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Mathematics Senior High

ウの問題で二つ目の場合分けで=入ってるのが意味わからないです。

22次不等式/不等式を解く (ア) 連立不等式 2x2-x-3<0, 3.2+2x-8>0を解け ○ 8 (イ) 不等式・ x-3 <x+4 を解け X (ウ)についての不等式2+3æ-5≧x+3|を解け.X 2次不等式はグラフを補助に 4/9 ( 摂南大法) (宮崎産業経営大) 2次不等式を解くとき, グラフを補助にすると分かりやすい. ax+bx+c=0(a>0)を考えてみよう.y=ax2+bx+cのグラフと軸 との共有点のx座標がα, β (α <B)であれば右のようになり, >0となる範囲は, x<α または β< である.α,Bはy=0の解,つまり ax2+bx+c=0の2解である. まとめると y=ax2+bx+c y > 0 上の場合, ax2+bx+c=a(x-a)(x-β) と因数分解 される.a>0のとき,ax2+bx+c>0⇔ (x-α)(x-B)>0 で、この解は,「x <a, B<x」 (a,βの外側)となる。 ( 大阪歯大) /y>0 a B x y < 0 分数不等式 一方,y<0, つまり (x-a)(x-B) <0の解は, 「α<x<B」 (α,βの間)となる. 分母をはらえばよいが, 分母の符号で場合分けが必要である. 絶対値がらみ グラフを描いて考えるのがよいだろう. (p.20) 解答豐 2x2-x-3<0 ∫(x+1) (2x-3)<0 (ア) 32+2x-8>0 (x+2)(3-4)>0 3 4 ; -1<x< 2 <x」 かつ 「x-2または 3 .. 3 2 (イ) 1°æ-3>0のとき, 両辺にx-3を掛けて, 8<(x+4)(x-3) :.x'+x-20> 0 .. (x+5)(x-4) > 0 x-3>0とから, x>4 -2 -1 43 32 x<-5 または 4<x このような問題では分母≠0 (本 間ではx-3≠0) を前提とする. 2°x-30 のとき,両辺にx-3を掛けると1°と不等号の向きが逆になる. (5)(4)<0により-5<x<4であり, x-3<0とから,-5<x<3 1,2°により,答えは,x>4 または-5<x<3 (ウ)まず,y=x2+3x-5 とy=|x+3| の交点の座標を求める. 1°x≧-3のとき,x2+3x-5=x+3 x'+2x-8=0 ∴ (x+4)(x-2)=0 -3を満たす解を求めて, x=2 2°x-3のとき,x2+3x-5=-(x+3) :: x²+4x-2=0 I-3を満たす解を求めて x=-2-√6 よって、右図のようになるから、求める範囲は 2-6 または2≦x y=x2+3x-5 y y=x+3| -3 0 2 x -2-√6 x2+3x-5=|x+3|を解く. グラフを描くので,1の(ア)で 使った方法よりも, 絶対値の中身 の符号で場合分けした方がよい. y=x2+3x-5がy=|x+3|の上 側にある範囲を求めればよい.

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Ethic Senior High

2と3、答えが入れ替わっていませんか?

98 第 4 章 国際化と日本人としての自覚 3 日本における儒学の展開 1603年 徳川家康 江戸幕府を開く (265年間) ・・・戦乱の終結による世の中の安定 世の中に対し超然とした態度をとる仏教に代わり, 現実社会の人倫に主眼を置く儒教が定着 (1) 朱子学派 5代将軍綱吉 (元禄期) 文治主義により朱子学を官学とし儒学を奨励 →朱子学の考え方が、江戸幕府が統治体制を維持していく上で、都合が良いものであった。 いんげんじゅ 桂庵玄樹 室町時代の禅僧(臨済宗) 明で朱子学を学ぶ わい (1427~1508) 菊池・ 隈府 (熊本) で朱子学を講義→薩摩へ (薩南学派を形成) げんぞく - X (' ) 近世儒学の祖 禅僧-京都五山で朱子学を学ぶ。 ⇒還俗し儒学者へ はやしざん 林羅山 (2 ] 身分秩序の上下関係は天理にかなった秩序である。 (1583~1657) 日本朱子学 の祖 「天は尊く地は卑し,天は高く地は低し、上下差別あるごとく人にも また君は尊く民は卑しきぞ」 幕藩体制を支える封建的身分秩序の根拠となる。 つつし 『三徳抄』 (3 『春鑑抄』 日常生活の言動を敬んで, 天理 (永遠の秩序) を守り社会の秩序や礼儀 に従うよう修養に心がける。 大名(例 ) 平の神と朱子学の生の一致を配さて我を重んじる。 そんのうじょうい (1618~82) ( 神儒融合 ) →幕末の尊王攘夷に影響を及ぼした。 新井白石 (1657~1725) 幕政に参与 宣教師シドッチを尋問し「西洋紀聞』を著す あめのもりほうじゅう 雨森芳洲 (1668~1755) 対馬藩に仕える 朝鮮外交を担当・・・ 「誠信の交わり」 (友好外交) に尽力 かいばらえきけん 貝原益軒 (1630~1714) 福岡藩に仕える 朱子学の窮理の精神にもとづく博物学的研究書である 『大和本草』 や 『養生訓』・『和俗童子問』 などの教訓書・教育書を著す ・・・朱子学の観点からキリスト教を批判 西洋の科学技術は評価 (2) 陽明学派 なかえとうじゅ 中江藤樹 ・・・すべての人の心に天が与えた道徳の根本 普遍的な真理 すべての人を愛し、 すべての人を敬うこと ( 愛敬) ←時・処 (場所) 位 (身分) に応じた道徳の実践 形式より心の内面のあり方を説く ) (1608~48) 近江聖人 文化と伝 日本陽明学 の祖 『翁問答』 陽明学 晩年に傾倒 ⇒P.39 くまざわばんざん 熊沢蕃山 (1619~91) ⇒宇宙万物を存在させる根源を全孝という。 生まれながらに持っている心の本質・・・ 善悪を判断できる力(良知) それを自覚すること・・・良知を発揮すること ( =致良知) ) 「良知によって知り得たことを実践すること」 中江藤樹の門人師の「時・処位」の思想を継承 状況に応じた礼の実践 聖人の跡ではなく心を学ぶべきであると説く。 岡山藩池田光政に仕える。 治山治水に業績 環境保護の思想

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