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化学 高校生

高校化学の問題です。 322番の問題の解説を読んでもよく分からなかったので、教えて欲しいです。

あった (3)下線部 (4) 下線部の状態で,ピストンを自由に動けるようにすると,式(i)に示す平衡はどのよ うに変化するか。 理由とともに記せ。 (5) 下線部の状態で, ピストンを固定したまま容器に気体のアルゴンを加えて全圧を増 80字程度で記せ。 加させると, 式 (i)に示す平衡はどのように変化するか。 理由とともに句読点を含めて 322 反応速度と平衡 図の曲線 (a)は,430℃付 近で水素とヨウ素の混合気体からヨウ化水素が生 じる反応 H2(気) +I2(気) 2HI(気) △H = -12kJ のヨウ化水素の生成量と反応時間の関係を表し ている。次のように条件を変えると,曲線は(b)~ (g)のどれに変化するか。 それぞれ答えよ。 (1) 反応温度を少し上げる。 (2) 触媒として白金を共存させる。 の生成量 ■名古屋大 改 -- (f) 0.10 m 反応時間 名古屋大 改 18 BA /L 平 院展 323 中和滴定とpH 0.10mol/L アンモニア水 10mL に, 0.10mol/L塩酸を滴下しpH変化を調べ ると,右図の曲線が得られた。図中のA~Dの各点で のpHを小数第2位まで求めよ。 中和 (水の生成)によ pH る溶液の体積の変化は考えないものとする。 B アンモニアの電離定数 K=2.0×10 -5 mol/L C•中和点 D 14

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国語 中学生

国語の問題です! □1の 三十八文字で探し!初め虎終わりの五字を書き抜きなさい。は句読点がないです 下の□1の 画面を説明している部分を探し初めと終わりの四字を書き抜きなさいは 句読点が入っています 違いはなんでしょう。コツを教えてください🙇🏻‍♀️

381 「別れて二十年にもなる故郷」とありますが、 ①「私」は故郷のどんな様子を目にしたのですか。三十八字で探 し、初めと終わりの五字を書き抜きなさい。 鉛色の空の わっていた 故郷の様子を見た「私」に、どのような気持ちが込み上げてき たのですか。 四字で書き抜きなさい。 寂寥の感 ②「今度の帰郷は決して楽しいものではない」とありますが、 「私」がそう思うのはなぜですか。二十字以内で書きなさい。 本文にない。 -ア イ ウ 久しぶりに会う「私」との仲がよくないから。 いっしょに住んでいた親戚が引っ越していたから。 住み慣れた家を明け渡さなければならないから。 古くて、田舎じみた家が恥ずかしかったから。 少年時代の回想 00 「不思議な画面」とありますが、 その「画面」を説明してい る部分を探し、初めと終わりの四字を書き抜きなさい。 紺碧の空 ま う 219 「ああ、ルントウの心は神秘の宝庫で」とありますが、 L 今度は 故郷に別れを 1 ルントウの話はどのような内容でしたか。 次のにあてはま るように、本文中の言葉を書き抜きなさい。 これは、家 が 「ひっそ 閑として いる」理由 58

