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国語 中学生

最後の7を教えてください。出来れば解説して欲しいです

五、次の文章を読んであとの問いに答えなさい。 字数の指示のある解答は、句読点や符合も一字として数えなさい。 せっつ はんごく しゅ とうかんえいきん さっとう まつやましんすけ さむらいだいしょうなかむら しんべえ できない さんげんえ たいこう ほこさき やりなかむら さきが しょうじょうひ お 【思判・表】 摂津国の主であった松山新介の侍大将 中村新兵衛は、五畿内中国に聞こえた大豪の士であった。 その頃、畿内を分領していた筒井、松永、荒木、和田、別所など大名小名の手の者で、「槍中村」を知らぬ者は、恐ら く一人もなかっただろう。それほど、新兵衛はそのしごき出す三間柄の大身の槍の矛先で、先駆けしんがりの功名を重ね ていた。そのうえ、彼の武者姿は戦場において、水際立った華やかさを示していた。火のような猩々緋の羽織を着て、 唐冠纓金のかぶとをかぶった彼の姿は、敵味方の間に、輝くばかりの鮮やかさを持っていた。 「ああ猩々緋よ唐冠よ。」と敵の雑兵は、新兵衛の槍先を避けた。味方が崩れ立ったとき、激浪の中に立ついわおのよう に敵勢を支えている猩々緋の姿は、どれほど味方にとって頼もしいものであったか分からなかった。また嵐のように敵陣 に殺到するとき、その先登に輝いている唐冠のかぶとは、敵にとってどれほどの脅威であるか分からなかった。 せんとう ぞうひょう げんぶく きょうい ①げきろう しんらい こうして槍中村の猩々緋と唐冠のかぶとは、戦場の華であり敵に対する脅威であり味方にとっては信頼の的であった。 「新兵衛殿、折り入ってお願いがある。」と、元服してからまだ間もないらしい美男の侍は、新兵衛の前に手をついた。 「何事じゃ、そなたと我らの間に、さような辞儀はいらぬぞ。望みというを、はよう言ってみい。」と育むような慈顔を もって、新兵衛は相手を見た。 じん きじん そばはら もりやく いつく その若い侍は、新兵衛の主君松山新介の側腹の子であった。そして、幼少の頃から、新兵衛が守役として、我が子のよ うに慈しみ育ててきたのであった。 ういじん てがら おみ 「ほかのことでもおりない。明日は我らの初陣じゃほどに、なんぞ華々しい手柄をしてみたい。ついては御身様の猩々緋 と唐冠のかぶとを貸してたもらぬか。あの羽織とかぶととを着て、敵の目を驚かしてみとうござる。」 だま むじゃき 「ハハハハ。念もないことじゃ。」 新兵衛は高らかに笑った。新兵衛は、相手の子供らしい無邪気な功名心を快く受け入 れることができた。 「が、申しておく、あの羽織やかぶとは、申さば中村新兵衛の形じゃわ。 そなたが、あの品々を身に着けるうえからは、 我らほどの肝魂を持たいではかなわぬことぞ。」と言いながら、新兵衛はまた高らかに笑った。 やまと じゅんけい しりめ その明くる日、摂津平野の一角で、松山勢は、大和の筒井順慶の兵としのぎを削った。戦いが始まる前、いつものよ うに猩々緋の武者が唐冠のかぶとを朝日に輝かしながら、敵勢を尻目にかけて、大きく輪乗りをしたかと思うと、駒の頭 を立て直して、一気に敵陣に乗り入った。 ゆうゆう 吹き分けられるように、敵陣の一角が乱れたところを、猩々緋の武者は槍をつけたかと思うと、早くも三、四人の端 武者を、突き伏せて、また悠々と味方の陣へ引き返した。 くろかわおどし なんばんてつ びしょう その日に限って、黒革滅の鎧を着て、南蛮鉄のかぶとをかぶっていた中村新兵衛は、会心の微笑を含みながら、猩々 緋の武者の華々しい武者ぶりを眺めていた。そして自分の形だけすらこれほどの力を持っているということに、かなり大 こま はした

