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歴史 中学生

中2の歴史の問題で分かるところだけでも教えてください🙇‍♀️

AR 6 産業の発達と都市の繁栄 (1) 交通 幕府による交通路の整備がすすむ。 ウル ・・・日本橋を起点とする。 とうかいどう なかせんどう にっこうどうちゅう おうしゅう ・・東海道・中山道・日光道中・奥州道中・ 甲州道中 ●陸上交通 MALL. 箱根などに関所を置く。 →江戸にいる大名の妻子が領地へ帰ら ないかなど、人や荷物の出入りをきび しくチェックした。 ●海上交通 にしまわ 西廻り航路… 日本海側を通って大阪に年 などを運ぶ航路。 18 (2) 産業の発達 農業の発達 新田開発, 道具の改良と発明, 肥料の利用。 新しい農具・・・ 千歯こき、 とうみ 深く耕せる 五街道 おもな城下町 おもな港町など 京都 工芸の町 大阪 天下の台所 ひがきかいせん たる 菱垣廻船樽廻船・・・大阪と江戸をつなぐ定期便。 西廻り航路 ma ○萩 長崎 鹿児島 佐賀 LX0984 ひがしまわ 東廻り航路・太平洋側を通って江戸に年貢などを運ぶ航路。 効率よく脱できる 日光道中(街道) 中山道 甲州道中 (街道) ir 高知 ○熊本 松前 商品作物の栽培・・・麻・ わた・あぶらな・あい・べにばな → 現金収入を得るため栽培。 →自給自足に近かった農村に貨幣経済が広まる。 じき 3 の生産・・・ しょうゆ (千葉県) 酒(兵庫県), 磁器 (石 川県・佐賀県)など。 弘前 仙台 酒田 会津 白河 新 日光 ●金沢 江戸 SAMA 将軍のおひざもと 江戸・上方航路(南海路) (菱垣廻船樽廻船) 屋 東海道 奥州道中(街道) ★江戸時代の交通 18 世紀, 耕地面積 は豊臣秀吉のころ の2倍に なぜ? 米の生産量が増え、米以 外の作物をつくるよゆう ができた。 また道具や肥 料を買うためなど 現金 が必要となっていった

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漢文 高校生

今度の期末の古典でやる漢文の基礎問題で答えがありません。1問だけでも良いので答えよろしくお願いいたします。間違えていても大丈夫です!

2 返り点·送りがな 日 はさむ甲乙点、甲乙点もはさむ天地人点などがあり、それらがいろい ろにからまっています。しっかり練習しましょう! 解答は別冊6ページ |三点を用いた句を中にはさんで、さら」 に上の字へ返る。 じょう げ てん 返り点に従って、口の中に読む順序を数字で入れよ。 固概概を献する者有り 因梅の木を献上する者がいた。 -上」と用いることもあります 8 児孫の為に美田を買はず。 訳 子孫たちのために大きな財産を残さない。 こうおつてん」 甲乙点上下点もはさんでさらに上の字へ返る。 書き下し文に従って返り点を付けよ 男者は必ずしも仁存らず 読才智有る者を得てひんと鋭す。 因 才智のすぐれた者を得て挙用したいと思う。 楚人に楯と矛とを得ぐ着有り。(5と 売る) 楚 人有 標与 + 「T-丙1乙1甲」と用いることもあります。甲乙点は、基本的には上 下点をはさんで用いますが、一二点を用いたあと、上中下点で返りきれな一 い場合に、上中下点をバスして甲乙丙丁を用いる例があります。 矛者。 割の小なるを以て之を為さざること初かれ 列以善小 不為之 レ レ点から読んで一二、上下と読む TEにして以て燕国の思ひを解き将軍の仇に報ゆべき おん 以、言 (S=N コン=ミ) 仇者。 園 君子は言を以て人を挙げず。 因 君子は言葉だけで人を用いたりしない。 くし 送りがな 送りがなは漢字の右下に、カタカナで小さくつけます (ふりがなは、漢字の右にひらがなでつけます) なカレもつテ ナルツ なスコトこれり 文語文法に従い、歴史的かなづかいを用いる 笑 活川語は活川語尾を送る。 訳些細なことだからといって悪いことをしてはいけない。 影の小なるを以て之を為すこと勿かれ 接続などは最後の一字を送る。(字の例もある) との場合も同しです T二レ、三レ、中し、下レ」のようになることはありません 助動詞や助詞を捕うことがあ 個 勿 1君 2 子 欲え 5有 不 3有 I梅 1才 2 樹 2 智 (5 Oロ L ||O口 上O

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日本史 高校生

(I)の1〜6 お願いします。

大坂には諸藩の蔵屋敷がおか どの蔵物を点検し, 収納した。蔵物の多くは淀」 たため,蔵屋敷は川沿いの中之島や堂島に集中 よど くらもの なか のしま どうじま 次の文を読み,右の地図を見て,下の問いに答えなさい。 77 経済の発展 江戸を起点とする五街道は, 17世 紀半ばから幕府の( 1 )が管理した。 街道の宿駅には,宿役人が伝馬役の 業務を行う(2 )や本陣·脇本陣な ごかいどう てん ま やく しゅくやくにん A 五街道 しゅくえき ほんじん わき 江戸 どがおかれた。 諸藩は,「天下の台所」といわれた 大坂に蔵屋敷をおいて, 年貢米や特 産物である( 3 )を送り, 各地からもたらされ一般商人が扱った( 4 )も盛んに販売された。 17世紀,京都の(5 )によって富士川·高瀬川などの水運が, ( 6 )によっ てA·Bの航路が整備された。江戸と大坂を結ぶ南海路では( 7 )と( 8) が定期的に運航し,19世紀半ば以降は( 8 )が( 7 )を圧倒した。18世紀末か らは, Aの航路で蝦夷地などの産物を運ぶ( 9 )や, 尾張の内海船が活躍した。 三都や城下町では,。問屋が同業者組織をつくって営業の独占を図り,。専 門の商品を売買する卸売市場が発達した。 東日本は「金遣い」,西日本は「銀遣 い」と流通貨幣が異なったため, 都市では両替商が金·銀·銭間の両替を行った。 (1) 文中の( )に適する語句を書け。 (2) 文中·地図中のA· Bの航路をそれぞれ何というか。 (3) 下線部aについて, 文中の(3)の取引を行う商人と, 代金の出納を行う 商人をそれぞれ何というか。 (4) 下線部bについて, 江戸と大坂間の荷物運送の利便や流通独占のために, 江戸と大坂につくられた問屋仲間をそれぞれ何というか。 (5) 下線部cについて, 江戸· 大坂の卸売市場として適切で ないものを,次のア~エから 1つ選び,記号を書け。 ア 大坂堂島の米市場 ウ 江戸神田の青物市場 (6)右の写真の銀貨のように, 重さを量って使用する貨幣を何というか。 大坂 南海路: B 特定の商人を介して販売した。 また,大坂では, a なんかい ろ おわり うつ み ぶね とい や おろじう、り きんづか C すいとう イ 大坂雑喉場の青物市場 エ 江戸日本橋の魚市場 かん だ 78 78 -諸学問の発達 次の問いに答えなさい。 |R 33 5 6

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