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英語 高校生

投げやりです。すいません。英語皆無なので代行してください。

【必答問題 5 日常使う物のデザインをする際には標準化 (standardization) という方法がある。 という内容に続く次の英文を読んで、あとの問いに答えよ。(配点44) If we examine the history of advances in all technological fields, we see that some improvements come naturally through the technology itself, while others come through standardization. The early history of the automobile is a good example. The first cars were very difficult to operate. They required strength and skill beyond the abilities of many. Some problems were solved through automation. Other aspects of cars and driving were standardized through the long process of international standards committees: . On which side of the road to drive (constant within countries) country, but variable across On which side f the car the driver sits (depends upon which side of the road the car is driven) -The (2) of essential components: steering wheel, brake, clutch, and accelerator (the same, whether on the left- or right-hand side of the car) Standardization is one type of cultural constraint. With standardization, once you have learned to drive one car, you feel confident that you can drive any car, anyplace in the world. Standardization provides a major breakthrough in usability. I have enough friends on national and international standards committees to realize that the process f determining an internationally accepted standard is laborious. Even when all members agree on the merits of standardization, the task of selecting standards becomes a long, political issue. A small company can standardize its products without too much difficulty, but it is much more difficult for an industrial, national, or international body to agree to standards. There even exists a standardized procedure for establishing national and international standards. organizations works on standards. First, a set of national and international Then when a new standard is proposed, it must work its way through each organization's approval process. Standards are usually the result of a *compromise among the various competing positions, which can often be an inferior compromise. Sometimes the answer is to agree on (4 ). Look at the existence I both metric and *English units; of left-hand- and 18 right-hand-drive automobiles. There are several international standards for the *voltages and *frequencies of electricity, and several different kinds of electrical plugs and sockets- which cannot interchanged. With all these difficulties and with the continual advances in technology, are standards really necessary? Yes, they are. Take the everyday, clock. It's standardized. Consider how much trouble you would have telling time with a backward clock, where the hands revolved "counterclockwise." A few such clocks exist, primarily as humorous conversation pieces. When a clock truly violates standards, such as (the one in Figure 1, it is difficult to determine what time is being displayed. Why? The logic behind the time display is identical to that of conventional clocks: there are only two differences - the hands move in the opposite direction (counterclockwise) and the location of "12," usually at the top, has been moved. This clock is just as logical as the standard one. It. bothers us because we have standardized on a different scheme, on the very definition of the term clockwise. Without such standardization, clock reading would be more difficult: you'd always have to figure out the "mapping. E) compromise *metric メートル法の *English units イギリスの計量法(ヤードボンド法) *frequencies of electricity 電気の周波数 voltages E *mapping 対応づけ (2つのものの間の関係を意味する専門用語) 問1 下線部(1)の内容を、 同じ段落の自動車の例に基づいて30字以内の日本語で答えよ。た だし、句読点も字数に数える。 問2 本文中の空所 (2) に入る語として最も適当なものを、次のア~エのうちから一つ 選び 記号で答えよ。 7 color イ location ウ price I sight (239) 問3 第2パラグラフ (Standardization is one type of ...) について 次の Question に対す る Answer となるように、空所に入れるのに最も適当なものを,次のア~エのうちから一 つ選び、 記号で答えよ。 Question: What is "a major breakthrough in usability" provided by standardization? Answer Because of standardization, you ( device of the same kind all over the world. 7 can apply what you have learned to イ can make cannot produce I cannot use what you have learned when using 問7 下線部(5)が表す図 (Figure 1)として最も適当なものを、次のア~エのうちから一つ選 び記号で答えよ。 11 12 1 12 ) any machine or 10 2 10% 9 3 1 5 6 問4 下線部(3)の示す内容を, 40字程度の日本語で答えよ。 ただし, 句読点も字数に数える。 ウ 11 6 1 問5 次の文を第3パラグラフ (Ihave enough friends...) に入れるとき,本文中の①~ のうちのどの位置に入れるのが最も適当か、 次のア~エのうちから一つ選び, 記号 で答えよ。 9 3 Each step is complex, for if there are three ways of doing something, then there are sure to be strong proponents of each of the three ways, plus people who will argue that it is too early to standardize. 70 問8 最終パラグラフ (With all these difficulties...) の内容をもとに, 次の Question に2 語程度の英語一文で答えよ。 Question: According to the writer, why is the standardization of the everyday clo necessary? イ 2 ウ H O 問6 本文中の空所 (4) に入れるのに最も適当なものを、次のア~エのうちから一つ選び 記号で答えよ。 7 a single standard 1 several different standards ウ the same standard I too few standards <<-20-> <-21->

