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歴史 中学生

「三酔人経綸問答」についてです。 最後の「あなたはどの様に主張するか」にどのように答えれば良いのでしょうか。 3枚目の写真のようなので良いでしょか。

(1) FRITION POI GARTHOM 課題 これから日本はどのように他国と付き合うべきか 3人はどのような立場なのだろうか、 3人の立場を図中に表そう。 3人の主張を簡潔にま とめ、なぜ彼らがそのような主張をしているのか、 その根拠をまとめてみよう。 主張 資料 根拠 アジア寄り 紳 DFC 重 視 武 力 放 棄 紳士君 欧米寄り 豪傑君 図中に次の記号をプロットする 共和政を実践して、 ヨーロッパの先を行き、 強国も侵略できない ような国にすればよい 真の文明国を目指す 欧米諸国は軍拡競争に 熱心なので、破裂すれば アジアも巻き込まれてしまう から、戦争ができるよう 軍事力を高める資源奪う 戦争に対応できるように ① ④ 共和政はアメリカが行っていた 日本は軍用益がとても少ないので 武力で対するのは無理 ヨーロッパ大 ヨーロッパはとても 軍拡競争に熱心 →列強が保有する軍艦の 量が因 紳士君 南武力で対抗するのではなく、 海 : 豪傑君 先 南海先生 教育や商工業を充実させて いくことが大事である。 ⑥ 当時アジアの人々は差別されていた 自国を守るために 生また国際法によって国は (11) 国際法 「そのため そのための戦力 守られているのでアジアの国々 で協力し合うべきだ。 アジアの中でヨーロッパに対抗 言論重視 紳士君 豪傑君 紳 (2) 当時の人々の立場に立って、3人の主張に対し、 反論をしよう。 反論 戦力を本当に放きしてよいのか現時点で明治政府に対して反対・賛で分かれている 利きれつが入るのでは、共和政 レもし他国が侵略してきて、「やめて」と言ってもせめてきたらどう対応するのが 話し合いで本当にまとまるのか 天いなくなる!? 戦争で人々が殺されれば人口が減ってしまう 戦争で使う費用をはらうのは庶民←負担因 資料5…戦争に負けたら中国と同じように進出をねらわれると、日本は負ける可能性大 南 資料6…アジアに守る力がそんなにあるのか 負けたら 国が苦しくなる 優しくなる 資料4 インド人やトルコトたちを守 ?ってあげないといけない…!? 先 国際法をやぶる国もいるから国際法をそんなに頼っていいので 生 ☆あなたはどう主張するか 今日シアはウクライナをせめている(国際記で罰せられるより戦争した方が メリッド高い) 自国を守ったり、侵略されそうになったら対抗できるほどの戦力は持っていた方が 絶対に良い。ヨーロッパに 負けたらもともこもない B

