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英語 高校生

最初のwhileは、〜だがっていう意味じゃダメなんですか?あと九行目のアラブ世界中にっていうのは、アラブを通して世界中にっていう意味であってますか?

音読をしよう! 02 While it is common to speak of the “Silk Road." // no one seems to mention a “Coffe Road" even though some of its segments would be equally ancient and the relationshin established just as lasting. // Originating sometime prior to 525 in the Ethiopian province of Kaffa/ (from which th drink gets its name), // coffee was first used as an aid to religious prayer. // By the mid-15 century, // coffee drinking had sailed from Yemen up the Arabian Peninsula, // leaving in path the world's first coffee farms. // Indeed. / coffee always traveled in easy partnership wit Islam. // The world's earliest coffee houses opened in Mecca / and from there sprea throughout the Arab world. // Each culture along the Coffee Road left its mark on the drink. // In Yemen, which held global monopoly on coffee for hundreds of years, // the roasting of coffee became custom.// Yemeni people traded the beans via the Red Sea port of Mocha // (afte which, centuries later,/Americans would name their chocolate-flavored coffee). // h Turkey, various spices including cinnamon were added. // The Tunisians improved the drin with orange-flower water, // and the Moroccans added dried rose blossoms/as wella balsamic spices. // コンシーダード Coffee was considered a problem by many people from the start. // Catholic official wanted it banned from Europe. // After all,/ Christians drank wine but Muslims dran coffee. // Had Pope Clement VIII not been willing to try the drink of the non-believers, // th Coffee Road might never have reached Europe. // But instead of banning it, in 1600/th Pope declared it delicious and blessed the coffee. / His decision effectively threw open thr gates to a lively new culture // the European coffee house, // セローにごる Within the next 100 years, cafes sprung up all over Europe, // starting in Venice. Given the delight in the stimulating drink / and its commercial potential, // Europeans brough ■he coffee plant to their colonies in Indonesia and the Americas, // Around this time the Coffee Road took a surprising new turn / and entered Japan through the back door. // Dutch Merchants in Japan, who were permitted to live only on the small artificial island of Dejima 「were enthusiastic coffee drinkers. // From 1641, // knowledge of coffee began aki アスティック through this fan-shaped island. // 日本語訳 正正 C00229 「シルクロード」について話すことはよくある一方で, // 「コーヒーロード」について話す人はい ないように見受けられる。コーヒーという分野の一部は網と同じくらい古くからあり,/築かれ た関係もちょうど同じくらい長続きしているはずなのにもかかわらず、である。// 525年より前のあるとき,エチオピアのカッファという州で誕生し/ (この地名にちなんでこの飲 み物の名前がつけられた)/コーヒーは、最初は宗教的な祈りの補助として使われていた。 //15 世紀半ばまでに, //コーヒーを飲む習慣はイエメンからアラビア半島へと船で海をわたって伝わ り,//行く手で世界初のコーヒー農園ができていった。 // 実は、コーヒーは常にイスラム教と 調和して伝播していったのだ。//世界最古のコーヒーハウスはメッカでオープンし、そこからア ラブ世界中に広がったのである。 // コーヒーロード沿いのそれぞれの文化が、 この飲み物に影響を残している。 // イエメンでは,/ 何百年にもわたって, コーヒーにおいて世界で独占的な地位を占めていたコーヒーの焙煎が慣習に なった。 // イエメンの人々はモカの紅海に面した港を経由して豆の取引を行った // (この地にちな んで何世紀も後に,/アメリカ人がチョコレート風味のコーヒーに名前をつけることになる)。// トルコでは,/シナモンなどの様々な香辛料が加えられた。 //チュニジア人は橙花水を加えてコー ヒーの風味をよくし, // モロッコ人は乾燥させたバラの花びらを加えた/バルサムの香辛料だけで なく。// Lesson 2 コーヒーは初期より、多くの人々からやっかいな問題だとみなされていた。 // カトリック教会の 聖職者たちは、 ヨーロッパでコーヒーが禁止されることを望んでいた。 // なにしろ,キリスト教 徒はワインを飲んでいたが, イスラム教徒はコーヒーを飲んでいたからだ。 // ローマ教皇クレメンス 8世がキリスト教信者でない人々の飲み物 (であったコーヒー) を飲んでみなかったら, // コーヒー ロードはヨーロッパにたどりついていなかったかもしれない。 // しかしコーヒーを禁止するどころ か、1600年に, 教皇はコーヒーがおいしいと言明し、 コーヒーを祝福した。彼の決断が功 を奏し、活気ある新文化への門戸が開かれたのだった // ヨーロッパのコーヒーハウスという。 そこから100年もしないうちに, / ヨーロッパ中に喫茶店が誕生した / ベネチアに始まって。 この刺激作用のある飲み物を飲む楽しみと,そのビジネスチャンスを考慮して、 // ヨーロッパの 人々はコーヒーノキ [コーヒーの木] をインドネシアおよび南北アメリカ大陸の植民地に持ち込ん だ。 // この頃/コーヒーロードが驚くべき新たな展開を見せ、裏ルートで日本に侵入したの った/日本在住のオランダの商人たちが,長崎沖の出島という小さな人工島にしか住むこと 許されていなかった。熱狂的なコーヒー愛飲家になっていたのだ。 // 1641年以降// コーヒ に関する知識が少しずつ日本に流れ込み始めたこの扇形の島を通じて//