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国語 中学生

大門1を教えてください🙇‍♀️

次の文章を読んで、下の問いに答えなさい。 読む力をのばそう 思・・表 イースター島のこのような運命は、私たちにも 無縁なことではない。 日本列島において文明が長く繁栄してきた背景 にも、国土の七十パーセント近くが森で覆われて いるということが深く関わっている。日本列島だ けではない。地球そのものが、森によって支えら れているという面もある。森林は、文明を守る生 命線なのである。 現代の私たちは、地球始まって以来の異常な人 口爆発の中で生きている。一九五〇年代に二十五 億足らずだった地球の人口は、半世紀もたたない うちに、その二倍の五十億を突破してしまった。 イースター島の急激な人口の増加は、百年に二倍 の割合であったから、いかに現代という時代が異 常な時代であるかが理解できよう。 このまま人口の増加が続いていけば、二〇三〇 年には八十億を軽く突破し、二〇五〇年には九十 億を超えるだろうと予測される。しかし、地球の 農耕地はどれほど耕しても二十一億ヘクタールが 限界である。そして、二十一億ヘクタールの農耕 地で生活できる地球の人口は、 八十億がぎりぎりである。食 料生産に関しての革命的な技 術革新がないかぎり、地球の 人口が八十億を超えたとき、 食料不足や資源の不足が恒常 化する危険性は大きい。 …4 絶海の孤島のイースター島 では、森林資源が枯渇し、島 こかつ の住民が飢餓に直面したとき、どこからも食料を 運んでくることができなかった。地球も同じであ る。広大な宇宙という漆黒の海にぽっかりと浮か ぶ青い生命の島、地球。 その森を破壊し尽くした とき、その先に待っているのはイースター島と同 じ飢餓地獄である。とするならば、私たちは、今 あるこの有限の資源をできるだけ効率よく、長期 にわたって利用する方策を考えなければならない。 それが、人類の生き延びる道なのである。 ...5 かずよしのり (安田喜憲「モアイは語る」より) .. ...2 w... A B 字数指定のあるものは、 句読点や記号も一字と数えなさい。 ①「イースター島のこのような運命」について触れて いる一文を、2段落以降の文章中から探し、その文の初 めの五字を書きなさい。 2回段落の要点となる文を一つ選び、その文の初めの五 字を書きなさい。 10 3 ②「いかに現代という時代が異常な時代であるか」と あるが、何がどうである点が「異常」なのか。 次の空 欄にあてはまる語句を、五字と二字で書き抜きなさい。 4 ③「十一億ヘクタール・・・・・・ ぎりぎりである。」とあるが、 1 この文はどんなことを表しているか。 次 から一つ選びなさい。 ア農耕地をさらに広げることが大事である。 イ人口の増加をおさえることが大事である。 ウ 二〇三〇年以降は確実に食料不足となる。 エ 二〇五〇年までは現状のままで問題ない。 (筆者は、地球の人口が八十億を超えると、何が起こ ると考えているか。 十字で書き抜きなさい。 5④「地球も同じである。」とは、A何と、Bどんな点で、 地球も同じだというのか。 記述式トレーニング 上の文章で筆者は、人類が生き延びるためにはどんな ことをしなければならないと述べているか。 ⑤段落の内 容を参考にして、三十字以内で書きなさい。 である点。 という点 と1 20 10 10 10 2

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現代文 高校生