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現代文 高校生

22〜24までの回答を持ってる方見せてください

ださい。 273 54 2 2 アムリタ ステップ3 基礎力を完成させよう 吉本ばなな 読解 「私」の胸に熱い塊をつくったものは何だ 課題 比喩表現から心情理解を深めよう 読標 目 (注) ある日、「私()」は階段から転落してしまう。病院で意識を取り戻した「私」であったが、記憶の一部を 失っていて駆けつけた母のこともよく認識できずにいた。そんな「私」の脳裏にひとつの記憶がよみがえる。 家で、母が泣いているときの記憶だった(うちってどこだろう、どの空の下の、どんな建物なんだろう? と思ったけれど)。涙の記憶、映画の回想シーンにフィルターがかかるように、記憶の湖の透明な水面から 浮かび上がってきた。祖父が死んだとき、たしかそうだった。 人の涙は本当に、あとからあとからあふれ て、ほほをつたって地面に落ちるんだ…と思った。 それから味。名前は思い出せなかったが、妹、という概念とともにあんまりかわいい子が浮かんできた 5 ので、私はそれを自分が捏造した妹かと思ってしまった。でもそれはたしかに真由の姿だった。妹の遺品 を整理しているときの、後ろ姿。 私が独り暮らしをしていたころ、恋愛に失敗して思わず電話で泣いてし まったとき、母がぽろっと言った言葉。「大変、 朔美が泣いてる。」私はあんまり泣かない子だったから。 ああ、こりゃ間違いないわ、お母さんか………傷つけちゃいけないな。 その思いだけが決してオカしては いけない何かとして真のように繰り返し、痛い頭にぼんやり響いていた。彼女は私がまだ麻酔でぼけて10 いると思っている。目の下に限があって、潤んだ瞳は私が無事に目覚めたことから喜びの水分をたたえて いる。......ことがわかった。こういう気の使い方で何とか生きのび、こういう気の使い方で疲れ果ててき たのだろう、と私はそのよく知りもしない「サクミ」という人の人生を思った。しかしそれも今日かぎりな のです 今からはいきあたりばったりにやってもらうほかありません。 と覚悟を決めた。 「お母さん。」と私は言った。 母がゆっくりうなずいた。うれしそうに、心をこめたうなずきかたで。そ15 して花嫁みたいに笑った。私は今、人がこの世で一番はじめに知る世にも暖かい単語を口にしたのに、何 だか結婚詐欺をしているちんぴらのように寒々しかった。頭が痛く、母という概念が濃縮された濃い濃い 汁になって脳みそにしみていくような痛さだった。しかし同時にその発音は、左胸の下あたりにほんのり と熱い塊をつくった。何なんだろう、と思った。 見れば真昼の病室、キョウレツに晴れた空が窓の外に見えた。私の記憶のようにすっからかんで、真っ 20 青だった。記憶はすぐに、あぶりだしみたいに徐々によみがえってきた。ただ、私と私の間の透明なはず ダラスに、まるで 別にいい がったときみたいに水滴がついてしまった。どうしても消えない。 )に線を引き、どのようなことを表現しているかイメージしよう→問五を攻略 ⑤5~4 ②ときの記憶 間 映画の回想シーンにフィルターが・・・ ―映画などの回想の場面で、映 像がセピア色やモノクロで映し出 されることをふまえてのたとえ。 真言 仏教の呪文。 要旨をつかむために! ▼空欄を埋めていこう 文章展開図 母が ・妹→(母の後ろ姿 ・電話→(母の言葉 3. ああ、こりゃ間違いないわ、 か・・・ →傷つけちゃいけないな 「」と私は言った 母 花嫁みたいに笑った 私結婚詐欺をしている ちんびらのよう 痛さ しかし同時に―― ほんのりと熱い塊をつくった 大きくとらえよう 【各1点】 のポ 戻 の涙の 兄 「 【各2点】 要約への第一歩 〇場面 意識を取り戻した「私」に、 んだけど。気にしてないけど。 ガイド 比喩表現(直 JO がよみがえる 問 漢字 傍線部~ ②について、 カタカナは漢字 で、漢字はその読みをひらがなで書け。 【各3点】 問五〇課題 傍線部 ③について、ここで「私」がこのよ うに感じるのは、なぜか。 母の様子をふまえて、 三十字以内でわかりやすく書け。 ○「私」の心情 その発音 を →ほんのり ステップ 20 問二語句 波線部A「捏造」の意味として、最も適切 〇場面 理解を深めよう 要約のための確認【各2点】 なものを、次から選べ。 【4点】 ⑦ とりつくろう 受け入れる →お母さんか 隠している でっちあげる 夢中になる 問六読解 本文において、「私」は、駆けつけてくれ た母にどのような気持ちを抱いたのか。最も適切 なものを、次から選べ。 状況 ぜ 【7点】 と 問三指示 傍線部①とあるが、「私」は、どのようなこ とを思い起こしたのか。二十字以内で書け。【6点】 ⑦ 愛情の深さを実感し、うれしくなっている。 親がそばにいてくれることに安心している。 花嫁みたいなその笑顔に、安堵している。 記憶にかかわらず、愛情が湧いてきている。 泣かせたことを後悔し、 申し訳なく思ってい 思い→「お母さん。」と呼びかけた 〇「私」の心情 あんど e 結婚詐欺のよう しかし、その発音→ 55 ステップ3 小説 問四表現 傍線部について、「私」の気づかいを説明 した、次の一文の空欄を補うのに適切な語句を、 は二字は九字で本文から抜き出して書け。 娘のに涙を浮かべる母親を、 る。 問七表現 二重傍線部XYの表現の効果の説明として、最も適切なものを、次から選べ。 ⑦「私」が、記憶を完全には取り戻すことができていないことを表現している。 痛みとともに、 各3点 ⑦「私」が、事故の前の自分と今の自分に違和感を抱いていることを表現している。 ①「私」が、急によみがえったさまざまな記憶に混乱していることを表現している。 「私」が、見通しの悪いまま病院生活を余儀なくされることを表現している。 M「私」が、記憶はあまり気にしておらず楽観的に考えていることを表現している。 【7点】