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現代文 高校生

写真の文章の黄色部分って、赤色部分の国家のことか青色部分の国家のことか、どちらでしょうか? どなたか教えてください。

もたない。 次の文章を読んで、後の問に答えよ。 (配点 六十点) なぜ人類は首長や王といった政治リーダーを必要としてきたのか? ここまで南米先住民、 メラネシア、アフリカといった、 に集団から託されているにすぎない、ということだ。 さまざまな時代や地域に共通するリーダー像をたどってきた。 そこからみえてきたのは、リーダーは集団のために、集団に貢献 するかぎりにおいて、ある種の特権や権威を A ふくしゅう フランスの人類学者ピエール・クラストルは、アメリカ先住民アパッチの首長ジェロニモの物語を紹介している。 メキシコ軍 から襲撃され、ジェロニモの家族も皆殺しにされた。アパッチは、ギャクサツへの復讐を誓い、その戦いの指揮を勇敢な戦士 だったジェロニモに託す。戦いはアパッチの大勝利に終わった。映画や小説にとりあげられ、白人への抵抗戦争の英雄として知 られるジェロニモだが、話はそこで終わらない。 アパッチにとって「復讐」は勝利によって成し遂げられたが、ジェロニモは、さらなる復讐を欲し、あらたなエンセイに仲間 を誘う。しかし、さらなる復讐は、もはや集団の目標ではなく、ジェロニモの個人的目標に変わっていた。その欲望は人びとに 拒絶される。 クラストルは、戦士としての能力で民族の道具となったジェロニモが、今度は民族を彼の道具にしようとして失敗した、とい う。「北米最後の偉大なる戦争の首長」であるジェロニモが英雄になれたのは、集団の目的に貢献しうるあいだだけだったのだ。 首長のいうことにだれも服従の義務がない。権限をもたない政治リーダー。なぜそれが可能なのか、権限をもつことがリー ダーの条件だという常識にとらわれているぼくらには想像しがたい。 クラストルは、首長の役割についてこう説明する。 首長は、個人どうし、家族間、リニジ 〔出自集団]間に生じうる係争を解消することを任務としており、秩序と協調をとり もどすのに、社会が彼に認めている威信以外に手段をもっていない。だがもちろん威信は権力を意味するものではなく、首 長が調停者としての責を果すのに有する手段は、言葉の独占的使用に限られているのだ。 はた 首長は裁判官ではない。対立する陣営に調停案を示したり、どちらかに肩入れして擁護したりするわけでもない。そういう意 味では弁護士とも違う。首長はその弁舌で人びとに平静をとりもどし、非難の投げあいをやめるよう訴える。互いに理解しあい 平和に暮らしていた祖先をまねるよう説得する。 そこでの道具は「言葉」だけだ。 首長は社会のなかで生じるさまざまな問題を解決するための役割を担う。威信と言葉以外につかえる強制力をともなう手段は い。日本だと、白か黒か、はっきり決断を下すのがリーダーの役割だと考えられている」「決められる政治」が政治家の キャッチフレーズとしてもてはやされるくらいだ。 だが、リーダーが決断して意思決定するだけであれば、それは民主主義とはほど遠い。首長たちは弁舌によって人びとを説得 し、納得させようとする。つまり決断を下すのではなく、人びとの同意をえることがリーダーの仕事になる。 それは、みなが同 意できる状況をつくれなければ、集団としてのまとまりを維持できなくなるからだ。 政治家が主権者によって選ばれ、その同意の範囲で政治的な役割をはたす。それを真の意味で実践していたのは現代の民主主 義をかかげる国家ではなく、「未開社会」とされた国家なき社会だった。 人びとは、リーダーが集団の目標に貢献しているのか、つねに関心を寄せ、そこから道をはずれると、さっと同意をヒルガエ す。国家が人びとを監視する監視社会とは逆に、リーダーがつねに人びとから監視されているのだ。 なんのために国家があるのか。 クラストルは、「未開社会」が国家をもたないのは、国家をもつ段階に至っていないからでは なく、むしろあえて国家をもつことを望まなかったからだという。一部の者だけが権力をもち、人びとを支配するためにその権 力がつかわれることを拒絶したのだ、と。 国家ができると、その社会は支配する者と支配される者とに分かれてしまう。クラストルは、国家権力を生みだす根底には、 権力への欲望とともに、隷従への欲望があると指摘する。一度、権力関係が生まれ、社会が支配者と被支配者に分化してしまう と、もはやあともどりできなくなる。だから国家なき社会では、あえて首長に のようにふるまうことをソシしてきた。 B な権力をもたせないようにし、専制