愛知医科大学看護学部の公募推薦の過去問です。 答えがないので、答えを出して欲しいです。お願いします🙇🏻‍♀️🙇🏻‍♀️

国 びまん 令和六年度 看護学部学校推薦型選抜(公募制) 基礎学力試験問題用紙 囲 次の文章は、一九九〇年に出版された山崎正和の『日本文化と個人主義』の一節です。この文 章を読んで、後の問に答えなさい。 文化は、これまで国家や民族という観念と強く結びついてきた。そして、人間の歴史を振返っ てみると、不幸なことに国家や民族の自覚はつねに対立抗争の意識とつながってきた。ひとつ の社会のなかで、個人もまたお互いに争うことがあるが、とりわけ国家や民族は、お互いに争う ことで自分自身をつくりあげてきた。その結果として、文化という特性はただの個人の特性以上 に、とかく他者との比較、対立の観点から考えられがちになる。じっさい、今日の経済マサツ や、つい近年までの世界戦争の現実を振返ってみても、ひとが自国の文化、他国の文化をあげ つらうときには、つねに何らかの意味の優越感や、国家主義的な自己主張の意識が伴っていた。 そして、そういう優越感が、たとえば敗戦といった現実によって崩れたとき、今度は極端な自己 卑下が社会に瀰漫するという事実は、多くの日本人の記憶に新しいことだろう。 こうした事情からして、文化論には、1二つの避けがたい危険な傾向が伴っているといわねば ならない。その第一は、過剰な特殊化の危険である。文化を考える場合には、他民族、他国の文 化と比較して考えがちであるので、どうしても両者の共通性よりは、ひとつの文化の異質性を強 調して考えることになる。 つい昨日まで文化的に じっさい、日本の場合、過去の文化論はしばしば民族主義や国粋主義と手を結びがちであった イクセプショナリズム し、アメリカの場合でも、アメリカ文化の「例外主義」という思想が、長らく見え隠れに受け 継がれてきたようである。ユダヤ人の「選ばれた民」の意識、ドイツ人の民族的な使命感といっ たものは、自国の文化を過度に特殊化し、他国との違いを強調することから生まれてきたが、 ③こうした使命感はいったん裏返ると劣等感に変貌する。 高村光太郎という詩人は、若いころフ ランス留学から帰って、日本の国の貧しさとその精神の狭さを嘆いて、「根つけの国」という自嘲 的な詩を書いたことがあった。しかし、彼が本性において強烈な愛国主義者であり、第二次大戦・ 中には過激な祖国讃美の詩を書いたことは、同時代を生きた日本人なら誰もが知る事実だろう。 とかく異文化との劇的な接触は、精神の単純な人物にとっては、自国の文化について過度な自尊 心を誘い出すか、逆に過剰な劣等感を刺激するものであるようにみえる。 そして、いずれの場合でも、そうした特殊化は、個人が自分の存在や行動について振返るとき、 奇妙に気持ちを安らがせてくれる支えになる。自分とは何か、7自己の実質は何かということは、 もともとたいへん難しい問題であり、簡単には答えが出ないものであるが、ひとは生きるために その答えを欲しがりがちである。そのさい、いちばん安易なやり方は、自分がどういう仲間に属 しているかを実感して、それを語ることで自己の中身を言い表わすことだろう。そして、自分 がどういう仲間に属しているかを振返るとき、その仲間の範囲が狭くて、他の集団と対立してい ればいるほど、自分自身の世界のなかにおける位置は明確になる。ここでもまた、文化論のひず みというものは、人間性の悲しい弱さに深く根ざしているといえそうである。 【