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現代文 高校生

愛知医科大学看護学部の公募推薦の過去問です。 答えがないので、答えを出して欲しいです。お願いします🙇🏻‍♀️🙇🏻‍♀️

国 びまん 令和六年度 看護学部学校推薦型選抜(公募制) 基礎学力試験問題用紙 囲 次の文章は、一九九〇年に出版された山崎正和の『日本文化と個人主義』の一節です。この文 章を読んで、後の問に答えなさい。 文化は、これまで国家や民族という観念と強く結びついてきた。そして、人間の歴史を振返っ てみると、不幸なことに国家や民族の自覚はつねに対立抗争の意識とつながってきた。ひとつ の社会のなかで、個人もまたお互いに争うことがあるが、とりわけ国家や民族は、お互いに争う ことで自分自身をつくりあげてきた。その結果として、文化という特性はただの個人の特性以上 に、とかく他者との比較、対立の観点から考えられがちになる。じっさい、今日の経済マサツ や、つい近年までの世界戦争の現実を振返ってみても、ひとが自国の文化、他国の文化をあげ つらうときには、つねに何らかの意味の優越感や、国家主義的な自己主張の意識が伴っていた。 そして、そういう優越感が、たとえば敗戦といった現実によって崩れたとき、今度は極端な自己 卑下が社会に瀰漫するという事実は、多くの日本人の記憶に新しいことだろう。 こうした事情からして、文化論には、1二つの避けがたい危険な傾向が伴っているといわねば ならない。その第一は、過剰な特殊化の危険である。文化を考える場合には、他民族、他国の文 化と比較して考えがちであるので、どうしても両者の共通性よりは、ひとつの文化の異質性を強 調して考えることになる。 つい昨日まで文化的に じっさい、日本の場合、過去の文化論はしばしば民族主義や国粋主義と手を結びがちであった イクセプショナリズム し、アメリカの場合でも、アメリカ文化の「例外主義」という思想が、長らく見え隠れに受け 継がれてきたようである。ユダヤ人の「選ばれた民」の意識、ドイツ人の民族的な使命感といっ たものは、自国の文化を過度に特殊化し、他国との違いを強調することから生まれてきたが、 ③こうした使命感はいったん裏返ると劣等感に変貌する。 高村光太郎という詩人は、若いころフ ランス留学から帰って、日本の国の貧しさとその精神の狭さを嘆いて、「根つけの国」という自嘲 的な詩を書いたことがあった。しかし、彼が本性において強烈な愛国主義者であり、第二次大戦・ 中には過激な祖国讃美の詩を書いたことは、同時代を生きた日本人なら誰もが知る事実だろう。 とかく異文化との劇的な接触は、精神の単純な人物にとっては、自国の文化について過度な自尊 心を誘い出すか、逆に過剰な劣等感を刺激するものであるようにみえる。 そして、いずれの場合でも、そうした特殊化は、個人が自分の存在や行動について振返るとき、 奇妙に気持ちを安らがせてくれる支えになる。自分とは何か、7自己の実質は何かということは、 もともとたいへん難しい問題であり、簡単には答えが出ないものであるが、ひとは生きるために その答えを欲しがりがちである。そのさい、いちばん安易なやり方は、自分がどういう仲間に属 しているかを実感して、それを語ることで自己の中身を言い表わすことだろう。そして、自分 がどういう仲間に属しているかを振返るとき、その仲間の範囲が狭くて、他の集団と対立してい ればいるほど、自分自身の世界のなかにおける位置は明確になる。ここでもまた、文化論のひず みというものは、人間性の悲しい弱さに深く根ざしているといえそうである。 【

