年月(日)
満州事変と
軍部の台頭
「野大の満け拓
軍勇義年少青拓開
TA
亞東大
しゅう
満州事変はどのようにして起こり、日本の政治はどのように変化していった
のでしょうか。
ちゅうごく
中国において日本が持つ権益を取りもどそう
かんとう
満州事変と日本
の国際的な孤立
とする動きがさらに強まると、関東軍は1931
p.217
ほうてん
りゅうじょうこ
(昭和6)年9月18日に奉天郊外の柳条湖で南満州鉄道の線路を爆
➡p.181
まんしゅうじへん 1
は
破し (柳条湖事件), これを機に軍事行動を始めました (満州事変)。
しん
こう
せんりょう
満州の主要地域を占領した関東軍は, 1932年3月, 清の最後の皇
まんしゅうこく
帝であった溥儀を元首とする満州国の建国を宣言しました。 日本
ブイ
➡p.181
が支配した満州国には、軍事的な目的もあって,日本からの移民
3
が進められました。
しんりゃく
うった
中国は、国際連盟に対して, 日本の軍事行動を侵略であると訴
えました。 国際連盟は, 1933年に開かれた総会で、リットンを団
2
もと
長とする調査団の報告に基づき, 満州国を認めず, 日本軍の占領
てっぺい
かんこく
地からの撤兵を求める勧告を採択しました。 これに反発した日本
さいたく
だったい
は、 国際連盟を脱退しました。
1936年にはワシント
軍部の発言
高まり
いた民衆も歓迎
さいばつ
は,政党や財閥
5 直そうという動
1932年5月15
かいつよし
養毅首相を暗殺
の時代が終わり
また, 1936
とうきょう
10 傷し, 東京の
なくしずめら
すます強め ,
経済の回復と
重化学工業化
ぐんじゅ
15 ました。 軍需
軽工業の