北アフリカのイスラーム化
12世紀のエジプトでは, クルド人の6っ i、っがファーティマ朝を倒して67 1
朝をたて,さらに十字軍を破り聖地イェルサレムを奪回した。 ⑥朝のもとでも①の勢力は強
大となり、13世紀には⑥朝を倒してエジプト·シリアに① オリエント朝をたてた。この両時
代において首都となった®イラクは, バグダードにかわってイスラーム世界の中心地として繁栄
した。一方北アフリカでは, 11世紀から先住民
すすみ,彼らはモロッコを中心に0
両王朝は,キリスト教徒による2
進出した。またの朝は黒人のガーナ王国を破り, サハラ砂漠以南の内陸アフリカにイスラーム教が広
まるきっかけをつくった。
しかし13世紀以降はキリスト教徒の反撃が激しくなり, 1492年には, スペイン王国により首都グラ
ナダが陥落し,イベリア半島最後のイスラーム王朝である®
残したの
イスラームの国家と経済
貨幣経済が発達したウマイヤ朝やアッパース朝は, 貨幣と現物の二本だてで租税を徴収し, 官僚や
軍隊に現金で俸給を支払っていた。 しかし, 9世紀なかば以後, 地方が分離しカリフ権がおとろえ、
国庫収入がしだいに減少していった。 ブワイフ朝は, バグダードに入城したのち土地の徴税権を軍人
にあたえ,各人の俸給にみあう金額を, 直接, 農民や都市民から徴税させる制度を開始した。これを
コト lxlン
1
T 人のイスラーム教への改宗が急速に
朝、ついでO
に対抗するためにイベリア半島へもさかんに
朝をたてた。
かんらく
朝は滅亡した。彼らが首都に
宮殿は,高度なイスラーム文明の繊細な美しさを現在に伝えている。
せんさい
かヘい
そぜい
ほうき』う
にゅうじょう
ちょうぜいけん
制といい,他のイスラーム諸政権にもうけつがれ, 西アジアに広まっていった。
イスラーム教は商業活動を肯定していることもあり, ④や⑥(分与地)保有者らの保護もあって, 地
中海とインド洋。 灯海た