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政治・経済 高校生

解答 先生が配布してなくて丸つけできません 誰か答え教えてください

スピード・チェック 「民主政治の発達と基本原理 この理念を集大成した。 2 的の保 D 1 民主政治の発達と基本原理 7 のエ 8 立て いる ) (33 1 民主制と法の支配 ● 「人間は(1)的動物である」とは、古代ギリシアの哲学者 (2)の言葉である。 人間 は集団のなかで個別の利益を調整しなければならなくなる。この調整の過程を ( 3 ) という。 ②国家とは何か。 国家論は時代によってさまざまに説かれている。 絶対主義を批判して, 治安と国防のみが国家の役割とされた時代もある。 いわゆる (4) が 「夜警国家」とい った国家である。現代ではラスキや(5)らが「多様な社会集団のひとつ」という考え 現代ではスキ を述べている。 -- 高 ③国家の三要素は国家意思の最高決定権や統治権、国の (6)を意味する主権と,領域, (7)である。 権力の正当性について, ドイツの社会学者 (8 )は伝統的支配 (9) 合法的支配 の3つを指摘し, なかでも (10)が最も合理的で民主政治にふさわしいと論じた。 6 (11 は良心による規範であるが、法は権力によって規範として強制される。 ⑥法は成文化されたものだけでなく、 長年の慣行の積み重ねで規範として認められてい (12)や裁判所の判断である (13) も不文法として機能する。 法は国家と個人の関係を規律する (14)と,私人と私人の間の法関係を定める(15) に大きく分けられる。さらに経済法や労働法など, 私人間の関係に国が介入した法で ある (16)がある。 2 民主政治の基本原理・ ●法の支配という考え方は, 16世紀から17世紀にかけてのイギリスで発達した。 法律家 (17)が国王(18)に対して, 「国王といえども神と法のもとにある」という(19)の 言葉を引いて, 法の支配を強調したことは有名である。 ② イギリスの思想家 (20) は, 1651年に著した『(21)」において, 「万人の万人に対す る闘争状態」から脱却するために (22) を結び, 絶対的な権力を持った国家がつくら れたといった。 US ③ 名誉革命を正当化した思想家の (23)は,「(24)」のなかで, 政治は国民の信託によ るものであるとした。もしも,政府が人民の信託を裏切るようなことが起これば,人 民は (25)権を行使して, 政府を変更することができるとする。 (26)は「社会契約論』を著し、 フランス革命に影響をあたえた。人民が全員集まって 立法を行なう ( 27 ) 民主制をとった国家のみが服従に値する国家だと主張した。 18世紀末のアメリカではジャーナリスト (28)が「コモン=センス』を著して,独立を 正当化し,「ザ=フェデラリスト」では (29)やマディソンが連邦制を形成するように ORA O 訴えた。 ) イギリスでは, 1215年に国王と封建領主との約束という形で 30 ) が成立した。 さら 1628年の権利請願や1642~49年の (31) 革命を経た1679年に人身保護律, (32 革命によって1689年には(33)を成立させている。 アメリカではバージニア権利章典などで近代政治の理念を宣言し, 1776年には(34) を発表した。 フランスでは大革命に際して1789年に (35) を発表し, 近代の市民革命 3 各国の政治制度······· 本日 ①イギリスでは議院内閣制が歴史のなかからつくられていった。 「(36)は君臨すれど も統治せず」の原則が生かされ, 下院を中心とする議会政治が発達した。 最高法院は (37) の法律貴族がつとめるが, 法令審査権はない。 首相は (38)のなかから選出さ れる。 思 ②アメリカの連邦議会は(39)ごとに選出される上院と人口により各選挙区で選出され る(40)からなる。 条約の承認権は(41)にある。 連邦最高裁判所は (42)を持つ。 大統額は大統領選挙人によって選出される。 厳格な三権分立を特色とする。 ③アメリカの大統領制度では、議院内閣制と違い, 大統領に対する議会の (43)権や, 議会に対する大統領の (44)権が認められず, また議員と行政各長官の (45)が禁じ られている。さらに、大統領は議会への法案提出権がないかわりに、議会に (46)を 送付し、法案の審議などを勧告する権限を持っている。 ④ フランスは (47) 制をとる国である。 首相は大統領によって任命される。 大統領の任 期は5年と長期にわたる。 ドイツでは大統領はいるが,首相は (48) によって選出さ れる (49)制である。 中国などの社会主義国は(50)制といわれる共産党に権力が集中する政治のしくみを 特徴とする。 4 変化する政治体制・・・・ ①ソ連はゴルバチョフの始めた(51)により,「体制変革を試みたが, 経済困難がより進 行し、さらに政治が混乱し、 1991年の (52) 派のクーデタ失敗後に、 ついにソ連は解 体した。 現在はロシアを中心に (53)をつくっている。 2024/10/16 20:56 す ②東ヨーロッパ諸国は1989年の東欧革命で民主化されたが,同時に (54)の動きが進行 し (55) やユーゴスラビアは分裂した。 一部には旧共産党系の政党が政権に復帰す る例もみられる。 直 て ③発展途上国では, 困難な経済状況のなか、政治的不安定からたびたび(56)が起こっ て軍部が政権を握ったり,(57) という経済発展のための独裁的権力構造がみられ, 権威主義的政治体制をとる国がみられる。 ④西ヨーロッパでは、従来の国家の枠組みを越えて統合しようという動きが始まってい る。(58)は経済統合を目的に組織されたが, 1992年, マーストリヒトでの会議で ( 59 )条約を結んで政治統合へあゆみ出した。 1997年にはアムステルダム条約により, 多数決で共同行動を決定できるようにするなど, 統合をより確かなものにしている。 2009年に発効した (60) 条約では,欧州議会の権限が大幅に強化され, 政治統合がさ らに一歩進んでいる。 がか え、 結 は

