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歴史 中学生

このように中2歴史の安土桃山時代から江戸時代の重要単語をまとめているんですが、島原天草一揆からの4単語のまとめ方が分かりません。皆さんだったらどういうふうに書きますか?

- 代 ok 日本 キリシタン く続け 書く。 まるつ Anwo 結び付い 外様大名の地は、江戸からい に配置されている。 49 東アジアに広がる日本町 三ることを勧める 日本印状 RTL. になり、東南アジア各地に )ができた。 1612年に出して 1635年には日本人の海外を禁止した。 P.118119 160年の領が、年貢と(株)への弾圧に対 ポルトガル船の禁止 オランダ商館を長崎の して、笑顔のに)を起こした。 )に移し、とよばれる対外政策が確立した。 外様大 氏と敵対し 名だよ。そうい 士山 (16) 02 19 イ 94 という 900 見つけ A 地にあてはます を、次から1つ びな 府 外様大名の配置につい て、 のどのような 大名 地図から を使って、簡単に書き カク (2江戸からの +ホイホ 桃山文化 南蛮文化 かぶき踊り 秀吉に仕えた人物。侘び茶を大成した 秀吉が築いた文化 天文学・航海術チの学問が伝わり広まった 唐獅子図屏風を描けた人物 茶会で向き合ってのむ茶? 阿国という女性が京都で始めた芸 活版印刷機 16世紀にできた機械で、平家物語をはっこうし 阿国 かぶき踊りを始めた女性 徳川家康秀吉の死後に動力を高め、豊臣をほろばした 江戸幕府 江戸時代 満 大名 幕藩体制 家光 武家諸法度 参勤交代 →関ヶ原の戦い 朱印状 集 合貿易 日本町 島原・天草一揆 家康が仕事大小軍になり、開かれた幕府で、大阪城も 徳川氏が金支配し、江戸に幕府がおかれた時代とはいした 大名を武士として、1万石以上の領地の者がしはいするしくみ 1万石以上の領地がある武士 幕付と藩が国の民衆を支配するしくみの事 3代将軍で、参勤交代を作った 築城や結婚をせいげんするしくみ(大名に) 1年おき江戸を守り、妻子を住ませたりの費用で弱くなった 秀吉が豊臣氏をやぶった戦い 海外へ渡る許可としてあたえ、貿易をすすめたし家事 先卵状をもつらが行う貿易 日本人が東南アジアに多く移りできた町 出島 キリシタン 国

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国語 中学生

Q. 中二国語説明的文章  画像のCについて、  答えは 「体系的」なのですが、どこら辺の文章から答えが導き出せるか 教えてください (><)

3 4 次の文章を読んで、あとの各問いに答えなさい。 かぐら 直してみたい。 日本人の身体の美意識を知る上で、舞踊の伝える「型」というのは * 貴重な財産である。A「型」というのは、様々な動作や役柄に 展開することが可能な「動きのエッセンス」のことだから、その単純 化された諸類型のなかには、芸能を生み出した風土や社会の情報が ギッシリと詰まっている。ひとくちに日本の舞踊といっても、舞楽や5 神楽、能、狂言から各地方の民俗芸能まで含めたらたいへんな種類に なるけれども、まずはわれわれの生活に身近な日本舞踊から足元を見 * 「やってみなけ 100 からない」のが芸の世界であったのが、現代になって日本舞踊 そもそも日本の伝統芸能は、テキストというものをほとんど持たず、 * けいこ 限られた伝書と稽古によって伝承されてきた。 B へんさん の基本技術を たしな た。 *はなやぎち よ きわ (中略) ]に記したテキストがようやく編纂されて、舞踊 の嗜みがなくとも気軽にその技術を借用することができるようになっ きそ とうきょうしょせき 花柳千代氏による『実技 日本舞踊の基礎』(東京書籍)のなかには、15 たちいふるま キモノの着方から立居振舞いの基本にはじまり、「足の運び」や「腰 の極め方」、男と女はどのように歩き分けるのか、身分のちがいを「身 てぬぐ せん す 構え」で表現すること、「手拭い」や「扇子」など多彩な小道具の扱 い方等々と、図版でわかりやすく解説されている。個人的にはキモノ を着るときに何かと重宝しているが、さらに読み込んでいくと、日本2 ちつじょ 古来の生活の様子から、それを美しく秩序立てる美意識までもが、い ろいろと浮かび上がってくる。

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古文 高校生

G:なむ H:ける なむは連体形につくことはわかるのですが、その連体形が何なのかがわかりません。 けるは、ここは終止形が入ると思ったのですが、なぜ連体形なのかがわかりません。 なぜそのようになるのか、教えていただきたいです よろしくお願いいたしますm(_ _)m

104 2017年度 国語 専修大 全学部統一 (注4)おとがひ G みぎは なにわざ ひら ひざ りたるを見れば、汀に平らなる石のある上に登りぬ。 何業するにかあらむと見れば、虎の左の前足、膝より下切れてなし。 血出で ぬ。海に落ち入りつるに、鍵の食ひ切りたるなめりと見るほどに、その切れたる足を海に浸して平がりをり。 (注3)わに A. のけ しかる間、沖の方より、鍔、この虎のゐる方をさして来たる。来て虎にかかると見るほどに、虎、右の前足をもつて鰯の頭に 爪をうち立てて、陸ざまに投げ上ぐれば、一丈ばかり浜に投げ上げられて、ざまにて砂の上にのためくを、虎走り寄りて、 鯛の顔の下を踊りかかりて食ひて、二三度ばかりうち振ひて、弱るきはに、虎目にうちかけて、手を立てたるやうなる巌の、高 五六丈ばかりあるを、いま三つ足をもつて、下り坂など走り下るやうに走り登りて行きければ、船の内にある者ども、これを見 E 心地 いは 「さは、この虎のしわざを見るに、船に飛び入りなましかば、我らは一人残る者なく皆食ひ殺されて、家に帰りて妻子の顔も見 (注5) きゆうせん ひゃうちゃう で F まいみじき箭・兵仗を持ちて、千人の軍防ぐともさらに益あらじ。いかに況むや狭き船の内にては、太刀、刀 を抜きて向き合ふとも、さばかり彼が力強く足の早からむには、何業をすべきぞ」とおのおの言ひ合ひて、肝心も失せて、船漕 ぐそらも無くてなむ、鎮西には帰り来たりける。おのおの妻子にこのことを語りて、あさましき命を生きて帰りたることを 喜びける。ほかの人もこれを聞きて、いみじくなむ恐怖れ H 。 これを思ふに、鯛も海の中にては猛く賢き者なれば、虎の海に落ち入りたりけるを、足をば食ひ切りでけるなり。それによしな くなほ虎を食はむとて、陸近く来て命を失ふなり。しかれば、よろづのこと、皆これが如くなり。人これを聞きて、「余りの事は やむべし。ただ、よきほどにてあるべきなり」とぞ、人語り伝へたるとや。 (注1)鎮西・九州の総称 いはほ (「今昔物語集」による)

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