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古文 高校生

模試で古今著聞集を解いたのですが文章で出てくる位がよくわからないです。 中納言と右大弁は兼任できるのですか。 正三位と中納言はどちらの方が偉いのですか。 なぜ正三位になったら左大弁になれないのですか。 誰かお願いします😭😭

選択肢】 冒頭に「歌合せでは」とあって、歌合せの場合だけに限定してい が正しいとすると、「歌合せ」以外の場では歌の表現に注意しなくてもよいと になってしまおう。 ここでは、話題を「神の前で詠む和歌」に限定しているのが不適。【文章Ⅰ】 の前で詠む和歌」の作法は話題になっていない。 ②と同じく、話題を「歌合せ」に限定しているのが不適。 は⑩。 したように、【文章Ⅰ】の主題は、「和歌を詠むときには、その和歌の内容が の前に かもしれないので、その表現に注意しなければならない」ということであっ を踏まえて、浜の南の宮が焼けたことと、生徒Aの発言中の 南の宮作り改めてけり夜半の白雪」という表現は、本当は雪が降って浜の 段と違って見えるということを詠んだだけだけど」 とあることから解いてい る。 「浜の南の宮作り改めてけり夜半の白雪」は雪の降った翌朝の景色が普 と詠んだのだが、「作り改めてけり」が浜の南の宮が焼失して作り直すこ を暗示する表現になっていたために、本当に火事になってしまったという話 前の実綱の国の歌で述べたことを補強している。 以上を踏まえると、「浜 が近い将来作り直されることを暗示するような表現」が正解と判断される。 「涙の南の宮の改修は神の望みである」、③「浜の南の宮がどんな災害をも回避す ⑨「浜の南の宮の修理は順調に進行する」は、「文章Ⅰ】 の本文にそれと相当す 実守中納言は、宰相の中将でいらっしゃったが、東宮坊に勤めたことに対する賞で 正三位に昇進なさったので、 実綱は)左大弁になる順番を追い越されてしまった。「こ の歌のせいだろうか」と、当時の人々は噂しあっていたということだ。 本当に詩歌の道 はよくよく考えなければならないことである。昔もこのような例はたくさんあったので しょうか。 同じ広田神社)歌合せで、「社頭の雪」という題の歌) 女房の佐が詠みました 歌は、 今朝見ると、浜の南の宮を作り直してしまったのだなあ。 夜半の雪によって。 この歌が詠まれた)後、再び浜の南の宮は焼けておしまいになった。 これも歌の徴候 が現れたものだろうか。 あの実績の中納言は、弟の実房・実国などに官位を) 追い越されなさったときは、 どうして私たち一族は序列が乱れているのだろうか。 羨ましいのは(列を乱 さないで飛ぶ) 秋の雁たちだ。 このようにお読みになったのは、たいそう殊勝なことで、恨みはそのように深かっただ ろうが、誠信が、弟の斉信に追い越されて、目の前で悪行の報いで死後に苦悩の世界に 赴くことを心に決めて恨み死にをなさったのとは似ていないだろうか。 【文章】 斉信民部卿が宰相の当時、才能が人より) 優れていることによって、兄の誠信の君 を追い越して、 中納言におなりになったので、 誠信は、我が身の失態を忘れて、目の前 の恨みに耐えられないで口惜しいとお思いになったのだろうか、七日目の日に、恨み死 にでお亡くなりになった。 (誠信は) 手を握ってお亡くなりになったが、恨みの) 心が 強かったからだろうか、指の爪が、 みな甲へと突き抜けていたということだ。 弟に官位を追い越されることは、帝王や、臣下をはじめとして、その例は少なく ない。 直ちに、これほどまでのことがあるだろうか(いやない) と、 恐ろしく思えるこ 三条内大臣公教会のご子息である、 実綱中納言は、弟の君達である、 実房、 実国など に追い越されて、 どうして私たち一族はこのよう (に序列が乱れているのだろうか。羨ましいのは (列を乱さないで飛ぶ) 秋の雁たちだ。 などとお休みになったとかいうことも、実綱の) 恨みはたいそう深くお感じになって いたのだろうが、このようなこと(=誠信のように恨み死にをすることはなかった。 誠信が目の前の現世)における悪行の報いで死後に苦悩の世界に赴く報いを実感な とだ。 +2 ●現代語訳 【文章Ⅰ】 同じ(承安二年、この(二年前の住吉大社の)歌合せの行事を広田大明神が、海の 上から羨ましくお思いになっているということを、二、三人が同じように夢として見申 し上げた。 道因がそのことを聞いて、また(二年前と同じように)人々の歌を請い求め 歌合せを開催した。歌合せの題は、「社頭の雪」「海上の眺望」「述懐」が、このよう <= 人々の歌を請い求めての歌合せ〉であった。これ<=この歌合せ>も藤原俊成が判者を つとめた。「述懐」の歌に、二条中納言実綱卿が左大弁のとき、宰相の教長入道と歌合 の相手として組み合わせて、 のりなが 「位山を上る」という「上る」ではないが、位が上がれば人に追い越されてしま う我が身であるよ。(古歌に「最上川のぼればくだる」とあるが、私は) 最上川 を漕ぐ舟ではないのになあ。 その 実綱)は、四位・五位だった期間は重要な役職を経験することなく、弟たち二 人に位階を追い越されて哀れな境遇になっておられたが、仁安元年十一月八日、蔵 人の頭に任命されて、 同じ (仁安) 二年二月十一日、参議に就任して右大弁を兼任した。 同じ(仁安) 三年八月四日、従三位に就任した。 嘉応二年正月十八日、左大弁に転じた。 昔の哀れな境遇のとき)の恨みも解消するくらいに、このように次々と続いて昇進な さっていたのに、この歌<=「位山のぼればくだる..…」 の歌〉をお詠みになったのは どのようにお思いになったからだろうか。こうしている間に、同じ(承安) 三年正月六 さったというのは、本当につまらないことと思われる。 顕基中納言が、いつも「罪がないのに流罪になって)、配所の月を見たかったなあ」 とおっしゃっていた状況には(誠信の死に方は) 似ていらっしゃらなかった <=違って いらっしゃった〉。 実に適切な仏道に人を導いてくれる機縁となる物事に出合えていな がら、(誠信が命を落としてしまったのは、無意味なことではないか。 これだけではなく、寛算が死後悪霊となり (祟りをなしたことや)、清和天皇が、前 世で、法華経転読の功徳を自らの極楽往生のために用いないで、伴善男に対する復讐 のために用いることを誓って死んだ (こと) は、恨みが深いためである。 ともよしお ふくしゅう