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作文 高校生

問二の事例を挙げて、考えを書くのが得意では無いです。 例文を出して教えて欲しいです🙇‍♀️🙇‍♀️

問題 13 次の文章を読んであとの問に答えなさい。 早晩、 ビッグサイエンスはあまりに巨大になりすぎたマンモスと同 じ運命をたどることになるだろう。 私は逆に身の丈に合った科学、つ まり 「等身大の科学」 を推進すべきであると思っている。 それはサイ ズとして身の丈の対象を扱うのだが、 あまり費用がかからず、 誰でも が参加できるという意味でも等身大である科学のことである。 例えば、こんな研究がある。 地球温暖化のフィンガープリント(指 紋)として、世界各地の鳥や虫や植物や魚が、この三〇年の間にどれ だけ移動したか、 開花時期や産卵時期がどれだけ早くなったかの研究 である。 鳥や虫や魚は適温で餌の多い場所を中心として暮らし、 そこ で子孫を産む。もし地球が温暖化していてこれまでの生息場所の温度 が上がると、それらは少し温度の低い場所に移動する (北半球なら北 へ)。 実は動けないはずの植物もゆっくり移動している。 植物は幅広 く種子を散布する。 適温の場所が変わると、 次世代の種はそこでしか 芽を出さない。 こうして、 温暖化すれば何世代かの間には、 繁茂する 最適場所が移動していくのである。 植物の移動によって虫が後を追い、虫を追って鳥も一緒に移動す る。 桜の開花が早くなったとか、ウグイスの鳴く時期が早くなったと 言われるように、 平均気温の上昇が受粉受精の時期を早める効果も ある。植物の若芽がなければ虫の幼虫は育たないし、幼虫がいなけれ ば鳥の食べ物もない。 生物はつながって生態系を成しているから、 全 体としての挙動から地球温暖化の進行状況が調べられるかもしれない、 というわけである。 199

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現代文 高校生

文章の意味が分かりません。 単語とか調べたものの、筆者の伝えたいこと、 各段落の内容が分からないので分かりやすい言葉で教えてほしいです。 問題の解説が掲載されていないため、漢字問題以外、解説お願いできませんか?🥺 シャーペンが私の、間違っていたとこのみピンクで正解を示して... 続きを読む

