私は) 最上川 を漕ぐ舟ではないのになあ。 その 実綱)は、四位・五位だった期間は重要な役職を経験することなく、弟たち二 人に位階を追い越されて哀れな境遇になっておられたが、仁安元年十一月八日、蔵 人の頭に任命されて、 同じ (仁安) 二年二月十一日、参議に就任して右大弁を兼任した。 同じ(仁安) 三年八月四日、従三位に就任した。 嘉応二年正月十八日、左大弁に転じた。 昔の哀れな境遇のとき)の恨みも解消するくらいに、このように次々と続いて昇進な さっていたのに、この歌<=「位山のぼればくだる..…」 の歌〉をお詠みになったのは どのようにお思いになったからだろうか。こうしている間に、同じ(承安) 三年正月六 さったというのは、本当につまらないことと思われる。 顕基中納言が、いつも「罪がないのに流罪になって)、配所の月を見たかったなあ」 とおっしゃっていた状況には(誠信の死に方は) 似ていらっしゃらなかった <=違って いらっしゃった〉。 実に適切な仏道に人を導いてくれる機縁となる物事に出合えていな がら、(誠信が命を落としてしまったのは、無意味なことではないか。 これだけではなく、寛算が死後悪霊となり (祟りをなしたことや)、清和天皇が、前 世で、法華経転読の功徳を自らの極楽往生のために用いないで、伴善男に対する復讐 のために用いることを誓って死んだ (こと) は、恨みが深いためである。 ともよしお ふくしゅう

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