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現代文 高校生

この問題を教えて欲しいです

問題文をよく読むこと。 *句読点、「」は一字として数えます。 【1】 ないでしょうか。 次の文章を読み、後の問いに答えなさい 時間は、物のように世界の中に直接観察できるわけではありません。 それにもかかわらず 「時間はある」と言いたくなるとすれば、それはどのよ うに「ある」のでしょうか。 私たちは、「時間がある」 とか 「時間がない」 という言い方を、日常の中でも用いています。その日常的用法をヒントにしてみましょう。 時間が「ある」とか「ない」とかいう言い方は、何を意味しているでしょうか。 「時間がない」とは、時間がどんどん過ぎ去ってゆき、いろいろな出来事に次々追われているときに出てくる言葉です。だから、時間は「まっ たく存在しない」わけではありません。時間は確かに流れており、しかもめまぐるしいほどの勢いで流れ去っています。 それにもかかわらず、そこ で出てくる言葉が、 「時間がない」 という言葉なのです。 ト 逆に、「時間がある」というのはどういう場合でしょうか。 それは、忙しく物事に追い立てられている状態とは反対に、何かをゆっくりと、じっ くりとやれる時間が目の前にあると感じるときでしょう。つまりそれは、「何を、どのくらいの時間をかけてやるのかを、自分でコントロールでき るとき」であると言えます。この場合、「時間」とはある程度の長さを持った、「余裕」や「X猶予」を意味しています。これ は 「まだ時間はたっぷりとある。」 バスや飛行機など、 乗り物の出発時刻まで、まだ十分に時間はある場合、私たちはそんなふうに言います。その逆 は、「もう時間がない。」と焦っている場合です。「もう時間がない。」と言う場合、自分の意志ではどうにもならない何かに迫られて、否応なく追 い立てられている感じがします。 その違いは、自分が、自分のコントロールのもとで、何かを自由に展開できるような広がりが感じられているかどうか、という点にあるのでは 「時間がある」「時間がない」というのは、自分の生の広がりを自分の意志でコントロールできるかどうかということ、③自分が「生きる」という ことの主体的なあり方に関係していることがわかります。 そこで「時間」は、ある種の「広がり」として意識されています。 「広がり」とは、何かができる「余裕」、言いかえれば何らかの活動が展開でき る「スペース」と言ってもよいでしょう。 しかし、 「スペース」とは英語で「空間」のことです。そうなると、ここでは「時間」がある種の「空間」 として意識されているということになります。にし もう一つ、日常における「時間」との関わり方を考えてみましょう。 「時を忘れる」という言い方があります。 「時が過ぎるのを忘れて、会話に熱中した。」とか、「あまりに面白い小説だったので、時を忘れて読み耽 った。」といった場合です。 つまり私たちは、何かに没頭しているとき、時間が過ぎるのを忘れてしまう、という経験をしばしばするようです。 そのような場合、私たちは「我を忘れる」とも言います。時間を忘れて何かに没頭しているとき、私たちは「私自身」をも忘れてしまいます。 やはり、「時間」と「私」とは深い関わりを持っているようです。事 先ほど、「時間がある」というのは、自分がコントロールできるような広がりが意識されていることだと言いました。この意味での時間、つまり 「空間化された時間」 と、「ある広がりの中で起こりうる様々な出来事を支配しコントロールしうる私」とは、深い関わりを持っています。 「空間化された時間」の中で、私たちはあくせくと立ち働いています。現代において、私たちはますますカレンダー的な時間とそれによって きざまれたスケジュールに支配されるようになっています。 これは時間がますます空間化された仕方でとらえられるようになっているという ことです。時間がますます空間化された仕方でとらえられるということは、自己の支配がますます拡大し、世界を 「私が支配しコントロールするも の」として思い描くようになることを意味しています。 時間に追われる現代社会は、自己のコントロールが無限に拡大する世界であると言えそ うです。 しかし、時間とは空間化された時間に尽きるのでしょうか。⑥「空間化された時間」とは異なる時間もあるのではないでしょうか。次に、そのよ うな時間が経験される可能性を探ってみたいと思います。 す。 すでに述べたように、「空間化された時間」は、自己のコントロールしうる空間でもあります。そうだとすると、「空間化された時間」から外に出 るとき、それは自己のコントロールしうる空間から外に出ることを意味するのではないでしょうか。 例えば、時間を忘れて小説に没頭しているとき、私は、私がすべてを支配するという生き方のモードを脱け出しています。むしろ私は、小説の中 に展開される世界に、自己の支配を委ねています。 その小説が操るがままに、その世界に私自身を委ねているのです。もちろん、私が私であるとい う意識がまったく失われるわけではないですが、私の生のモードは、「自己と自己の行為を私自身がコントロールし、そこで展開される一切を自己 が支配する」というモードではありません。私は、心地よく小説の世界に身を委ねているのです。同じことが、様々な趣味への没頭にあてはまり ます。 またそのようなとき、時間が完全に止まっているように感じられる、というわけでもありません。例えば、会話に没頭して時間を忘れる体験を例 にとりましょう。会話に熱中しているとき、会話はどんどん進み、話題は尽きることがありません。会話が進み、その内容が豊かに展開していると き、当然この「進んでいること」「展開していること」の意識を私たちは持っています。 このような意味での「時間」は、忘れられていません。 一 切は止まっているどころか、極めて生き生きと動いています。この「生き生きと動いていること」も、ある種の「時間」の性格を持っているのでは ないでしょうか。 ⑥このとき、直線的なカレンダーの時間はすっかり忘れられています。 しかし他方で、私たちは眼の前で現に展開される極めて生き生きとした活 動に参加し、その豊かな動きを経験しているのです。 では、生きた時間とはどのような時間でしょうか。 少し考えてみましょう。 生き生きと動いている時間は、カレンダー的な時間の中にはありません。 カレンダー的な時間においては、過去も、現在も、未来も、同じ平面に 並んでいます。これはまさに、空間化された時間です。 カレンダーだけを見ていても、どこが現在なのかは見えてきません。どれも同じような数字が並んでいるだけです。 どの日も現在でありうるし、 過去でも未来でもありえます。 これに対し、生きて動いている時間においては、過去は現在ではないということははっきりしていますし、現在は過去ではないということ もはっきりしています。また、現在は未来ではない、未来は現在ではないということも明白です。過去はもちろん未来ではないし、未来も過 去ではありません。このように、生きて動いている時間においては、過去・現在・未来はまったく異質なのであり、同じ平面上に平等に並べ マルリッ。 六