off ② ひとひととして向き合い、関係を構築すること自体が稀なことだから。 ⑧ 自立した主体の確立こそを理想とする社会の中で育ってきたから。 ④他者との関係性を損なわないためには、互いに適度な距離をとることが必要だから。 ⑥ 関係だけでなく、個人の能力も自分の本質を為すものとして無視できないから。 五日 (解答番号は、第二間で【古文】あるいは【現代文】 のいずれを選択した場合でも1~35 です。) 第一問 次の文章を読んで、設問 (問1~間10)に答えよ。 ひとりの人間と、彼/彼女が最初に出会うことば 〈言語〉との関係は、自明であり必然的であるというよりはるかに、ある種 偶然と事故によって支配されている。ひとりの人間がその誕生時において引きずる言語的ケイプそのものも、すでに複雑で した経路と水をかかえている。そうだとすれば、ことばの獲得とは、生得的な関係による る種の根源的な喪失とのなかから再発見 再獲得されるなにかであることになる。そのときことばは、私たちの生地ではな なものではなく、あ く、移住地であるのかもしれないのだ。 もしそのように考えることが許されるなら、ことばは私たちの存在を根源的に決定づけるなにものかであることをやめる。こ とばと私たちとの関係のなかに、 な属関係・新有関係を前提としない、旅と移住の運動性が生まれはじめる。こ とばはそれ自体として説明されるのではなく、それが言語的な未発の意識とのあいだに保存する記憶や痛みや欲動のほうから 定義され、そのことによってことばは言語的言語外的な認識によってつねに流動の渦のなかに置き直される。 私たちはみな、自分自身の前言語的な存在のかたちを、ことばという場に住みつかせるのだ。言語を とせずに存在する自分自身というものがあって、それをあらためてことばという異土に移り住まわせる。 そのとき、われわれが な手掛かり ことばを使うという行為は、本来的にすでに移住の行為、移民の行為だということになる。私たちはそのようにして日本語の世 さらにいえば、私たちはそのようにして、日本語話者としての「日本人」へと移民した。 ブラジルでは、ればふつう 「グラフィチ」と呼ばれる。 街路の壁々に描かれた、奔放な落書きのような風刺絵。 そもそもイ タリア語で柱や壁に傷をつけて書かれた「掻き文字」を意味する考古学用語が、日常の街路の壁の落書きをさすことはと 定の業界で仲間内だけで使われる僕。 された「グラフィティ」 (Graffiti)を、そのままブラジルのポルトガル語風に発音すれば「グラフィチ」。この国の街で、グラ フィチはあらゆる通りと路地とに満ちている。消されても消されても、人々は色とりどりのスプレーをふたたび持ってきては、 知らぬ間に家々の、シャッターを呟くばかりの想像力の氾濫によって色と線で埋め尽くしてしまう。 落書きが文字だけであれば、それはふつう「ビシャソン」である。 独特の字体に、特のようなことばの断片が踊り、かぶ 文字が歌やのかたちに変容してきだし、壁の平面に陰影の凹凸が生まれ、ことばに色と風合いとかたちが備わりはじ める。俗っぽいことばや政治的なスローガンを書き連ねる(「ビシャール」=壁に落書きを描く)だけのピシャソンにまじって、 時々はっとするほど時的な数行が、うす汚れた壁面に陥っていることもある。 ブラジルのグラフィチやビシャソンの世界の豊能さを、ブラジルを訪ねるはるか以前に私がはじめて知ったのは、デニス・ テッドロックの詩集『夢の暦の日々』のなかの記述からだった。 ニューメキシコのズニ族や、グアテマラのキチェ族の口承文化 や神話の研究で知られる北米の人類学者・民俗学者テッドロックは、ブラジルのカンピーナス市に滞在して特異な詩集のコウソ ウを練っていたとき、町の落書きのひとつに印象的な詩句を発見する。彼はそのポルトガル語の詩句を、こう写し取ってい VAI-SE A PRIMAVERA QUEIXAS DE PASSAROS, LAGRIMAS NOS OLHOS DOS PEIXES テッドロックが住んでいた家からわずかに二ブロックほど離れた路地に書かれていた、このビシャソンの飛び跳ねる奔放 筆跡を想像しながら、私はすぐに(テッドロックもおそらく気づいていない) この詩句の出自を理解した。 24一般入試A問題 (2024 AG-B-1) 介護は介護する介護されるという立場が明確であり、その主体は介護される者であるため、介護される者が介護とい 関係を受け容れることを待つことしかできない。 