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古文 高校生

品詞分解お願いしたいです🥲 とくに、敬語のところお願いしたいです‼️ 全てじゃなくてもいいので…少しでも教えていただけると助かります✨️🙏🏼

第3問 次の【文章】【文章】は「落窪物語』の一節である。 中納言の娘である女君(本文では「君」)は、幼い頃に実母を亡く おちくぼ ほうえ やしき し、継母(本文では「北の方」)にいじめられて育ったが、権勢家の子息である男君(本文では「大納言」)とひそかに結婚し、その 後は男君の邸で幸せに暮らしていた。数年後、女君は父中納言との再会を果たし、男君の提案で父の幸福を祈る法会を父の邸 で行うが、その時、女君の異母姉妹である三の君は、参列者の中にかつての夫を見つける。【文章Ⅰ】は、法会の前夜、継母が 女君と対面する場面から始まる。【文章】は、法会が終わった直後の場面である。【文章Ⅰ】と【文章Ⅱ】を読んで、後の問い (問1~6)に答えよ。 (配点 50) 【文章Ⅰ】 たま ほんじゃう (注1) 北の方、いかがはせむと思ひなりて、物語して、「まだ幼くておのがもとに渡り給ひにしかば、我が子となむ思ひ聞こえ しを、おのが心本性、立ち腹に侍りて、思ひやりなく物言ふこともなむ侍るを、さやうにてもや、もし、ものしきさまに御 覧ぜられけむと、限りなくいとほしくなむ」と言へば、君は下には少しをかしく思ふことあれど、何か。さらにものしきこ とやは侍りけむ。思ひ置くこと侍らず。ただ、いかで思ふさまに心ざしを見え奉りにしがなと、思ひ置くこととて、侍りしこ (注2) となむ」とのたまへば、北の方、「うれしくも侍るなるかな。 よからぬ者ども多く侍るなれば、思ふさまにも待らぬに、かくて おはするをなむ、誰も誰も喜び申し侍るめる」と申し給ふ。 (注3) (注4) 明けぬれば、4つとめてより、事とくはじめ給ふ。上達部、いと多かり。まして、四位五位、数知らず多かり。「年ごろ癡 こ さうぞ ひ惑ひ給へる中納言は、いかでかく時の人を婿にて持たりけむ。幸人にこそありけれ」と、言ひあさむ。この大納言は、ま して二十余にていと漬げにてものものしくて、出で入り、事おこなひありき給へば、中納言いと配立たしくうれしくて、老い 心地に涙をうち落として喜びゐたり。御弟の宰相中将、三の君の夫の中納言、いと清げに装束きつつ参り給へり。三の君、中 納言を見るに、絶えたりし昔思ひ出でられて、いとかなしうて、目をつけて見れば、装束よりはじめて、いと清げにてゐたる (注7) (注8) を見るに、いと心憂くつらし。 我が身の幸ひあらましかば、かくうち続きてありき給はましも、こよなきほどならで、いかに うぞく よからましと思ふに、我が身のいと心憂くて、人知れずうち泣きて、 思ひ出づやと見れば人はつれなくて心弱きは我が身なりけり と、人知れず言はる。