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古文 高校生

古文の答えを教えてください。

思考・判断・表現 20(2*10) 【三】次の文は漢文の訓点等について説明したものである。文中の空欄に入れるのに最も適当なものを〔選択肢〕から 選び、記号で答えなさい。 日本語とは文の構造が異なる漢文を、そのままの形で日本語のように読むことができるように考案されたのが「1」である。 「①」とは具体的には(2)や(3)、(4)などの記号を指しており、これらを適切に用いることで漢文を読みくだす ことが可能となった。(②)は主に語順の調整に用いられるもので、その種類には「一字下の文字から先に読み、上の文字に返っ て読む」ことを示す( 5 )や、「二字以上離れた文字に返って読む」ことを示す(⑥)、⑥)を挟んで下から上に返る」こと を示す( 7 )などがある。( )は漢文を訓読する際に日本語の活用語尾や助詞、助動詞などを補って付けたもので、通常は (8)を用いて漢字の( )に添える。また( 4 )は、中国から伝来した当初の漢字だけで書かれている(1)と呼ばれる 文体を読みやすくするために付けたもので、文の切れ目や一文の終わりなどを示すものである。 三四点 ① 用 訓点 句読点 上下点 スクウ レ点 [選択肢〕 訓読 返り点 ④ 読み仮名 かぎ括弧 レ点 甲乙丙点 平仮名 夕 右上 右下 左上 左下 ⑦ 和漢体 ③ 白文 文字文 (11) オ 送り仮名 一二点 片仮名 混交体

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現代文 高校生

問2が答えと解説を読んでも なんでそうなるのかも解説が言ってる意味も よく分かりません 問2の答えは「中央の出先機関の立場」だそうです

3 基礎編 1 →解答解説は本冊ムページ 評論①『まちづくりの実践』田村明 課題対比の箇所に注目し、その箇所に傍線を引いて読んでみよう。 次の文章を読んで、後の問いに答えなさい。 にぎ 戦国時代の権力者は、軍事要塞として城を築き、その近くに商人や職人たちを集めて町をつ くった。織田信長の楽市楽座はその典型で、都市を充実した賑わいの場にすることに成功した。 権力者が町をつくり住民を住まわせる城下町が日本の都市の主流になる。明治になってからも、 都市は「お上」がつくり、また「企業」がその城下町をつくってきた。 2 西欧では中世から、商工業者を中心にした市民が、権力者である領主から自立して、自治都 市あるいは自由都市という立場を勝ち取って町をつくることが多かったが、日本にはその例は ほとんどない。だから受動的な「住民」はいても、主体的に都市をつくろうという「市民」は 不在である。つい最近まで、都市や町をつくるのは行政権力や企業権力であり、住民はそこで 暮らすだけで、 自ら「まち」をつくるという意識は希薄なままであった。 一九一九年に制定された都市計画法では、計画は「内閣に諮って主務大臣が決定する」と規 定され、都市は国家という「お上」がつくることになっている。自治体は国家の決めたこと を実施する代官にすぎない。この状態が、戦前ばかりか戦後のごく最近まで続く。自治体は住 民代表の立場ではないから、住民から要望や提案が出ても取り上げられない。だから、できる だけ住民の意見を聞かないで、せいぜい説明だけですませたいという気持ちが強かった。 4 これではおかしい。日本は第二次大戦の敗戦によって民主主義国家に生まれ変わったはずだ。55 「地方分権」を言うまでもなく、自治体の自立性は現行憲法でうたわれている。それなのに固有 の風土と歴史のある地域が、全国画一的に各省庁バラバラな施策で振り回されていては、「よ 「い」「まち」はできない。住民から直接公選された首長たちには、法令はなくても自らの判断で 地域と市民のための施策を行う動きが出てきた。 ⑤ 一九六〇年代初頭から、先進自治体では、独自の方法で乱開発による崖崩れの防止、学校用 20 地の確保、排水の整備、あるいは工場の公害にたいする予防措置などを行い始める。また、民 主主義の実践の場としての市民参加のさまざまな試みを始めた。地域の個性や文化を求める地 域ごとの工夫も始まる。都市という複雑で総合的で個性的な計画をするには、国家という画一 的な「お上」では無理である。ようやく、自治体は国の出先機関ではなく、市民の側に立っ て、独自の立場で個性的な地域づくりを自覚するようになった。 9 一般的な自治体は、事態の変動に鈍感で、相変わらず中央の出先機関の立場に甘んじている ものが多かった。直接に生活を脅かされる住民の方が敏感に反応し、さまざまな反対運動がお きる。そのうちいくつかは、自発的な「まちづくり」運動へと発展していった。 7 一九六〇年代になると市民参加をはっきり打ち出す自治体も現れた。 議会や中央官庁から . 25 5 「企業」がその城下町を くって大企業とその 請けの中小企業が、 自 の主要な産業の中心と てかたまって存在する 比喩的に表現した 画一的個性や特徴 ないこと。 類語に「一様 「均一」がある。 一九六〇年代―一九五 年から一九七三年にかけて 「高度経済成長期」に会 まれる。