介護する者と介護される者の間にひととひととの個別的関係が築かれるためには、それぞれが主体と客体としての役割 をバランスよく果たしつつ、対話の機会を十分に持つ必要がある。 春がゆく鳥の嘆き 涙が魚の目に (行く春や鳥啼き魚の目は mmm はしょう 「奥の細道」の矢立初めの句としてよく知られたこの芭蕉の詩句が、ブラジルの地方都市の路地の壁に優美に踊っているの 想像して、私は不思議な興奮にとらえられた。芭蕉の句が、地球の対地点にまでたどりつく三百年をこえる時の道程のなか で経験した無数の声と文字による橋の過程に携帯用の筆入れと墨壺である立」からとりだされた筆記用具によって 聖の手帖の表面に走った毛筆の軌跡が、時を超えて、南米の植民都市の街路の壁の、スプレーによる躍動する落書きへと転 写されるという、筆跡の機知に満ちたはるかなる旅程に。 このビシャソンとなった芭蕉の句において、過ぎゆこうとする「春」はもはや日本的な春の惜別の感傷を宿してはいない。 ブ ラジルの春とは、いったい植物的な陰喩として測られるものなのか、それとも生き物や食べ物の推移として感知されるものなの か、それすらもはや判然とはしない。 ここで悲しく啼く熱帯の鳥とは? アマゾン川の獰猛な魚の目に溜まる泪とは? 日本語 の Haikaiへと転生するあいだに、ひとつの文化が感情の構造として宿していた意味と感覚の図の が、ポルトガル語の 一体が破れ、異形の、しかしみずみずしい力にあふれた別種のポエジーが、一気に侵入する。 自宅の近くの壁にお気に入りの落書きを見いだしたテッドロックは、たしかにこの時の古典日本的起源を知ることはな かったかもしれない。 しかし「夢の暦の日々」という詩集が示すように、彼はブラジルにおいて経験する日常的な出来事と、そ の反映としての夢のイメージとを、彼がよく知るマヤ=キチェ族の暦の形式に置き換えられた日録のなかに書き込んでいった。 「の」の日にはじまり 「一三の死」の日で一回転する精緻なマヤ暦のなかで自らの日常と幻想とを反することで、彼は近 代世界を統べる日常の時間から離脱し、先住民の生きてきた別種の暦との連続性の感覚のなかに入ってゆく。人類学という実践 そのものが異なる時間性の境界を越えてつかのま生きる実践であり、自らがフィールドにおいて生きたはずの別種の時の充足 ふたたび近代的な時間の支配するアカデミーのなかへと回収してしまう逆説的な行為であるからこそ、人類学はつねに幻影 既存の粋を解ょうヒスコ 夢のを「詩」として、フィールドノートと民族誌の余白に分泌するほかはない。 そして、テッドロックの想像力のなか に堆積した、そうしたヨジョウとしてのポエジーの氾濫が、ポルトガル語となった芭蕉の詩句による無意識のによってうな がされたものであることは、かえって芭蕉の転生としてのビシャソンの力を示している。ハイカイは、ここでたしかに、異土に 移住して別種の「時」と季節を渡りながら、ことばと文字がたどる一つの真実の旅の道程を見事に示している。 ブラジルにおいて、俳句をブラジル時のゼンエイ的な運動へと架橋し、芭蕉の評伝的なエッセイを書いた詩人がパウロ・レミ ンスキーである。姓からも察せられるように、彼の祖父母はポーランド系の開拓移民で、さらに彼の母親には黒人の血統も流れ こんでいた。ポーランド系ムラート〈黒い混血児〉のブラジル人。 この特別のケイフの混合に、レミンスキーは大いなる誇りと を感じていたという。(中略) クリチバという日系人も多く住むブラジル南部の街に生まれ育ち、 「日本」と早くから出逢い、若いときに日本語を習 得したレミンスキーが芭蕉と出会うのは、かならずしも驚くべき偶然とは言えなかったかもしれない、とわかる。そしてポーラ ンド系ムラートのブラジル人によって書かれた、ポルトガル語による唯一の「芭蕉伝」は、やはり「奥の細道」の冒頭における 俳聖の漂泊の心持ちを伝えることからはじまる。 あのビシャソンにもあった「奥の細道」の矢立初めの旬が、ここでも引用さ れているのだ。 レミンスキーによるこの句のポルトガル語ヴァージョンはつぎのとおりである。 primavera não nos deixe pássaros chorum lágrimas no olho do peixe 実験・野心弟で (2024AG-B-3) (2024AG-B-4)