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現代文 高校生

専門学校の過去問を解いてみたのですが、回答がネット上にもなくて困っています。 みづらくて申し訳ないのですが回答はあっているか確認していただきたいです。 また、間違っているところが有れば正しい回答も教えて頂きたいです。

次の文章を読んで、後の間に答えなさい。 日 差別は、われわれ人間の中の悪意に基づく。だが、だからといってわれわれの心に住まう悪意をあ 相去すべきなのだろうか ? _これまであらゆる宗教家はそう教えてきたし、哲学者の中にもそう説いて きた者が少なくない。(中略) われわれは他人を嘱し、既 め、他人に危害を加え、破滅させる。純粋に(さまざまな意味で)気に入ら v ない他人に禍 をもたらそうと企 む場合もある。正義を全うするため、国家や家族を守るため、などの vJ全n ,美名のもとにそうする場合もある。復讐 の揚合もあり、自分の身や地位を守る場合もある。 |外形的に他人に膏を加える行為のうち、動機によって正しい行為と誤った行為とを区別することは B には外形的に他人に危害を加える行 い 響に 有効ではないであろう。 A には分けられるであろうが、 為の内的動機を快り出すことは虚しいであろう。当人にも不明な要因が残るであろう。 よって、われわれは他人に危害を加える存在者なのだ。他人を苦しめようとし、その苦しみを喜び、他 人を破減させようとし、その破滅を祝う存在者なのである。(中略) と ローレンツは、人間のみが文化を有するが、それを人間のみが一 c 撃」をするところに求める。 地上の動物が「高級」になればなるほど、集団や個体の差イに敏感になり、ある集団や個体を好み、別 の集団や個体を嫌うのである。ある集団や個体はミ方であり、ある集団や個体は敵なのだ。こうした濃」 淡のある差イの体系が形成されるところに文化は芽生え生育するのである。言いカえれば 存在しないところには、 o方も存在しないのだから、一致団結して敵に立ち向かいミ方を守ると いう勇カンな行為、集団のために自分を犠牲にするという感動的な行為も消え去る。友情も恋愛も家族 愛も……それを如み破壊しようとする敵がいてこそ大切な総なのである。(中略) こうした攻撃心を、動物行動学や精神病理学の成果から無批判的に受容し肯定するのは危険であろう。 かしVこれを無批判的に排除し否定するのもやはり危険なのだ。(差別感情というテーマにおいて、わ れわれのうちに否定しようもなく認められるこうした広い意味での攻撃=悪意を一掃することを目標に してはならない、とは言えるであろう。 あらゆる悪意とその発露が根絶された理想社会を掲げて現状を嘆くのではなくい自他の心に住まう悪 意と闘い続けること、その暴走を許さずそれをしっかり制御することVこうした努力のうちにこそ生き る価値を見つけるべきなのだ。人間の悪意を一律に抹殺することを目標にしてはならない。誤解を恐れ ずに言えば、悪音意のうちにこそ人生の豊かさがある。それをいかに対処するかがその人の価値を決める のである。 自分のうちに潜む攻撃心を圧殺してはならないということは、それを容認することではなく まして それをそのまま資定することではない。われわれは、(むしろ差別感情に伴う攻撃心や悪意を保持したま ま、自己を正当化することが多い。ここに、刺き出しの攻撃心や悪意より|え 悪質な、巧ミョウに隠 された攻撃心が育っていく。ここには、差別をしていないと言いながら紛れもない差別をしているとい の う彼さが悪臭を放っている。

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