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歴史 中学生

「くわしい中学歴史」というテキストを使って歴史を覚えようとしているのですが、 画像のように文章になっているため どのように覚えれば良いのかがわかりません。 文章を何度も丸写しするのはなんか違う気がします。 どのように覚えればいいでしょうか?

3 宗教・芸能・民衆の文化 A 禅宗と浄土真宗 (一向宗) ぜんしゅう りんざいしゅう 幕府の保護を受けた禅宗がさかんになりました。 とくに臨済宗が重 ござん じょうどしん んじられ, 京都と鎌倉の五山が重要な禅寺に指定されました。 浄土真 しゅう いっこうしゅう ほんがんじ れんにょ きんぎ とうかい ほくりく 宗(一向宗) では,本願寺の蓮如が活躍し, 近畿・北陸 東海地方を中 心に, 強大な教団を組織していきました。 B 能と狂言 ま でんがく さる 田植えのときに農民が歌い舞う田楽と, こっけいなものまね芸の猿 がく のう かん あみ あみ . 楽が結びつき, 能が生まれました。 観阿弥 世阿弥の父子は足利義満 の保護を受け,能を芸術に大成しました。 能の合間には, 民衆の感情 きょうげん を表現する狂言が演じられました。 • © 茶の湯 生け花 あさ みそ しょうゆ もめん ばな 禅宗の修行から発展した茶の湯が流行し, 茶室に花をかざる生け花 もさかんになりました。 民衆のくらしも変わり、床にかわって木綿の 着物が増えました。 食事が1日3度になったのも、 味噌や醤油がつ くられるようになったのも,この時代です。

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教えてくださいお願いします

2 中世の文化の特色をおさえよう! ◆次のA~Cの写真をみて (1)~(4)の問いに答えなさい。 A B 学習日: 月 日 得点: /100 " ちょうこく (1)Aの彫刻が置かれている建物を, 次のア~エから1つ選び, 記号で書きなさい。 びょうどういんほうおうどう ア 平等院鳳凰堂 とうだいじなんだいもん ちゅうそんじこんじきどう ほうりゅうじ こんどう イ 東大寺南大門 ウ 中尊寺金色堂 エ 法隆寺金堂 (2)Aが作られた時代に書かれた次の①②の文学作品の名前をそれぞれ書きなさい。 ①( げんべい びわほうし ① 源平の争乱についてえがき, 琵琶法師によって広められた軍記物。 けんこうほうし よしだ けんこう ずいひつ ② 兼好法師 [吉田兼好] が民衆の姿をいきいきとえがいた随筆。 (3) Bについて,次の問いに答えなさい。 ちが だな ① Bの建物にみられる, 住居に違い棚などを設けた部屋の様式を何といいますか。 ② ア ①の部屋にはみられないものを,次のア~ウから1つ選び、記号で書きなさい。 しょうじ 障子 イたたみ ウのれん (4)Cについて,次の問いに答えなさい。 かんあみ ① Cを建てた将軍は,観阿弥 世阿弥が大成した右の芸能を保護しました。 この芸能を何といいますか。 きたやま ( ) ② Cは室町時代前半の北山文化を代表する建物です。 Cにみられる北山文 とくちょう 化の特徴を,「貴族」 「武士」 の語句を使って,簡潔に書きなさい。 <4点×10> ) ) ②( ) ) ◆鎌倉仏教について,(5)(6)の問いに答えなさい。 (5) 次の①②の説明にあてはまる人物を, 下のア~エから1人ずつ選び, 記号で書きなさい。 じょうしゅう ごくらくじょうど ① 浄土宗を開き, 念仏を唱えればだれでも極楽浄土に生まれ変われると説いた。 ぜんしゅう そう そうとうしゅう ①( ② 自分の力でさとりを開く禅宗を宋から伝えて曹洞宗を開き, 北陸を中心に布教を行った。 にちれん いっぺん どうげん ア 日蓮 イ遍 ウ 道元 ほうねん 法然 ) ②( (6)鎌倉時代に誕生したいくつもの仏教の教えが, 武士や民衆に広く受け入れられていった理由を簡潔に書き なさい。 歴史2 5

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なぜ(2)のBは誤りなんですか。

〔玉一改」 (1) 3 次の(1),(2)の文を, 下線部に着目しながら読み、をした。 A,Bともに正しい場合は...... ア Aが誤りで,Bが正しい場合は・・・・・・ウ を解答欄に書きなさい。 にちれん らん Aが正しく,Bが誤りの場合は・・・・・・イ A,Bともに誤りの場合は・・・・ エ ほけきょう だいもく なむ みょうほうれんげきょう (10点×2-20点) (1)A 日蓮は最もすぐれた仏教の教えは法華経であるとして, 題目 (南無妙法蓮華経) を唱えれば, 人も国も救われると説き, 日蓮宗 (法華宗) を開いた。 ごだいご ばくふ む B 後醍醐天皇による建武の新政は,鎌倉幕府をたおした公家への恩賞が不十分なうえに、武 たかうじ 士重視の政策が続いたため, 足利尊氏は兵をあげて新政をたおした。 (2) A鎌倉時代,幕府の後ろだてや武力によって,多くの守護が荘園に対する支配力を強めてい くようになり、 土地の支配をめぐってしばしば荘園領主と争うようになった。 かんれい おうにん B 将軍足利義満の死後、 将軍家や管領家のあとつぎをめぐる対立から, 応仁の乱がおこった。 全国の守護大名は,東軍と西軍に分かれ, 11年ものあいだ戦いが続いた。 (2) [近畿大附高一改] 39

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