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世界史 高校生

歴史です。空欄のところを教えてもらいたいです。

1学期は、「近代化と私たち」という大テーマの下で「中国の開港と日本の開園」、「産業革命」、「市民革命」「明 治維新」という4つのテーマを扱ってきました。こうした4つのテーマの共通するテーマが「近代化」ということにな ります。 しかし、「近代化」とか何を指すのでしょうか。 「近代化」ということを探るまえに、「近代」の考え方を1つだけ挙げ ておきます。 様々な意見があるとはいえ、 近代とは 「17 世紀のヨーロッパに端を発する生活様式、および社会制 度」であると言うことが出来ます。 そこでまずヨーロッパで起こった事象から目を転じてみましょう(1 18世紀イギリスで起こった産業革命は、 [① 手 う。特に[②綿 ]工業から機械制工業への変化が挙げられるでしょ ] 工業の分野での技術革新は、その典型例と考えられます。第二に、こうした技術革新が、 人々の身分を再編していきます。 人々の一部は機械を備えた工場の [ ③ 人々は工場で働く [④ ] へ、 そして大半の 命ですが、近年着目されているのはエネルギー革命の側面です。産業革命期に発見されたのは [⑤ ] へと階級分解していくことになります。こうした変容が行われた産業革 などの鉱物資源です。 こうした鉱物資源の活用が想像を絶する人口増加と経済活動が可能となり、空前の規模 での経済成長を促しました。 近代化という視点から産業革命を捉えなおせば、それまでの前近代的な世界では様々な自然的制約によって 人々の日常生活は制限されていました。 しかし、産業革命はそれを解き放ったと言えます。 例えば、人々が売買 を行う場としての市場というものがあります。 前近代にも市場は存在しましたが、それは局所的な市場であった り、ローカルで因習的な規範によって縛られた市場であったりしました。 他方、 産業革命を経た市場は様々な制 約から解き放されると同時に、 市場自体のルールで運営される自律的な市場が形成されることになりました。言 い方を変えれば、 市場自体が適正なルールを持ち、そして広い範囲で市場が広がっていくということになります (2)。 それはひとつの国や地域がその国や地域のみならず広く、モノやカネを交換する市場を求めるということつ ながるのです。 ]や[⑦ 18 世紀後半, [⑥ この2つの革命も様々な見方があります。 歴史総合では、アメリカ独立宣言やフランス人権宣言に焦点を当て ]に代表される市民革命がおこります。 その根底にある視点を「人は、[⑧ ]かつ、 権利において[⑨ いった点が共通する点でもありました。 いずれも「暴政」に抵抗するために人々が前近代的な因習にとらわれた ] なものとして生まれ・・・」 と 身分制から解き放たれ、 自由で平等な個人からなる社会を成立させようとした点が共通していると考えられます。 そしてこの点にこそ、 近代化の方向性が示されています。 そして次に問題になるのが、 自由で平等な個人という 単位を成立させて近代社会が、 次にどのように人同士の結びつけるかといった点になります。この点が顕著にな るのがナポレオン退位後、ヨーロッパの秩序と安定を模索した [1 ]体制下におけるヨーロッパの した人々は、 共通のアイデンティティを持ち、 [13 動きです。 そこでは個人として成立した人々が、 共通のアイデンティティをもつ集団として [① ばれ、こうした国民からなる国家を [1 」と呼 ]と呼ぶようになりました。 前近代的な身分制から脱却 ]といった国への愛着を持つことを基盤とし 「 ] へと再編されていったのです。 しかし、近代はすべての人々を自由で平等な個人として扱ったわけではないことを、ここでは改めて指摘して おきます。これは現代社会が抱える様々な民族問題や性的少数者の問題が、 近代の負(マイナス)の側面を照ら しだしたのです。アメリカ独立宣言において書かれている「人」は、ネイティブ・アメリカン(インディアン)や [14

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