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国語 中学生

最後の7を教えてください。出来れば解説して欲しいです

五、次の文章を読んであとの問いに答えなさい。 字数の指示のある解答は、句読点や符合も一字として数えなさい。 せっつ はんごく しゅ とうかんえいきん さっとう まつやましんすけ さむらいだいしょうなかむら しんべえ できない さんげんえ たいこう ほこさき やりなかむら さきが しょうじょうひ お 【思判・表】 摂津国の主であった松山新介の侍大将 中村新兵衛は、五畿内中国に聞こえた大豪の士であった。 その頃、畿内を分領していた筒井、松永、荒木、和田、別所など大名小名の手の者で、「槍中村」を知らぬ者は、恐ら く一人もなかっただろう。それほど、新兵衛はそのしごき出す三間柄の大身の槍の矛先で、先駆けしんがりの功名を重ね ていた。そのうえ、彼の武者姿は戦場において、水際立った華やかさを示していた。火のような猩々緋の羽織を着て、 唐冠纓金のかぶとをかぶった彼の姿は、敵味方の間に、輝くばかりの鮮やかさを持っていた。 「ああ猩々緋よ唐冠よ。」と敵の雑兵は、新兵衛の槍先を避けた。味方が崩れ立ったとき、激浪の中に立ついわおのよう に敵勢を支えている猩々緋の姿は、どれほど味方にとって頼もしいものであったか分からなかった。また嵐のように敵陣 に殺到するとき、その先登に輝いている唐冠のかぶとは、敵にとってどれほどの脅威であるか分からなかった。 せんとう ぞうひょう げんぶく きょうい ①げきろう しんらい こうして槍中村の猩々緋と唐冠のかぶとは、戦場の華であり敵に対する脅威であり味方にとっては信頼の的であった。 「新兵衛殿、折り入ってお願いがある。」と、元服してからまだ間もないらしい美男の侍は、新兵衛の前に手をついた。 「何事じゃ、そなたと我らの間に、さような辞儀はいらぬぞ。望みというを、はよう言ってみい。」と育むような慈顔を もって、新兵衛は相手を見た。 じん きじん そばはら もりやく いつく その若い侍は、新兵衛の主君松山新介の側腹の子であった。そして、幼少の頃から、新兵衛が守役として、我が子のよ うに慈しみ育ててきたのであった。 ういじん てがら おみ 「ほかのことでもおりない。明日は我らの初陣じゃほどに、なんぞ華々しい手柄をしてみたい。ついては御身様の猩々緋 と唐冠のかぶとを貸してたもらぬか。あの羽織とかぶととを着て、敵の目を驚かしてみとうござる。」 だま むじゃき 「ハハハハ。念もないことじゃ。」 新兵衛は高らかに笑った。新兵衛は、相手の子供らしい無邪気な功名心を快く受け入 れることができた。 「が、申しておく、あの羽織やかぶとは、申さば中村新兵衛の形じゃわ。 そなたが、あの品々を身に着けるうえからは、 我らほどの肝魂を持たいではかなわぬことぞ。」と言いながら、新兵衛はまた高らかに笑った。 やまと じゅんけい しりめ その明くる日、摂津平野の一角で、松山勢は、大和の筒井順慶の兵としのぎを削った。戦いが始まる前、いつものよ うに猩々緋の武者が唐冠のかぶとを朝日に輝かしながら、敵勢を尻目にかけて、大きく輪乗りをしたかと思うと、駒の頭 を立て直して、一気に敵陣に乗り入った。 ゆうゆう 吹き分けられるように、敵陣の一角が乱れたところを、猩々緋の武者は槍をつけたかと思うと、早くも三、四人の端 武者を、突き伏せて、また悠々と味方の陣へ引き返した。 くろかわおどし なんばんてつ びしょう その日に限って、黒革滅の鎧を着て、南蛮鉄のかぶとをかぶっていた中村新兵衛は、会心の微笑を含みながら、猩々 緋の武者の華々しい武者ぶりを眺めていた。そして自分の形だけすらこれほどの力を持っているということに、かなり大 こま はした

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