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国語 中学生

松尾芭蕉の「平泉」です。現代語訳は書いてあるんですけど、内容があまり読み取れないのでもう少し現代っぽく分かりやすく訳して下さいませんか🙇‍♀️お願いします🙇‍♀️🙇‍♀️

三代の栄耀一 一睡のうちにして、 大門の跡は一冊 こちら側にある。秀衡の館の跡は田んぼや野原になって、金鶏山だけが形を残している こなたにあり。秀衡が跡は 田野になりて、金鶏山のみ形を残す。 まず、高館に登ると、 南部地方から流れてくる北上川という大河が見える。衣川は まづ高館に登れば、 北上川南部より流るる大河なり 衣川は一 和泉の城をまわって流れ、高館の所で大河に合流している。 泰衡たちの旧跡は、 和泉が城を巡りて、高館の下にて大河に落ち入る。泰衡らが旧跡は、 衣が関を隔てて南部地方からの入り口を厳重に警戒して守り、蝦夷の(侵入)を防いでいたと見える。 衣が関を隔てて南部口をさし固め、 蝦夷を防ぐと見えたり。 それにしても、義経は忠義心の厚い家臣たちをえりすぐってこの城に立てこもり、(戦ったが) この城にこもり、 さても 義臣すぐつて」 功名は一時のもので、今は草むらになっている。(戦争によって)首都が破壊されても 功名一時の草むらとなる。 国破れて一 山や川は(昔のまま)変わらずにあり、 (荒れ果てた)城内にも春がきて、 城春にして 山河あり、 草や木が深々と生い茂っていると、笠を置いてしばらくの間涙を流したのであった。 草青みたりと、笠うち敷きて時の移るまで涙を落としはべりぬ

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日本史 高校生

(1)の9、12が分かりません。

の付近などで瀧渡工事を始め,新田開発を行った。その結果, 18世紀には, 73 I 近世の農業は労働集約的な小規模経営であったが,幕府や大名は大河川 (6 )が住んでいた。人々は, 番頭·手代などの商家で働く( 7)や手工業 1 5km D ばんとう てだい 者である職人など,多様な職業についた。 (1) 文中の( )に適する語句を書け。 73 「産業の進展 次の文を読んで,下の問いに答えなさい。 かんがい 1 は 村の共同山林である( 2 )で刈りとった草を用いる刈敷や,蔵肥 たどが用いられた。商品作物が広く栽培されるようになり, 武士·町人な どが居住する(3 )へ出荷する野菜や,茶などの特産物が生産された。 T 林業では,城郭や都市の建築資材を確保するため, 幕府や諸藩は山林を ( 4 )支配して管理した。木曽の槍や, 秋田の( 5 )の生産が有名である。 I 漁業では,上方の漁民により ( 6 )という漁法が全国に広まり, 漁獲量 が増大した。魚介類は,鰹節などの乾物に加工され, 都市に送られ流通した。 V 手工業では,戦国時代末に朝鮮半島から伝 わった(7 )の生産が盛んになり, これを原 かりしき きゅう ひ しょうひんさくもう 2 3 じょうかく きそ ひのき 4 5 かつおぶし かんぶつ 6 7 料に右の写真の伝統的な( 8 )という織機を 8 用いた織物業が盛んになった。また, 和紙は, 稽を原料に( 9 )という紙源の技術で広く生 産されるようになった。 こうぞ かみすき 9 あし お 10 ペっ V貨幣経済の発達による貨幣需要の増大や長崎貿易の拡大から, 足尾や別 子の鉱山で( 10 )の生産が増加した。また, 鉄は, 中国地方などで,砂鉄 を原科に( 11 )という技術で生産され, 各地で( 12 ) 職によって, 勤や鍬 などの農具に加工された。 さ てつ 11 すき くわ 12 "世紀後半から, 都市の間屋は, 商品を生産地の( 13 )という商人から ベしし、沈通経路にのせ,利益をあげた。問屋や( 13 )は,業種ごとに( 14 ) 組合とよばれる同業者団体を形成した。 ) 文中の( )に適する語句·数字(整数)を書け。 13 じゅたく 14

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