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現代文 高校生

生き物として生きるです。 問1を教えて欲しいです

学習のねらい 筆者の提案する人間の生き方について、文章構成をもとに把握し、自分に照らして考えを深める。 「生きもの」として生きる 「人間は生きものであり、自然の中にある」。これから考えることの基盤はここにあり ます。これは誰もがわかっていることであり、決して新しい指摘ではありません。しか し、現代社会はこれを基盤にしてでき上がってはいません。そこに問題があると思い、 改めてこの当たり前のことを確認するところから出発したいと思います。 まず、私たちの日常生活は、生きものであることを実感するものになっているでしょ うか。朝気持ちよく目覚め、朝日を浴び、新鮮な空気を体内に取り込み、朝食をおいし くいただく………これが生きものの暮らしです。 目覚まし時計で起こされ、お日さまや空 気を感じることなどなしに腕の時計を眺めながら家を飛び出す 実際にはこんな朝を 過ごすのが、現代社会の、とくに都会での生活です。ビルや地下街など、終日人工照明 の中で暮らすのが現代人の日常です。これでは生きものであるという感覚は持てません。 生きものにとっては、眠ったり、食べたり、歩いたりといった「日常」が最も重要で なかむら けいこ 中村桂子 5

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現代文 高校生

2枚目P22ページの例えば、から何言ってるのかわかりません。 現代文得意な方詳しく説明願います

がした 可能 いわ * いや生全体に 二〇一七年度 第 次の文章を読んで、後の設問に答えよ。 与えられた困難を人間の力で解決しようとして営まれるテクノロジーには、問題を自ら作り出し、それをまた新たな技術の開発 によって解決しようとするというかたちで自己展開していく傾向が、本質的に宿っているように私には思われる。 科学技術によっ て産み落とされた環境破壊が、 それを取り戻すために、新たな技術を要請するといった事例は、およそ枚挙にいとまないし、感染 防止のためのワクチンに対してウィルスがタイセイを備えるようになり、新たな開発を強いられるといったことは、毎冬のよう に耳にする話である。東日本大震災の直後稼働を停止した浜岡原発に対して、中部電力が海抜二二メートルの防波堤を築くことに よって、「安全審査」を受けようとしているというニュースに接したときも、同じ思いがリフレインするとともに、こうした展開に はたして終わりがあるのだろうかという気がした。 技術開発の展開が無限に続くとは、たしかにいい切れない。 次のステージにな にが起こるのか、当の専門家自身が予測不可能なのだから、先のことは誰にも見えないというべきだろう。けれども科学技術の展 開には、人間の営みでありながら、有無をいわせず人間をどこまでも牽引していく不気味なところがある。いったいそれはなんで あり、世界と人間とのどういった関係に由来するのだろうか。 けんいん 医療技術の発展は、たとえば不妊という状態を、技術的克服の課題とみなし、人工受精という技術を開発してきた。その一つ体 外授精の場合、受精卵着床の確率を上げるために、排卵誘発剤を用い複数の卵子を採取し受精させたうえで子宮内に戻す、といっ たことが行なわれてきたが、これによって多胎妊娠の可能性も高くなった。 多胎妊娠は、母胎へのフィジカルな影響や出産後の経 済的なことなど、さまざまな負担を患者に強いるため、現在は子宮内に戻す受精卵の数を制限するようになっている。だが、この 制限によっても多胎の「リスク」は、自然妊娠の二倍と、なお完全にコントロールできたわけではないし、複数の受精卵からの選択、 また選択されなかった「もの」の「処理」などの問題は、依然として残る。 いろう いずれにせよ、こうした問題に関わる是非の判断は、技術そのものによって解決できる次元には属していない。体外授精に比し より身近に起こっている延命措置の問題。 たとえば胃瘻などは、マスコミもとりあげ関心を惹くようになったが、もはや自ら食 事をとれなくなった老人に対して、胃に穴をあけるまでしなくても、鼻からチューブを通して直接栄養を胃に流し込むことは、か なり普通に行なわれている。このような措置が、ほんのその一部でしかない延命に関する技術の進展は、以前なら死んでいたはず の人間の生命をキュウサイし、多数の療養型医療施設を生み出すに到っている。 しかしながら老齢の人間の生命をできるだけ長く引き伸ばすということは、可能性としては現代の医療技術から出てくるが、現 実化すべきかどうかとなると、その判断は別なカテゴリーに属す。「できる」ということが、そのまま「すべき」にならないのは、 核爆弾の技術をもつことが、その使用を是認することにならないのと一般である。 テクネー (TEX(VM) である技術は、ドイツ語 Kunst の語源が示す通り、「できること(können)」の世界に属すものであって、「すべきこと (sollen)」とは区別されねばならない。 テクノロジーは、本質的に「一定の条件が与えられたときに、それに応じた結果が生ずる」という知識の集合体である。すなわ ち、「どうすればできるのか」についての知識、ハウ・トゥーの知識だといってよい。それは、結果として出てくるものが望ましい かどうかに関する知識、それを統御する目的に関する知識ではないし、またそれとは無縁でなければならない。その限りのところ それが単なる道具としてニュートラルなものに留まりえない理由もある。 では、テクノロジーは、ニュートラルな道具だと、いえなくもない。ところが、こうして「すべきこと」から離れているところに、 ほうてき テクノロジーは、実行の可能性を示すところまで人間を導くだけで、そこに行為者としての人間を放擲するのであり、放擲され た人間は、かつてはなしえなかったがゆえに、問われることもなかった問題に、しかも決断せざるをえない行為者として直面する。 妊婦の血液検査によって胎児の染色体異常を発見する技術には、そのまま妊娠を続けるべきか、中絶すべきかという判断の是非 を決めることはできないが、その技術と出会い行使した妊婦は、いずれかを選び取らざるをえない。いわゆる「新型出生前診断」 3限目 問題文

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